第11話 力には責任が伴う
金属の擦れる音を響かせ、赤いロボットによって放たれた鉄塊。それを緑のヒーローは易々と掻い潜る。飛び上がり、アッパーで腹部へ拳を喰らわせた!
「ぐほぁ……! お前、真秀呂場ァ! いつもいつもいつも、バカ騒ぎしてやかましい害悪ヤロウっ!! 中学の頃からの鬱憤、晴らしてやるぜェ!!」
「誰だお前!」
「
蚊帳の外な僕にはその因縁がマジで分からない……!
僕から見た状況ならこうだ。打田のロボット型リンカー『ザ・シューター』の襲撃から真秀呂場を守って始まったこの戦闘。その真秀呂場が、緑の仮面とヒーロースーツのようなリンカー『フラッシュマン』を纏い、僕を助けた! それがこの戦いの勝機でもある!
「真秀呂場! とにかくその『フラッシュマン』の高速移動能力……」
「『ロード・オブ・ザ・スピード』が能力名な!」
「ええと……! 再使用に30秒だっけ!? それまでの時間を稼ぐ! そのままそいつを攻撃してて!」
「あたぼうよぉ!」
「ヒカリ、『ニンヒト』だ!」
「ええ」
冗長に会話なんてしてたし、既に20秒ぐらいか!? 1、2……! 高速移動中に急所を狙えれば──!
ヒカリの指先に光が集束、光線となって放たれた。夜を駆ける緑のヒーロー。それを追い越す3つの光の線が、赤いロボットを打つ!
やっぱり『ニンヒト』の攻撃力じゃ、あのロボットの装甲にまともなダメージは与えられない。けど真秀呂場のリンカーなら鋭い破壊力を持っている!
「ダリャアァァッ!!」
3、決まった! まずは右腕部、確実に効いている! 4、5! 真秀呂場をロックオンする左腕のキャノン砲は──!
「ヒカリ! 最大出力!」
「ええ!」
「ニンヒトッ!!」
6、7、8! 真っ直ぐ向かう極太レーザー! 狙うは、左肘!
「うぐっ……!?」
当たった! 真秀呂場を、そして僕を捉える事なく弾丸が通り過ぎる! 9──!
「30秒だっ!! 体感5秒とか言ったな! 頭を狙え、5秒でケリをつけるんだ!」
「文字通りケリつけてやんよ、光の速さで! 『ロード・オブ・ザ・スピード』っ!!」
*
──真秀呂場の周囲が、回転を失い始めた歯車のように、徐々に減速していく。タマキたちは停止し、遠くで聞こえる街の賑わいが、間延びしたスロー再生のようにゆっくりと聞こえる。同じく聞こえてくる、遠方の車が慌ただしく走る様子もやがて、その速度を失い停止する。
ミニチュアのように停止した世界。その中を駆けるのはただ二つ。光と、
5、4──
「これがオレの──」
3──
「閃光キィィック!!」
2、1──
「──おりゃあぁぁっ!!」
停止した街の空を飛び上がり──!
──0!
赤き機械人形の頭部へ、呼吸の刹那の内キックを喰らわせる──!
*
「────ぁぁあああっ!!?」
一瞬のうちに勝負はついていた。真秀呂場の飛び蹴りがロボットリンカーの顔面を打ち、その巨体を大地へ沈めている。打田の断末魔が響いた!
『ザ・シューター』が徐々に透明になって消えていく、本体の戦闘意思が無くなった証左だ! 降り立った真秀呂場が、僕へ振り返ってピースしていた。おかげで思わず目を逸らしてしまった。
「どーよ!」
「……えと」
「ピース」
ヒカリがピースし返してる、僕に抱きかかえられたまま……!
助けられたのは確かだけど、ヒカリの中で真秀呂場への評価はブチ抜けてしまったぞこれ……! いや助けてもらったんだから当たり前なんだけど、だけど!
そんな時だ。一台の車が徐に近づき、停車する。パトロール中のパトカーだ。その姿を認め、僕だけじゃなくて真秀呂場まで思わずバツの悪い顔になる。
両側面のドアが開く。そのうち助手席からヌゥッと現れた人物は、パトランプ部を含めて一八〇センチのパトカー、それを頭一つ分程、優に超える長身。その差から推定二メートル弱は間違いない。
メイクはバッチリ、しかしその目から返ってプレッシャーを感じられる。筋肉によってはち切れそうなスーツに、ちゃんと余裕のサイズになっているタイトスカート、黒ニーソの隙間からはガッチリした腿の筋肉が覗く。
全体的に筋肉質でブ厚い胸板。そう、オネエだ。筋肉タイプのオネエ
そのオネエ刑事が、大胆不敵な笑みで、徐ろに歩み寄ってくる……! 怖すぎるゥゥ……!
「……
「え〜、ホントにぃ〜? いやマジだわ。そりゃあねぇ〜、デカいオネエが急に出てきたらビビりますよねぇ〜」
ばたん。かの存在とは真逆な、運転席から現れたちっちゃい人物に咎められ、オネエは引っ込んだ。
なんだったんだ今の……!
なんてツッコミつつ……。もう一人の人物を見て肩の力が抜けた。
再寧さんだ! デカいオネエの後に出てきたからいつもよりちっちゃく感じる!
その再寧さんが、真秀呂場にトコトコと近寄り見上げる。僕より頭一つほど大きい真秀呂場の身長差に、再寧さんの首も以前より角度が増してた。映画館を見に来て前の席を取ったチビっ子のようだ。
「これ、君がやったの?」
この展開見たことある。
「そうですよ、お巡りさんっ」
何を得意げに即答してるんだ。
「私には嫌いなモノがある」
「オレはトマト!」
「そうか。私はピーマンと、酢豚に入ってるパイナップルだ」
「子どもみたいな嫌いなモノっスね?」
「──すぅぅぅぅぅ……」
明らかにキレてる深呼吸!
「ともかく、現行犯逮捕ね」
宙ぶらりんになっていた真秀呂場の手を小さいおまわりさんはキュっと背伸びして掴み、ヒョイと下ろして手のひらを向かい合わせにする。そして、カチャリ。手首には銀色のアクセサリーが施されていた。
「…………ホワイ?」
17時52分。僕は天丼ネタと同級生の逮捕を、人生で初めて目の前で目撃することとなった。
*
助手席に僕とヒカリ、後部座席に真秀呂場、
さすがの真秀呂場もド真ん中でガタイのいいオネエが腕組んで座している状況では、借りてきたネコのように大人しかった。
そして──僕は別な方向で震えていた。
まさか僕まで連れて来られるなんて……間違いない、事情聴取だ、任意同行だ。警察が来た時点の状況証拠から言って、僕ら2人が寄ってたかって1人をボコボコにしたようにしか見えなかったろう。きっと目を覚ました打田が警察を上手く言いくるめて、真秀呂場はオレが倒したぜぇー! とか言って弁明せず、僕はビビって何も言えなくなって逮捕されて、そのまま人生真っ暗コースに突入するんだ……。
「オシマイの概念っ!」
「落ち着いてくれタマキさん」
正気を取り戻すと、目の前にはブラウンのショートボブヘアーに幼さを残した顔つき。極めつけにイスから身を乗り出し机に手をつく背の低さ。それは見た目と真逆に頼れる大人、再寧 華蓮さんだった。
再寧さんの後ろには、背を向け机に向かうもう1人の──さっきのオネエと別の──若い男性警察。薄暗い照明にグレーの壁一面で、うち一部にはコッチからは黒くなって見えない、長方形のミラーガラス。ここは取り調べ室であった。つまり……!
「アッ、ボク、タイホサレテル」
「してないしてない。任意同行の段階だ、ただ話を聞くだけだから、安心してくれ」
魂が抜けかかった僕は一度、理性を取り戻して再寧さんに向かう。目を合わせられず、ちょこちょこ顔を見ては逸らしながら。
「あの、でも防犯として、取り調べ内容の録画と録音をしてるんじゃ……」
「詳しいな。その通り、取り調べの可視化だ。私はそれを被疑者と警察間における公正だと考えている。立場と権力を盾に高圧的な態度を取る警官も中にはいるからな」
「そうですね……はい」
そんな考え方を持ってるのなら、再寧さんの柔和な態度も納得いく……かも。
「して、深い知識を持つ賢い君なら、相応の言葉を並べてくれると考えているのだが」
「あっ、ハイ」
やっぱ脅されてるのかもっ! プレッシャアァァァ……。
「ああ何、ただ事実を語ってくれればいいんだ。君の主観でいいんだ」
「あっ、ハイ。そりゃそうですよね。事の経緯を話しますと、いやまあ僕にしてみれば、ただお出かけリサーチに来た場所にたまたま真秀呂場が来てて、それを打田がつけてて、気になってついてってみたら、打田の蛮行が始まったのであって、とんだ迷惑なんですよね。あっ、打田はリンカー能力者でした。それを真秀呂場と一緒にとっちめて、そしたら再寧さん達が来て以下省略で」
その事を聞いた再寧さんは、指を組んで、ほんのちょっと考えた後、
「つまり君はまた巻き込まれたのか」
「あっ、ハイ」
ただ一言ずつの掛け合いで取り調べはまとめられた。
僕らが取り調べ室を出ると、パタリと真秀呂場と鉢合わせた。同じ頃に終わったのだろう、どこか燃え尽きたような様子だった。
「ま、真秀呂場ぁ……?」
「あのオネエ意味わからん……」
あの人が担当したんだ、よりによって!?
「あいさつ代わりにお茶出したかと思えばしょう油だし、自分でそれを飲み始めるし、オレが『フラッシュマン』になったら対抗してスーパーヒーロー着地して何事も無かったみたく座り直すし、なんかトナカイの蹄がどうとかうんちく語りだすし、あのドキツさで奥さんいるみたいだし、終いには自分が実はオネエじゃなくて女装おじさんとか言い出すしで意味わかんねぇ、こえ〜よぉ〜……」
「それは確かに意味がわからない……」
初めて真秀呂場に親近感を感じた。
「これならカツ丼の1つでも出してくれりゃまだ気楽だったぜぇー!?」
「夕飯時だぞ、大人しくお家の夕飯食べなさい」
「食べ盛りだからいーんスよ、ちっちゃいおまわりさんっ!」
ハッ! 再寧さんが怪訝な顔になってる! きっと真秀呂場が『ちっちゃい』とか言ったからだ、やっぱコンプレックスなんだ! は、話を逸らさなくては……!
「あっ、あああの! 取り調べ室でカツ丼を出すのは禁止なんです。有名な話なんですけど……。理由としては、自白を促す行為に当たるからで、食べ物に限らず物品を渡すのも禁止なんです」
「いー? じゃあなんでそんな印象植え付けられてんだ俺たち?!」
「あっ、諸説あるんですけど、元々カツ丼が戦後の日本において、安いながらも贅沢な料理とされていたんです。そこで刑事ドラマで、人情溢れる警察の表現としての小道具で使われたらしくて。あっ、取り調べ室からいちいち出て出すようじゃ、シーンのテンポも悪くなるからドラマじゃ場所も変えずにやってるのかなぁって僕は思いますね、ハイ」
「へー、スゲーな我妻!」
「だな。以前もこうして知識を披露してくれたな。ものしり博士だな、君は」
「いやあのタダのガリ勉偏屈女が物を知ってただけの話で気になった人は大体知ってるかそもそも役に立つような知識でもないし大した歴史もない事で」
「そこはっ! 素直にっ! 喜んでいいだろがいっ!」
「やあぁぁぁっ!?」
話を逸らすという目的は達したけど真秀呂場にビビらされるという代償を負った……!
「あっ、今さらなんですけど再寧さん。この人、真秀呂場っていうんですけど、多分まだリンカーの事知らないっていうか、というかそもそもここでリンカーの事喋ってていいのかっていうか」
「あっ! さっきのオネエも言ってたなリンカーって! 聞くに聞けなかったけどなっ!」
「大人しく。リンカーの事ならここでは心配いらない。真秀呂場 恭二さんだったか。今は簡易的に済ますが、君には後で、詳しく、リンカーについて説明しよう。分かった?」
「「ハイっ」」
まー、息ピッタリの素直な返事。
「リンカーとは、能力者本人の願いといった強い想いが具現化したビジョンのことだ。タマキさんにはおさらいの形になるかな」
「あっ、ハイ」
「恭二さん、君のは『フラッシュマン』と言っていたな。スーツのように装備するタイプか。私のは『トータルリコール』。ビジョンが傍らに出現するタイプで、これがスタンダードタイプだな」
再寧さんの背後に、その小さい背丈約一四〇センチを大きく超える人型のビジョンが現れる。再寧の頭身二、三個分増しの高さ、全高一七〇センチほどの、顔に映写機のようなディティールが埋め込まれたそのビジョン。それが『トータルリコール』。
「いぃー?! えっ、じゃあオレのこの『フラッシュマン』もリンカー!?」
「だな」
真秀呂場はヒザをついた。うずくまるようにして背中を丸め、自身の手で顔を覆う。その身が震え始めていた。
自分が特別じゃないって知ってショックなのかな……。スーパーヒーロー気取りだったし。
「すげぇ激アツ……!」
なんか喜んでる!?
「あぁ、あと例外も色々あるが、タマキさんのリンカーはまさにそれだな」
「ほふぅっ!?」
「あら、もう喋ってもいいのかしら」
「へあいぃ!?」
動揺しすぎて歯抜けみたいな喋り方になった僕を後目に、カバンのジッパーが開かれヒカリが顔を覗かせていた。緑の瞳が、再寧さんの青みがかった眼と合う。
「ヒカリさん、だったな。こうしてお話しするのは初めてだな。よろしく」
「あらまぁ、人形かも分からないフシギリンカーにまでご丁寧に、再寧さん」
ちっちゃい成人女性の手と、ちっちゃい人形サイズリンカーの手による握手が交わされた……。
イッツフレンドリー……!
「いー? その人形こそがリンカーだったのかよー?! ビーム出てたしよぉ、オレに触らせたくなかったのも切り札を隠したかったからなんだなぁ!?」
ヒカリの事が喧しい真秀呂場にバレた、のーふゅーちゃー……!
「オレの『フラッシュマン』も隠してぇし、お互い秘密のヒーローになっちまったなっ、へへっ!」
「あっ、ハイ」
なんか見逃してもらえた……。
「そうだな。リンカーはまだまだ謎が多いが、ここ季節ヶ丘警察署には、超常現象改めリンカー、その事件を専門とする部署が設立されている。それが『特殊能力犯罪捜査一課』、通称『特能課』だ。聞いたことはないか?」
「科捜研ならあるぜ!」
「……えと、なさそうです」
「うん。一個一個の部署がニュースで取り上げられる事はそう無いからな、せいぜいドラマぐらいだろう。君の言った科捜研とも提携し、科学的側面からの捜査と研究も執り行っている」
「えっ、科学で解明できるんですか? リンカーなんて超常現象が?」
「この世界に『干渉できる』という事は、確実に『存在している』という事だ。例え魔法のようにビームが撃てようが、ロボットが出てこようがな。私はこの世のあらゆる事柄に理屈が存在し、線を辿り解明できると考えている。流動的に法則が変わろうがな。だから事件を諦めずに捜査できる」
「な……るほど?」
リンカーについての論文発表したらノーベル賞受賞の人生バラ色になったりしないかな。
「う〜ん、なるほど!」
真秀呂場、天井のシミを見つめてボーっとしてたか?
「よくわかんないぞロリポリスのねーちゃん!」
「誰がロリだっ!」
なっ!? とんでもない失言をっ! いよいよ再寧さんに殺される……!
「ひゃ……あ、あの、あんま変なこと言うと、手錠掛けられたりとか……」
「なぁに言ってんだ、手品じゃないんだからンなコト……付いてるゥーッ!?」
「ああああのこの人のリンカー能力でその」
「手錠付ける能力なの!? クソ地味じゃね!?」
「いやあのそうじゃなくてあの再生してその……」
「再生!? 動画!? 手錠!? ホワイ!?」
「ま、便利になった部分はあるがな」
再寧さんの傍らに現れた『トータルリコール』が、あたふたする真秀呂場の手錠に手を添えその枷を外した。かちゃん。真秀呂場は目が点になる。
「手品やんけ」
「能力だ。話が逸れたな。ともかく特能課は、リンカー事件に造詣の深い者が集まる場所だ。まだそう権威がある訳ではないが、私を初めとしてリンカー能力者も数人所属し、時には客員も招いて捜査する事もある」
「客員ってまさか、こないだの探偵……」
「ヤツの事は忘れるよーに」
「あっ、ハイ」
じゃあ違うかぁ……。
「なー! そーなると課長いるんスよね!? ガタイのいいシブ課長!」
「期待を裏切るようで申し訳ないが、課長は少女のような人だ。ガタイ枠は君を取り調べしてくださった、紫陽花さんで我慢してくれ」
「しょ、しょんなぁ……!」
あの人課長ではないんだ、なんか安心した……。じゃあ何者なんだ。課長補佐は警部補の再寧さんだし。ガタイ枠が部下なのか。
「あっ、そうなると課長さんってどういう人なんですか?」
いつも毅然とした再寧さんの顔がフワリと綻ぶ。まるで憧れの人の事を話す少女のような、柔らかさだ──。
「尊敬に値する人物さ。少女のように純粋でいて、捉えどころのない。けれど芯の通った真っ直ぐな人。課長はそういう人なんだ」
あの堅物そうな再寧さんがこんなに頬を綻ばすなんて。いつかその課長さんに会ってみたいかも……なんて。
そしてその優しさを探偵の深里さんに分けてあげてほしいかも……! 鼻につく人だったとはいえ同情してきた!
「しっかし警察にもそのリンカー? ってのを使う人がいるたぁ、なんだか盛り上がっちゃうぜー! オレの『フラッシュマン』の音速千倍をも超える光の速さ! ぜひぜひ頼りにしてくれよっ、警察のねーちゃん!」
「……まあ、民間人である君には大人しく、平和に過ごして欲しいものだが」
「いー? 光の速さっスよ、光速のタキオン! 1万倍のスピードで動けるチート能力!」
「あまり調子に乗って欲しくないんだ。いいか──」
……なんだその速度、その音速光速の基準。その間違った知識で1万倍って言ってたのか? 能力の理屈を明確にする為にも、一つ教授しておこう。
「あの、真秀呂場……さん。音速が千倍とか、光速が1万倍という話はどこの情報なんです? 全然違う」
「ゑ?」
「音速は秒速340メートル。光速は秒速30万キロ。分かりやすくメートルに直すと秒速3億メートル。えぇ〜っと、およそ88万倍の差ですね。言ってるような10倍程度の差からは大きく突き放してる。そして人との差だけど、世界最速のランナー、ウサイン・ボルトが時速約45キロとされるので、秒速換算で12.5メートル。音とは約27倍、光だと2400万倍の差が人間にはある」
「?????」
「あっ、えと。つまり光速で動ける物体はあくまで光であって、人間はその速さに到達できない。アインシュタインの相対性理論に曰く、質量のある物体が光の速さになるには無限大のエネルギーが必要で、極限まで光の速さに近い亜光速で動けたとしても、人間の身体能力では着いていけない、さらに保有した無限大のエネルギーによって無限大の質量となりブラックホール化します」
「えっ、えっ」
「それとタキオン粒子は光、つまり光速より速いとされるだけのフィクションの粒子であって実在性はない。相対性理論と真っ向から矛盾してるからです。アナタが言うような光速の粒子はその総称をルクソンって言って、この中にはタキオンと同じ仮想粒子、重力子もあるので、あえて名前を使うならそっちの方がいい。光速の粒子とて重力の影響を受けると経過時間を変動させるからね。とにかくそれでも光の速さというのは間違ってる」
「──うるせぇ、俺の宇宙じゃ光速のタキオンなんだよ……」
全てを理解できなかった真秀呂場は、それでも否定された事実は理解できていた。顔を両手で覆いシトシト泣いてしまった。
「泣いちゃったわ」
「タマキさん。夢見る少年に現実を叩きつけるものじゃないぞ」
「僕はただ間違った認識を正そうとしただけで……!」
※空想科学は面白いけど、過度な論破や否定的な物言いは人を傷つけてしまう。みんなは一方的に解説してばかりでなく、相手の疑問や理想に寄り添って優しく教えてあげよう!
この気まずくなってしまった空気を見かねた再寧さんは、一つ溜め息をしつつ話題を変える。
「しかしまあ、頼れるリンカー能力者の仲間ができたのは確かだ。君の活躍を期待しているぞ」
と言いながら、真秀呂場の肩へ手をポンっと置く。しゃがんでいたおかげで身長差をカバーできたのである。真秀呂場の顔もお花のようにパァっと明るくなっていくのである。
「ただし、私から一つ」
だが突如ハシゴは外された。真秀呂場はぶー垂れた顔になった。
「力には責任が伴う。リンカーは人が持つには過ぎた力だ。人を助ける力になるという事は、裏を返せば人を傷つける力にも使える。恭二さん、君を攻撃しようとしたという彼のように。そして善い事に使おうと考えても、その力を過信する余り思わぬ落とし穴に掛かる事もある。それが力を持った者の、そしてそれを扱う者の責任であり、我々はそれを重々承知しなくてはならない」
それは真秀呂場イジリなどではなかった。僕にも向けられた、大人からの警告というメッセージ。
真秀呂場は納得と、自分の力が認められた事実にどこか嬉しそうな笑みを零していた。なんていうか、能天気だ。
そりゃそうだよな。再寧さんみたいな警察からしたら、善悪の分別もつかない若造がカンタンに犯罪できるようになったのがリンカーだ。きっと……迷惑極まりないだろう。
けど僕は、無力な自分の方がイヤだ。誰かの迷惑になるんじゃなくって、僕の持った『リンカー』という力で、何もない自分を変えたいんだ!
「ふう。真面目ぶった話をしてしまったな。もう夜も遅い。君たちを送っていこう」
「おっ、おっ? オレを襲撃してきたロボットマンはどしたんス?」
「ああ、彼なら──居残り中だ。ワルガキは課長にこっぴどくしごかれているらしいな」
「そりゃあそうっスよね! ガハハ!」
今の再寧さんの表情。……少し、考えたか? 気を遣ったというか。真秀呂場は気がついてないみたいだけど……。
そうこう考えている内、再寧さんに「ハイ解散」と催促され、パトカーに乗せられすぐさま家まで送られた。再寧さんは我妻家を二度も訪れてるので、その道筋も把握していた。
これで真秀呂場にも住所が特定された。家族に引っ越しを提案しようかな……。
とかく極端な思考をしながら、ともかくお家に帰れた事に安心を覚えたのだった。
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