第12話 アナタの願いを、私に見せて

 次の日。僕はグラサンとマスクにコートを身に着け、電信柱や家の陰を伝い、学生が往来する朝の道を登校していた。それをヒカリが本気で心配そうに見つめてた。


「タマキ……?」

「まだちょっと怖いのだ」

「アナタの方が怖いわよ」

「警戒してるのだ」

「真秀呂場の事?」

「オレェ?」

「バギャマヒョリョブホォォォ!?!?!?」


 真後ろに……いつの間に……!? 真秀呂場が、キョトンと立っていたのだ! びっくりしすぎて弾け飛んじゃったじゃないか!


「おはよう、ヒーローさん」

「オース、お人形ちゃん」

「なっ、なっ、いつの間に、後ろに……!」

「いや心配になって近づいたら、オレのこと話してて思わず、な?」

 まずい、この格好じゃ目立つ! もっと通学路に溶け込む格好でよかった! グラサンいらねぇ!

「ブン投げた。ま、オレぁお前が楽しそうなら、それでいいんだけどよっ。ヒカリっつう話し相手がいるんだろ?」

「いつもタマキがお世話になってるわ」

「むしろぼっちなそいつをよろしくだぜ~」


 なんで馴染んでんだこの人ら……! なんか、話題振って対抗しよ……!

「あっ、昨日の事とか、こう……気にしたりとか……」

「お~? 気にしちゃいね~ぜ~。言ったろ、お互い秘密のヒーローになったなって。しいて言うならケーサツのねーちゃんがいくつなのかとか気になっかな」

「いっ!? まさか狙っているの!?」

「10歳?」

「本人の前で絶対言っちゃダメだよ!?」


 シンプルな子ども扱いだった。


「んだよぉ、そういう我妻こそねーちゃん狙ってたのかぁ?」

「僕、女だぞ」

「……そういやそうだったか?」

「他の女の子に言っちゃダメだよそれはホントに絶対!?」

「いやいや、オレらの高校ってか? 昨今の時代ってか? そーゆーおカタいの言わない時代じゃん? ともかくな~んかお前の性別意識してなかったわソコはスマン」

「説得力あるような……」

 コイツのグループにズボン履き系女子溶け込んでるしなぁ。

「タマキ。アナタも最近、色んな子から気にかけられてるじゃない」

「はうっ!?」

 油断してたらヒカリからの不意打ちが!?

「いやンなバツの悪いことか。神子柴みこしばさんだろぉ? 定番の」

「定番って、いやまあ最近よく話すっていうか、話しかけられるっていうか」

「あ~、そうじゃないじゃない。ついに我妻にも声かけたかって思ってな。あの人、色んなヤツに声かけてっから有名人なんだよ」

「えっ?!」

「オレもそんな声をかけられたウチのひとり〜。あんときゃあモテちまったのかと思って困ったぜぇーん!?」

「ええっ!?」

「ま~、そんなウマイ話はねーよな。タダのクラスの人気者、高嶺の花が道草食ってったようなモンだぜ。花が雑草食べるかーい! なんてな! ガハッ!」

 やめろぉぉぉ僕を有象無象のひとりにするなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。

「消えます」


 精神の摩耗と共に肉体が高速回転、細い線となって存在が消失してしまった。


「我妻ぃーっ!? なにこわコイツ!?」

「タマキ。私が落ちた。拾って」

「あっ、ゴメン」


 逆回転によって肉体を戻し、せっせとカバンとヒカリを拾う。真秀呂場は常人の感性らしい、平然とするその姿に、ドン引きしてた。


「まだだ、僕は天道 聖夢てんどう ぷらなさんもいるんだぞ」

「あー、天道さんってあの、絶賛入院中の子かぁ?」

「なんだ絶賛って、言葉選びなよ……。まあ、そうだよ。僕は会いに行ったんだ、つい一昨日。手術したら、退院するのに経過観察が必要になる。その期間中に会おうって約束したんだ」

「お熱いねぇ! けどあの子か〜」

「明るくていい子だ。守ってあげたい。あの子の為に、がんばるぞい!」

「タマキ、テンションが変になってるわよ」

「いや、なんつーの? 明るく見えて結構弱音吐くんだよな。そのギャップがちょいドキッとするっつーの? まあ、カワイイよな!」


 真秀呂場から出た言葉に、僕の思考が一瞬止まる。どこかで聞いたような評価だ。そうだ、自分の天道に対する評価だ。明るい子だと周囲に印象を与え、けど実際に会ってみたら繊細な部分も見せた、あのギャップだ。


「なんだその僕と同じぐらいの情報は……!? もしかして、お前……!」

「あー?」

「天道さんから相談でも受けたのか……!?」

「え? うん」

「あっさりーっ!?」

「おいおい。オレが相談受けたからなんだってぇんだよ? ちょっとした悩みの打ち明けだぜ? それでも天道さんがお前の友達には変わんねぇだろぅ? オレは孤高のヒーローとして、お前らの行く末を腕組んで見守るだけだぜ〜」


 自然と速さを合わせていた歩を早め「そんじゃっ」と片手をパっと上げて去っていく真秀呂場。

 その快活さとは対象的に……僕の心はドロドロとした物で満ちていた。


 ──そっか、そうだよな。


 こんな僕が、クラスの人気者から特別扱いされる訳がないよな。僕はクラスの爪弾き者。自分より下に見たから、愚痴を吐き出すように喋ってスッキリしただけなんだ。


 僕が勝手に笑顔にしたつもりになってた。思い返せば、ヒカリの『ニンヒト』があったから興味を惹けただけだ。僕の力じゃなくて、ヒカリの力だ。


 きっと真秀呂場もそうだ。天道さんはアイツを素直なヤツだと思ったから、同情してくれるだろうなって思ったから話をしたんだ。……誰でも、よかったんだ。


「……タマキ?」

「あぅ!? あ、なんでもない、よ?」


 僕は通学路を歩き始める。重い足取り。何者でもない一人として教室に混じる為。


 *


 日本は東京、花見咲の星乃花高校。帰り支度を済ませた僕の前に、見計らったかのように神子柴 もかさんが登場。流されるまま一緒に帰っている最中であった。


 気づけば自宅襲撃事件以来、リンカー能力者が僕を直接襲ってこない。というかその犯人である女探偵──深里みさとさんが捕まってからというもの、再寧さんから続報もないしなぁ。昨日会ったのに特にないから、これは確定か……?

「勝ち得た平和、身に染みる……」

「アンタっていつも悩んでるクセして悩みなさそうよねぇ」

「なんかすみません……ウェヒヒヒ……」

「悩みないって顔してるわ」

 そっか、うんそうだその通りだ! どうせもかさんにとって僕は『有象無象』の一人だしな! なんてことはナイナイ! もかさんは友達いっぱいで……。

「定番……有象無象……」

「……なに? アタシの顔になんかついてる?」

「あっ、いえ……」


 他の子ともこういう話をしているのだろうか? 少なくとも僕なんかとより和気あいあいと楽しそうに会話をしている。というかもかさんは僕の話なんか聞いてもつまんないだろうし、一方的に僕が得してる。そう考えると何回か一緒に帰らないタイミングを作るべきじゃないだろうか。昼休みなんかも友達百人を地で行くもかさんに近づけないし。世界が僕を拒んでいる。

 他の子を誘ったりしないのは、人見知りの激しいコミュ症の僕に気を遣っているのだろうか? 天道さん相手にあれだけキョドっていた僕を鑑みているのだろうか? ……そんな事、聞ける訳もない。


「あ、タマキちょっと」

「えっ、あっ、ハイ」

 急に歩道側に立って身をかがめた……。僕を盾にして隠れてるのか? 僕よりちょっと背が高いけど、前後の凸凹がほぼ無い細身だからこれで充分遮れるのか。僕は、太いッ!


 にしても反対側に誰がいるんだろうか。あのもかさんがそんなバツが悪くなるような人が。チラと見てみたり……。

「おっ、やっぱしタマちゃんじゃ〜ん! おひさー!」


 初めに目に付いたのは、左耳にビッシリ穿たれたピアスである。特に耳たぶの、宇宙のように深い紫のオーブが吊るされたドロップピアスを、そして染み付いたヤニの臭いをよぉく覚えていた。


「うえええ丹羽たんば ネルお姉さんっ!?」

「何そのフルネーム呼びワロタ」


 桃色をベースに黒のインナーカラーのハーフアップヘアー、糸目に左目尻の涙ホクロ。ニッコリ笑顔のネルお姉さん!


 本当に久しぶりだ……。こないだの土曜だから4日ぶりぐらいかな。休日と平日で変わらずタバコ持って登場してるし、同じ照日公園で遭遇してるし、ヒマなのかな。


「あー? つかそっちのコソコソしてんのもかちゃんじゃん」

「ゲッ」

「んだよその反応、気まずそうに〜」

「えっ、えっ。知り合いなんです?」

 世界って狭いんだなぁ……。

「……ぁあによ。タマキこそこんなヤツと知り合いだったなんて、ビックリなんだけど」

「はぁ? 心外な言い方するじゃん」

「いやあの、知り合いってほどよく知らないっていうか」

「私らこれからだもんねー」

「あっ、ハイ」

 挟み撃ち!

「うわっ、コイツの事知らないのに関わってるの? ダメダメ危ないな〜! 丹羽 ネル。29歳、OL。仕事はキッチリ熟すけど根は適当。ストレスだって満タン。ただし下戸げこですぐ酔い潰れるからヤニで自分を慰めるしかない、悲しい大人よ」

「もかちゃんさぁ〜、その紹介から入るのドえらく辛辣じゃね?」

 ヤバい人かと思ったけど案外普通のくたびれたOLだった。

「そだ、タマちゃんってピアスに興味ある?」

「あっ、ムリです」

「そっか〜、耳貸して」

「いっ?」


 僕の頭一つ分ほど高さある背丈のネルお姉さんが近づき、僕の耳たぶがつままれ、スゥ〜っと近づけるその物体!


「イエアッ!?」

「惜しい!」

 ピ……ピアス穴開けるやつだ……! ピアッサーとか言ったか? それで僕の耳たぶにピアス穴開けようとしたのか!? 拒絶反応を示す僕の意思をムシし、あまつさえピアス穴を開けようと!? い、イカレてるのか……!?

「スキを見せないことね。こーゆーイカレ女だから」

「あっ、ハイ」

「友好の証だよ、友好の〜」

「そのセンスがイカレてるっつってんのよ」

 おかしいよなぁ、ネルお姉さん。そりゃそうだよな。初対面で手品披露するような人だし。

「こんな井戸端で油売ってるワケ?」


 もかさんがムスッとしてネルお姉さんにグチグチ言い始めた。


「んだよぉ、通りすがりの人眺めるっつう趣味にケチつけんの?」

 ヒマなんだろうなぁ……。

「人間観察って言い方あんのよ。アタシ、それを趣味にしてるヤツっていい趣味してると思ってるわ」

「皮肉っちゃって〜。また誰かの影響かい? もかちゃん影響受けやすいかんねぇ」

 なんでこんなバチバチなの……!?


 これはいけない。足をガグガクさせながらも、険悪なムードを漂わせる2人の間へ割って入る。


「あっ、あのっ!? 今日は、ネルお姉さんは、なんで人間観察してたんですか?」

「ん~? 聞きたい~?」

「こんなヤツに興味持たなくていいわよ。行こ」


 腰が引けてしまった。もかさんにセーラー服の襟足を掴まれ、あっさり引きずられる。


「オイオイ、独り占めかよ。妬けるね~」

「学校もバイト先も一緒なモンで」

「しかもマウントかよ、若モンはよゆーなくて呆れるね~」

 だからなんでこんなバチバチなのっ!

「見なよタマちゃんの顔をさぁ? 悩みあるって顔してんのに、お前聞いてやんないの?」

「……えっ?」

「また適当なコト言って。ほら、もう帰るわよ」


 僕の動揺に気づいた? 普段と変わらず自己肯定感の終わってるローテンションザコの僕の変化を見て判ったの? ネルお姉さんって、不審者みたいでいて意外と人のことを見てるいい人……。


「タマちゃ~ん、今度会ったらピアス開けさせてねー」

「で、ではまたっ!」

 やっぱイカレてる!

「あんなヤツの言ったコトなんて気にしなくていいわよっ、ああやって適当こくヤツだから」


 ずっともかさんに引きずられてる。そのもかさんに、踵で線を描きながら疑問を投げかける。


「あっ、あの。ネルお姉さんとはどんな関係で……?」

「副業の知り合い。別に仲が悪いワケじゃないのよ」

「えっ、じゃあなんであんなにピリピリしてたんです?」

「ちょーどケンカしてさ。ほら一昨日! 一緒にぷらなのお見舞い行ったあと!」

「あーケンカ……ケンカって、まさか路上でステゴロの殴り合いを!?」

「どんなイメージ持ってんの!? タダの言い争いだから!」

「あ、そこまでのアグレッシブさではないですよね」

 路上でメリケンはめて殴り合ったりする程のアグレッシブさではないんだ……。。昔、お父さんが点けっぱなしにしていたテレビで見た映画みたいな。


「ま〜、アイツとは友達にはなれないわね。苦手なのは確かだわ」

「なっ……あっ……なっ……!」


 もかさんにも取捨選択の権利はある。タマキを切り捨てる選択ができる。もかさんにとってタマキは得にならない存在。つまり、オシマイの概念。。何気ないもかさんの一言に、タマキは傷ついた。


「ああああのもかさん僕とは友達になれないでしょうかスミマセン今まで調子に乗って」

「いやアンタの事言ったわけじゃないからね!? 心配しないでー!」


 もかさんは手をバタバタして否定した。気持ち的に疲れさせてしまったのだろう、肩で息をして話す。


「はぁ……。それ言ったらアンタ、けっきょく真秀呂場とは友達にならないの?」

「あっ、えと…………ムリです」

「ムリときましたか」


 真秀呂場は……やっぱりダメだ。テンションが違いすぎる。生きてる世界が違う。最近のアイツは僕に気を遣って話してるし、僕はそれに申し訳なさをかんじている。互いに慣れたとしても、学校に行く度にアイツに『友達』だという理由だけで絡まれて、あんなグループで囲まれるなんて、考えただけでゲンナリする。ムリだ、恐怖すら感じる。


「アタシはどうなのさ?」

「あ、いえあの。僕が一方的に得してるだけのいい人……」

「アンタねー……。友達関係ってのを損得で捉えてるワケ? だから友達リサーチとかいうのやって見極めとやらをしてたの? ケッコーいい性格してるのね」

「あっ、いえそういう意味じゃ……スミマセン」

「さっきああ言った割には、アタシを友達じゃないって言い出すのもヘンだし」

「……スミマセン」


 もかさんは……別にいい人だ。ただいい人すぎる。僕がバイトを辞めるという話をしたのをキッカケに、積極的に話してくれるようになった。何故? 僕に興味を持ってくれたのか? そんな訳がない、こんな何者でもない僕に惹かれる要素は無い。勘違いだ。少なくとも僕は釣り合ってるとは到底思えない。少し距離を感じるせいで、未だにさん付けだ。


「ま! いいわよそんな事。けどそんなんじゃ、ぷらなとも友達じゃないって思ってそうね」

 そんな事、かぁ。僕の存在はやはり軽い……。

「……一応今度、お見舞い行くときに『友達になろう』って言えたらって思ってます、ハイ」

「ふーん」

「あっ、あのっ! 僕がもかさんに何かしてあげられるようになったら、その時はもかさんも友達になってくれますか?!」

「そう。せいぜいその時とやらを楽しみにしてるわっ」

 怒らせてしまった……。

「一個ね、聞いときたいんだけどさ」

「あっ、ハイ……」


 公開処刑のやり方だろうか、最期に選ばせてやろうみたいな……。死にたくない、社会的にもっ!


「アンタは、何かやりたい事とかないの?」

 面談……?

「あっ、必要以上に人と関わりたくないですし、けど保険とか手取りは安定してると良いって考えてて……」

「違う違う! 進路も大事だけどさ!」

「はい……?」


 もかさんがビシッと僕の眼前に向けて指をさす。まるで脳の、思考の中心、奥底を穿つかのようだった。


「もっとさ、アンタ自身がどういう生き方をしたいとか、どんな幸せを望んでるとか、そういう事を聞きたいのよ」

 めちゃくちゃ漠然としてる。

「あっ、いや。僕はそんな多くを望んで生きてはいないと言いますか……」

「したらこの際将来設計に向けた行動でもいいわ。その方が動きやすいってんならね」

「意識たか〜……」

「……ま。とにかくアンタ、のよ。アタシにはそう見えるわ。何かやりたいのに、臆病さが邪魔して何もしたくない。そんな矛盾した思いが見えるのよ」


 ……見透かされてる。この人が僕に話をし続けたのも、僕の人間性を理解していたからか。心の中を覗かれてるみたいだ。気分がいいとは、言えない。


 もかさんが深く呼吸をし、胸を張る。そうして発された声色は、意外な程に優しい音であった。


「何かあったら相談なさいよ。本当にダメになる前に、すがれる救いは必ずあるんだから」

「えっ……?」

 急に思想つよっ。


 すると、もかさんが顔を近づけてまぶたを閉じ、意識を指先に集中させた。吐息が僕の頬を撫でる。右手をそっと取り、先ほど指差していた人差し指を──まるでおまじないのように、僕の胸に当てた。


「!?」

「──救済は心に宿る」


 もかさんの顔は──神秘的であった。同時に、どこか切なげだった。確かな事実を、砂漠の中の一粒から探るような、そんな虚しい寂しさが浮かんでいた。


「──じゃ、また」


 もかさんはゆっくり、指を離して去った。僕は立ち尽くしていた。そして、思い出したように指された自分の胸を抑える……!


 あの人自然な流れでパイタッチしやがった……!


 *


 ひとっ風呂浴び、髪も乾かさず、パジャマ姿でヒカリを抱えてベッドでゴロリ。陰鬱な気分でため息をついて天井を見つめる。


「一番気をつけなきゃいけないのはリンカー能力者じゃない、僕自身の生活だ。……再寧さんの言ってた通りだ。妙な特殊能力を手に入れたからって、一般人のやる事は変わらない。普段通りの生活をスローライフみたいに過ごせばいいんだ。それで本当は良かったんだ」

 などと自室で独り言を供述しており……。

「タマキ。なんで私はギュっとされたまま放置されてるのかしら」

「あっ、ハイ。スミマセン」


 コミュ症根暗陰キャ人間不信生涯ぼっちの僕が大マジメに考えるけど──天道 聖夢ぷらなさんと友達になりたいって思えたのは、やっぱりタダの見下しじゃないか? 僕が惨めな気持ちにならない、自分より下、そんな風に捉えたからじゃないか?

「タマキー?」


 僕が友達を欲しない理由は『恐怖』からだ。他人が怖い。他人に迷惑をかけたくない。他人以下になる自分がイヤだ。自分が傷つきたくないんだ。

 恐怖から他人との関わりを絶って生きようとした。物流だとか、服だの食料だの社会の一部だの、そういう屁理屈で返されるような『関わりを絶つ』じゃない。必要以上に『他人』に『自分』を『見せる』事はしない。『他人の拒絶』だ。拒絶して、興味を持たれないように。樹木のようにただそこにあるだけの生き方をしたいと思っていたのに──。

 ヒカリに出会ってからだろうか。そんな生き方だけじゃ納得いかないと思えるようになったのは。


「タマキっ」

「ヘブぅ!?」


 みぞおちに、ヒカリの後ろ蹴りがヒット! ヒカリを手放し、横になってうずくまる……。

 ヒカリは寝転がりながらヤレヤレと呆れながら話しかける。


「気にしてるのね。もかに言われた事」

「あっ、うん。……僕はその、臆病者だから。何をやるにしても、見えない何かが僕を阻むように感じられるんだ。だから、他人と比べてしまう。拒絶してしまう」

「いい? タマキ。ここに一人の主役がいる。我妻 タマキ、高校1年生16歳」


 ヒカリはむくりと立ってピン、と右人差し指を立てた。なんのこっちゃと思ったけど、大人しく聞くことにした。


 続いて左人差し指がピンと立つ。

「向かい側に、もか。彼女はいい例ね。何をするにしても誰かと共有する。いつも楽しそうで、こっちまでウキウキするわ」

「……そうだね。もかさんはスゴい。一つのキッカケで話題の輪を広げていく。一つ、二つ、三つと要素を加えていくんだ。僕には到底──」

「はいストップ。向かい側と自分を比べちゃあダメよ」

「……向かい側?」


 右人差し指に、タマキ。左人差し指に、もか。次にヒカリは右中指、薬指と増やしていく。


「アナタと同じグループに、輪。彼女はアナタにキツい言い方をする。けど妹として、姉妹としてアナタとお互い大切に想っている」

「いやぁ、でへへぇ……」

「そしてこの私、ヒカリは同じグループに。実質三姉妹のようなもので、それで私の説明は省く」

 省くんだ。

「さらに同じグループに、再寧さんとぷらな」

「……再寧さんと天道さんが、同じグループ?」


 僕は目をまん丸くした。てっきり右手は家族グループと考えていたからだ。ヒカリは続ける。


「いい? タマキ。これはアナタが心を許してるグループよ。私から見たアナタを分析した結果なの。アナタは多分『本質』より『本音』が見えないと心を許せないと思うのよ。左手はそんな距離を置いているグループ。ちなみに左手にはあと3人入るわ。さっき公園で会った不審者と、バイト先にいるという変人客」

 許していい訳ない……!

「そして真秀呂場」

「許していい訳ないッ!」


 抗議する僕を遮り、ヒカリがスッ、と左手を突き出す。


「ええタマキ。別に認めなくったっていいわ、今はね。ちなみに真秀呂場は左手の中でイチバン本音で語ってるタイプよ。直情型ね。アナタの方が理解してると思うのだけど」

「ああ理解してるよ! よぉく分かった、その分析は違うという事が! 真秀呂場は真逆なんだ、本音すぎてダメなんだ、僕にやたら突っかかってくるのがダメなんだ! 僕はひっそり過ごしたいだけなんだ!」

「タマキ。言い訳はやらない理由作りのためかしら? 自分にはムリだという免罪符を盾に、自分の殻に閉じこもっているつもりかしら?」

「っ……!」


 そりゃあ……そうさ。僕は今まで怯えて過ごしてきた。僕の生き方として定着しているんだ。分かっている事なんだ、今さら僕が友達を作るなんてムリだって。それを、たまたま天道さんは良いかなって。同情したから揺らいでいるだけなんだ。


 そう考えていると、僕の頬に小さな手が添えられる。眼前にはヒカリの毅然とした顔。

 思わずドキリとした。プニっとした人形のようだと思っていたその顔。リンカーには違いない筈のそれが、まるで本物の人間の少女に思えて、それが吐息が混じり合うほど近くに迫っているのだ。ヒカリのおデコが、僕のおデコに当てられる。


「アナタの事をずっと傍で見守ってた私だから、分かるの。アナタが一所懸命に頑張ってきた事。そんなアナタを色んな人が認めてくれる。ぷらなだってそう。真秀呂場も、再寧さんも、多分もかだって。私や輪だってそうよ。期待してる訳じゃない。自然体の、着飾らないアナタに興味を抱いてる。アナタはどうかしら?」

「どうって……」

「私はね、タマキ。アナタの願いを見てみたいの」

「ぼ、僕の……?」

「アナタの願いを、私に見せて」


 僕は不思議と澄んだ気持ちになっていた。さっきまでドロドロと胸につっかえていた思いが全て浄化されていた。ヒカリの言葉は、僕を勇気づけてくれる──。


「むっ。タマキ、アナタ髪の毛が濡れてるわ。自分の髪をこんな適当に済ませてるの?」

「え? まあ、タオルで拭くだけで、別に……」


 とかなんとか考えてたら、僕の髪を指摘されてしまった。風呂上がりだから仕方ないと思うのだけど。


「私は納得しないわ。せっかくのツヤのある緑が台無しになっちゃう。我慢ならないわ。そんなガサツさでどうしてそうもキレイなのか分からないぐらい」

「褒めてるのかディスってるのか……」

「ドライヤーをかけなさい。それからクシでとかして。私にやってるように丁寧に。ガシガシやっちゃダメよ、髪が傷んじゃう」

「じ、自分の事なんだから、自分で分かってるよ……」


 僕のやりたい事。僕の願いは──。

「……なんだろ。もっと、ちゃんと考えたいかな……」


 今は天道さんと友達になるのが、やりたい事。今ごろ手術が終わったくらいだろうか? 連絡……とか、明日に入れてみようかな。

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