第4話 一点集中!

 突然だが、僕は裁縫を趣味としている。いずれはドール趣味に手を出してみたいだとか考えているほど、何もない僕にしては熱心な趣味だ。

 そんな裁縫を始めた頃、布を裁断するときに変な方向に力が入り、裁縫ハサミの刃が頬を掠めた事がある。痛くてパニくって、その場で切り傷を糸で縫い合わせるなんて大袈裟な事をした。傷は全然浅かったのによくやったものだ。


 そして──今のこの状況は、その比じゃない、冬が運ぶ死の風が如き滲むような痛さと恐怖だ。


「じょ、冗談ならないぐらい痛いぃ……!」


 簡単に状況を振り返ると! 何者かのリンカー能力で操られた妹──輪ちゃんが、ハサミを持って襲いかかっている! それを持った右腕に対し、僕は両手で受け止めたのに、杭を打つかのようなパワーで段々と押し負けている!

「イダダダダッ!」

 しかも僕の頬に押し当てられ、裂き始めてるぅぅ!


 感じてる痛みから考えられないぐらい緊張感のない悲鳴が出たけど、僕にとっては必死さ全開だ。どう転ぼうとこの状況はただ一つの結論に至るだろう。ヘタをすれば──死。


 けど状況と打開策は至極単純だ。何をせずとも冷静でいられるほどに。体の動きは必死な反面決して焦らず、漢字の書き取りを一字一字、丁寧に進めるように、一つ一つを分析するんだ。


 幸か不幸か、パワーの方向は僕の顔に対して斜め方向! つまり──!


「アアーッ!!」


 横方向に力を加えれば、簡単に反らせる事ができる!


 予想通り、ハサミの刃は頬をカッ開くことなく、輪ちゃんの体ごと後ろの壁へ向かっていった。しかしそれも恐ろしいパワーだった。木製の白壁へ、その刃が半分以上隠れる程に深く、鋭く穿たれていたのだから!


 い……異常だ! このパワーはあんな抜けた体勢から、いいや訓練のない人間が出せるパワーじゃない! それも──。


「この『リンカー』が、輪ちゃんを操ってる所為なのか!?」


 リビングの天井を我が物顔で陣取って浮かぶ物体を見上げる。険しい表情に眼球代わりの十字目のボタン。青いサスペンダーのようなデザインの胴体で、人間より大きな図体をしたホラーチックな人形が、そのでっぷりした指の一本一本から出ている糸で、未だに輪ちゃんを繋げていた……!


 何者か定かじゃない! しかし確実に『リンカー能力者』が攻撃の意志を持って僕らを襲撃している! ……あの指から出る糸で輪ちゃんを操って! それが能力!


 その時、壁にぶつかり倒れていた輪ちゃんが、ユラリと起き上がる。両手、両足を使って立ち上がる一般的な人の動きではない。人形の腕を摘んでヒョイと持ち上げるかのような、不自然で不気味な動きだ。


「ヒカリィーッ!! 繋がりは分かるんだ、近くにいるってっ! リビングだぁーッ!!」


 その輪ちゃんが今度は、両手を振り上げて襲いかかってきた! 首だ! あの万力のような力で、僕の首を掴み絞め上げる……!


「あぁっ、えぐぅっ……!」

「タ……タマキ……! 何やってんだよ逃げりゃよかったのに!!」

 逃げる訳ないでしょーが、妹のピンチに! クソっ、なんで僕は心の中でそんな威勢のいいセリフ言ってんの!


 首を絞める手を何とか動かそうと抵抗していると、トトトトっ、と軽い足音が素早いテンポで鳴り渡る。リビング出入り口に現れた影は僕のリンカー、小さな体にボリュームたっぷりな金髪ローポニテの人形、ヒカリだ!

 小さいながらもこんな状況だ、自分のリンカーの姿を認め、僕は安堵する。


「タマキ、輪!? ……姉妹ゲンカにしては激しすぎるってトコね」

 安心したけど死ぬゥ〜! ヒカリ、アレ、早くアレぇぇぇ!


 目の焦点が合わなくなってきた……! どうにか必死に敵のリンカーを指さす。ヒカリは瞬時に理解してくれた。強盗をタコ殴りにした時のように機敏に飛び、敵リンカーへキックを喰らわせる。


 突然現れたチビ人形が、的確に顔面へ飛び蹴りを喰らわせたとあって、敵リンカーは堪らず怯んだ。締め上げる輪ちゃんの手の力が抜けすぐ逃れる! し、深呼吸……!


「オエ、血がドックンドックンなってる……。人間の血流には酸素が流れてるって、よぉく思い知らされる……」

「ボーっとしてる場合じゃないわタマキ。次はどうしたら? 敵はまた輪を使って襲ってくるつもりみたいよ」


 糸はまだ繋がってる。しかもリンカー自体も無防備で佇んでいるときた。確か再寧さんは「リンカーのダメージは本体も受ける」とか言ってたっけ……!?


「やる事は単純! そのリンカーを攻撃だ、倒すんだ!」

「…………あら、まさかコブシだったかしら」

「やああぁぁぁっ!?」


 リンカーと全然意思疎通できてないぃ!


 今度は操られた輪ちゃんの両手をそれぞれ抑えて抵抗できたけど、片手ずつでガードした体勢だ、両手を使って一本の腕を止められるほど大幅なパワーバランスの差だ。そう長く持たないのは明白ぅ……!


「殴ってぇ! ソイツ殴ってよぉ!」


 再び躍り出たヒカリ。だが、三頭身サイズの人形のリーチなどたかが知れている。拳のラッシュを繰り出すも、敵リンカーには片手で容易く捌かれてしまった!


「あっ……! あれでいいから、ニンヒト!」


 その言葉に呼応し、ヒカリの指先に小さく光が集束する。

 その光は『ニンヒト』。ヒカリの能力を解放する呪文! 光の点は一筋の線となり、敵リンカーめがけて放たれた!


 当たる! 強盗をやっつけた時みたく倒されろ──!


 ──カンっ!


 ひ……光を弾いた?! こんなにもアッサリ、腕で弾いてガードを! 冷静に考えたら、光は常に光速を保つ。それを目視できるビームになってるって事は、このビームは厳密には粒子としての光ではない、当たり前だけど……。言うなれば光る弾丸、光弾でしかない! た、倒せるのか、こんなので……!?


「タマキ、集中力が切れてるわ。豆電球みたいな『ニンヒト』になってる」

「こんな時に集中も冷静も無いよぉ! ニンヒト、ニンヒトぉ!」


 とにかく『ニンヒト』を連打していく。しかし敵リンカーのずんぐりした体格と裏腹にヒョイとその尽くをかわし、終いには片手で容易く防がれてしまうじゃないか!


「う、動けるデブみたいなぁ……!」


 そもそもなんで僕はこんなリンカーなんだ! 再寧さんの『トータルリコール』とかいうのは魔法みたく僕に掛けた手錠を外してみせたし、この敵なんか本体が何処にいるかも分からない! 口で命令なんてしてないんだ、遠方からでも本体とリンカーが繋がってるんだ!


 イチイチ命令出して、その為に傍にいないと扱えないなんて、そんなバカやってるのは僕だけだ! 僕の意思でコントロールできないのが僕のリンカー、ダメな僕にお似合いのダメな能力なんだ──!


「ずいぶん呑気そうね、タマキ」

「どこが! ニンヒトニンヒトニンヒトぉ!」


 躍起になって連呼していた。そのがむしゃらに撃っていたのもようやく功を奏し、光線は糸を焼き切ることができた。


「いっ! ……つぅ……!」

「──えっ? り、輪ちゃん……?」


 その時だ。輪ちゃんが悶絶し、片手を震わせた。

 両手を何とか抑えていたその手で自然、右手を取る。敵リンカーの糸と繋がれていた左手だ。戒めを解かれたその手に、糸の代わりとばかりに裂け目が生じ、一筋の血が零れる。生暖かい血。傷つけられなければ溢れないハズの血。それが、輪ちゃんからドクドクと溢れてフローリングに滴る。


「い……糸だ……! 糸をムリに切ると、操ってる対象にダメージが行くんだ……!」


 分析している場合じゃなかった。残った輪ちゃんの右手が僕の首をガシッと掴み、再び絞めあげる。震えた右手だった。

 その手の持ち主である輪ちゃんの顔、震える唇。自分と同じ金の瞳がキラリと瞬くと──涙袋を伝い、頬を伝い、雫が零れる。涙だ。


「タ……タマキィ……! 速く逃げろって言ってんでしょ!! お前弱っちいクセに、ウチはお前のこと傷つけたくないのに……! こんな時にカッコつけんな、バカッ!!」

「……輪ちゃん」


 僕はどうしてか冷静だった。さっきから輪ちゃんの手で殺されそうなのに。あのボロ雑巾みたいなリンカーにニンヒトを当てられなくてムシャクシャしてたのに。


「泣かないで」


 輪ちゃんがめいいっぱい涙流して、顔をクシャクシャにしてるのを見てると、静かな怒りだとか、やるべき事とか。そういうのが頭の中で、まるで光の束みたいにキラキラして。一点に集中していくような気がした。


「僕が何とかする」


 輪ちゃんの右手を取る。尚も力を増していくその操られた手。ほんの少しの間だけでいい、ちょっと呼吸できればいい。一言喋れればいい。


「タマキ」


 ヒカリが声をかける。湖のように静かで、透き通った。僕の世界を変えるような、意志の込められた一言。


「私からはアナタの存在を感じられるようになってきた。アナタはどうかしら、タマキ」


 僕は小さく頷く。ヒカリとの繋がり自体は最初から感じていた事だ。だが気持ちだけを合わせられていない。それは向こうも感じていた事らしい。


「そしたら後は意識を集中させなさい。いい? 繋がりを感じるの。第六感だとか、神託だとか、そんなスピリチュアルなものじゃあない、確かな感触として」


 意識を集中させる。目を瞑る訳じゃないし、ヒカリに電波を送るみたいな事もしていない。手を伸ばし、意識だけをそこに向けて。


「気持ちは分かるわ。アナタは死にたくないんでしょう? けど、死にたくない・・・・・・からやるんじゃない、アナタ自身の願い・・の為にやるのよ」


 ヒカリも、僕が指している地点と同じ所を指さす。その指が、真っ直ぐに伸びている。


 ──いいかい、ヒカリ。僕らはただ一点を見ればいい。一点を目掛けて当てればいい。僕は今、君からそれを教わった。狙うのは──。


「私も、輪を助けたいわ」

「──ニンヒト」


 左手を添え、右手を指鉄砲のように構えるヒカリ。その指先に光が集束していく。先ほどまでと比べ物にならないほど強く、大きく、そして温かな光。それが敵に向けて、真っ直ぐ、一直線に放たれる。


 糸は論外だ。切ったところで敵にダメージを与えられないばかりか、輪ちゃんにダメージが及ぶ。


 光は敵の手をすり抜け──


 腕もダメだ。このニンヒト、威力は増しているみたいだけど、敵は攻撃を弾けるだけの腕力を備えている。だから──。


 ニンヒトの光線は敵の眼前に迫り──ボタン型の眼へクリーンヒットする!


「狙うのは急所! 眼だ!」

「────ぎぃやああぁぁぁっ!!」


 何処からか耳を劈くような悲鳴が響く。それと共に、リンカーもその糸も霧のようにかき消えた。輪ちゃんは開放され、そのまま僕に寄りかかった。僕はその身を優しく抱きとめる。僕の胸はもう、その奥底から自信に溢れていた。


「一点集中! そしてこれで、本体の居場所も分かった。庭だ! 庭でコソコソと覗いてくれてた訳だ」

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