第3話 仕込みは充分に

 リンカー能力、『ヒカリ』が覚醒し、僕は平穏な日々が崩れ去ったと確信し、ひどく嘆いた。たった二日目、時間にして十二時間しか経過していないにも関わらずである。


 そのヒカリが僕のお父さん、お母さん、妹のリンちゃんに囲まれ、まるでペットを迎えたかのようにチヤホヤだ。


「どういう仕組みで動いてるんだい? というかコーヒーを飲めるの?」

「ええ飲めるわ。不思議と身体に馴染むような感覚ね。仕組みについては、ノーコメントで」

 よく分かってないだけでは。

「お洋服そのまま? これから洗濯するから、脱ぎ脱ぎしましょ〜?」

「替えの服を用意してからになるわね。お買い物に行かなきゃ。あと関節の手入れとかも。丸いとことの継ぎ目に汚れが溜まっちゃってるわ。タマキ、頼むわよ」

「あっ、ハイ」

 僕がやるんですか。てかボールジョイント式だったんですか。

「……ねぇ、ギュってしていい?」

「良いわよ甘えん坊さん」

 輪ちゃん、ヒカリをギュッ。まるでペット……。


 僕より家族が懐いてるーっ!

 ペットが来たばっかの家族内カースト最下位人間ってこんなに惨めになるものだったのか! このままじゃ僕は村八分になるんじゃ? どうする僕、どうするよー!?


 ──元々家族内でもヒッソリ過ごしていた。もっと言えば、今のヒカリのような立ち位置には決していなかった。単なる思い過ごしである──


 黙って見てたらますます僕の疎外感が増すぞ……! こういう時は家族に媚びを売るのだ……多分……。やれ、タマキ!


「あっ、お母さん。あ〜えと……」

「なぁに? 呼んでみただけなの〜?」

「あっ、お父さん。ええっと、お仕事頑張って……なんて」

「んー、ありがと」

「あっ、輪ちゃん」

「用も無いのに話しかけんな」

 会話が続かない、オシマイ!

「タマキ、何をしてるのかしら?」

「あっ、ヒカリ……」

 君の所為で僕は居場所を失いかけてるんだ~ッ! その輪ちゃんにギュッとされるスペースから離れてくださいッ!!

 なんてイジワルな事言えない……。

「アナタもここにおいで」

「わ……わぁ……!」

 居場所がある!


 けどホントなんで僕の家族は順応してるんだ……!


「おいタマキ」

 あが、ヒカリ大好き輪ちゃんにドヤされる……!

「今日のバイト帰りこそ詫びパン買ってきてよね」

「妹との約束は守りなさいよ?」

「あっ、ハイ」

 どんだけパン食べたいんだ! ヒカリまで便乗して!?

「えと……クリームパン、だっただよね?」

「……覚えててくれてたんだ。そりゃ、ありがと……」


 観察力第一班、我妻 タマキ! 妹の僅かな反応を見逃す筈ナーシ! ほんの少しまぶたを開いて、はにかんだその仕草は、普段は頼りない姉がちゃんと妹のツボを把握してくれていて、それに加えて何気ない一言が嬉しくて思わずデレたっつう事! 分かりやすっ! 今ならいくらでもデレデレにできるぞ!


「えっ? なに、今なんて?」

「は? うっさ、なんでもない」

 カワイイ。

「え、なんて言ったの今? ありがとって聞こえたけど?」

「ウザ。ニヤニヤすんなキモい」

「しゅみましぇん……」


 姉を見下したその目その顔怖い……。


 *


 僕の家──我妻家は、三五〇平方センチメートルと少し広めの敷地ではあるが、住宅街に馴染む程度に大人しい、平凡な二階建て住宅である。ガラス張りで、広がる庭がよく見える開放感あるリビング。オレンジの屋根にベージュのコンクリート外壁。上品で清潔感のあるシンプルなモダニズム建築だ。

 父は大学病院の医者で母は高校の生物担当の教員。何一つ不自由はなくとも、何一つ贅沢はしない。それが家のモットーであった。


「けどバイトは惰性でやり始めたものなんだよなー!」


 そんな家のモットーと優しい家庭に囲まれ、部活を5秒で辞めるような意気地無しの自分が情けなくなり、バイトを始めようと決心したのだ。そこまで行き着くのに約半年。既に二学期が始まっていた。

 僕のバイト先は、チェーン店のレストラン。なんとなく応募してみたら、料理の腕を買われて即、調理担当に任命されてしまった。だが、店長の余りの適当さと、それに対する周りのバイトのピリついた空気──要するに馴染めなかった──! に嫌気が差し、辞めようと強く決心した。そこまで行き着くのに十日。今から一ヶ月ほど前の話である。


 そして僕自身のコミュ症、気の弱さ、キッカケもなく、辞める話も切り出せずの王手が決まり、今に至る。


「だが僕の決意は堅い! ウオォォォ辞めてやるウゥゥゥゥ!!」


 タマキはバイトの道中で気合いを高めた! 周りから白い目で見られた!


 *


 それから夕方。バイト終了の直前でようやく踏ん切りがついた。


「えっ、もう辞めるの?」

「……ヒャイ」


 結局日和って、同じ高校バイト仲間の神子柴みこしば もかさんを通して話してもらう事にしてしまった……。けど僕の方から話せた! 大進展だタマキ! わーい!


 神子柴さんは赤を基調としたツインテと長めの触覚を傾け、腕を組んでウゥンと唸る。

「2ヶ月で辞めるなんて、死んだ店長がよっぽどイヤだったのね~。ま、アタシもアイツにナンパされてたから、気持ち分かるけど。ヘタックソなナンパだったわよね〜!」

「……ヒャイ」

 あの神子柴さんとこれだけ話せてる! 赤髪ツインテJKと話せてるぞ! 大進展だタマキ! わーい!


 ──普段、神子柴に「あっ、ハイ」と「あっ、お疲れ様です」ぐらいしか話せていないのである──


「といっても学校も歳も同じだし、そう寂しくはないかもネ」

「ぃえっ!? そうだったんですか!?」

「アンタどんだけ周りをシャットアウトしてんのよ」

 見透かされてた……! 見透かされすぎ僕の世界との断絶っぷり……!


 ──バイト中は常に猫背で下を向き、黙々と料理を作るマシーンである。誰だってキャラクターが分かる──


「せっかくならさ、あと半月の間、一緒に帰らない? 今日は同じ時間に上がりだし」

 えっ、それはヤダ。

「あっ、ハイ」

「やった! あと二十分ちょっと、頑張ろ!」

「あっ、ハイ」

 流されるままに答えてしまった……。


 気づけば神子柴さんがお客さんの相手に向かってた、シャキシャキ動けていいなぁ……。


 なんて柱の陰からコッソリ見てたら、お客さんの話を聞いた神子柴さんが不思議そうな表情を浮かべて、それから僕の方に駆け寄ってきた……!?


「あの、腹切ります」

「なんで!? えとね、お客さんがシェフを呼んでってだけだよ!」

「骨は拾っておいてください……」

「だからなんで!?」


 間違いない、クレーム対応だ。ウェイトレスが料理を作る筈ないから、料理人を直接始末するつもりなんだ。仕込みは充分にできてるのがチェーン店の料理なのに。ああ、神様。僕がバイト辞めようとか甘えたばっかりに、このような残酷な試練を与えるなんて……。


 代理店長はこの時間は休憩。何故なら土日、昼食時と夕食時に挟まれた夕方の片田舎レストランとは暇なものだからである。ピークの時間ではないからと、ホール担当と調理担当の一名ずつで、ほんの少しの客を回すのだ。

 つまり僕が料理担当として出なくてはならず、助けも呼びづらい! これは王手を喰らった状況!

 接客なんてムーリー!!


「……」

「あばっ、あばっ……」


 客は二人組だった。一人は、毛先が内側へカールしたセミロングのブロンドヘアーに、赤が混じった前髪、凛とした顔つきの成人女性。毅然とした態度に黒スーツ姿、気品を感じさせる薄い白手袋で、如何にもできる大人の雰囲気だ。


「……君が、このパスタを?」

 話しかけられた……! 恐怖で顔が溶けそう……!

「ヒャイ、間違いありましぇん……」

 裁判かな?


「はむ……」

 もう一人のずっと黙々としてるのは、灰のように黒みがかった銀髪の、褐色肌の少女。女性におめかししてもらったのか、長い髪を一本の三つ編みに結いていて、お召し物はネイビーブルーのドレスでお上品に。そして無心で鶏肉ステーキをモグモグとしていた。

 特徴の違いからして姉妹ではなさそうだ。


 ただ少なくとも片田舎にあるファミレスに着ていくには些か絢爛過ぎる装いだ……! やや格式の高いパーティの帰り、疲れを癒しに寄った、と考えるのが自然なストーリーかな。


 そんな風に観察してたらめっちゃ女の人から見られてた!? 毅然とした目つき、ルビーのような、紅く透き通った瞳、貫かれるみたいだ……!


「そう怯える必要はない。私は文句を言いたくってワザワザ君を呼びつけたんじゃないからね」

「ワッ、あっ……弁償いたしましゅ……。膵臓売りましゅ……」

「だって。ねえさん」

 なんでソコに反応するんだ少女よ。

「なるほどなるほど、ユニークなジョークだ! だが君が膵臓を売るんじゃあなくって、客が膵臓を差し出して初めて釣り合いが成り立つんだ。これはそーゆー味をしている」


 褒められている……のか? 自分の料理が。

 いやお世辞にしたってタダのチェーン店の同じ味付けの料理が、料理人を呼び出して、しかも膵臓を売ってイコールになるような値段になるとか、そんな大袈裟に褒められたものじゃないぞ?


 女性客はまたも詰め寄る。

「問おう。何故五百円しか出せない」

「あの、そういう値段だからです」

「何故だい? 君の腕前なら千は、いいや万は出したって良い。いいやこの店なら! 料理長だってやれる!」

「あの、もう辞めようと」

「何? それはいけない、人類の宝が一つ失われると言っても過言ではない!」

「あの、僕みたいなカスに使う言葉としては過言ですね」

「いいかい? この料理は緻密に計算されている。パスタは弾力と粘性を兼ね備えた適切な硬さであり、イカとカレーの絡みが互いの風味を損なわず、引き立てている。分かるかい? これは普通の料理には出せない味わいなのだよ」

「あの、マニュアル通りに分量と時間を量っただけです」

「よく分かった。つまり君はこういう事だな? 君は自分の能力に気づいていないんだ、君は未熟なシェフのたまごだ。正確に分量を量るのだって、時間を計るのだって全てが同じにはならない。戦場と同じだ。ヒューマンエラーは確実に発生するものだからな。ましてや材料はその全てが同じサイズ、グラム数とは限らず、故に臨機応変な対応が常に求められ──」


 辞めよう。


「──つまり、だ。君は才能にあふれた人物なんだ。いいかい、技術は積み重ねで得られるが、才能は持って生まれるものだ、どうあってもな。それを枯らすようなマネを見過ごす訳にはいくまい。そこで! 私はこう考えた。よく聞きたまえ」

「あっ、ハイ」


 ボルテージを上げすぎて息を切らした女性客が、僕の手を取り、ドンっ! 僕の手に万札の束ッ!


「ヴァッ──」

「私の名はルビィ・ニンフェア。君の腕前を買う。買わせてくれっ!」

「あっ……ビャ……アビャビィ……」


 僕はバグを起こした。脳みその処理が間に合わず、エラーが全身に出てしまった。背筋ピーンとなって固まり、アチコチから火花が上がってショートしてしまった。札束を落としてしまった。カクカク振り返って、残された本能で逃げていく。


「カ、エ、リ、マ、ス。カ、エ、リ、マ、ス」

「必ず……また来るぞ……!」

 勘弁してください。


「大丈夫だった?」

「変な人だった」

「まー……変な事言ってくるヤツ、割といるからさ。気にしない!」

「そうなのぅ!? 下界、怖い……」

「黄泉帰りか何かしたの?」

「なに頼んだらあんな感想出てくるんだろ……」

「あー……あの人ね、イカスミインドカレーパスタを頼んだのよ」


 よりによって誰が見てもビミョーだったあのイカスミインドカレーパスタを頼んだんだ……!

 確かにイカスミと本場インドの味付けを猿マネしたなんちゃってインドカレーが冒涜的に溶け合い、そこにパスタを考えなしにブチ込んだアレは案の定合わなかったから、個人的にスパイスを控えめにしてオリーブオイルを多めに、イカスミパスタに寄らせてデタラメに調整したけど……。


「つまりバカ舌なだけでは」

「言ってやんなさんな」


 *


「じゃ、また学校でね!」

「あっ、ハイ」

 

 一緒に帰る事になった神子柴さん、十字路でアッサリ解散。

 神子柴さんは如何にも等身大の女の子だった……。僕みたいな人間不信根暗陰キャはそういう子と会話する機会もないもんなぁ……。


 ──ただし、神子柴のイマドキJKな話題についていけず「あっ、ハイ」か「いいと思います」ぐらいしか会話を交わしていなかった。内容は何一つ理解していなかった──


「けどさっき絡まれたのは例外中の例外過ぎるっ!」

 接客は全部、神子柴さん達ホールスタッフに任せっきりだからなぁ……。普段からあんなクセの強い人相手にしてるんだろうなぁ……。あと2週間弱の間よろしくお願いします……。

「そこの少女~」

 考えてる傍からなんか急に話しかけられたっ!


 恐怖し、背筋をピンとしたままゆっくりと振り返る。声は出せなかった。不意に鼻をつくヤニの臭いに思わず顔をしかめる。


 声は小さい公園の入り口からだった。そして話しかけてきた人物はまたも大人の女性。タイトスカートにココア色のタイツ、そしてスーツ姿で如何にも会社帰りに公園で休んでいたキャリアウーマンという風貌だ。

 ……こんな公園にOL? なんか、虚しい光景。


 桃色をベースに黒のインナーカラーのハーフアップヘアーと、眉を寄せて目を細め、ニッコリして上がった頬骨と相まって糸目になった表情が印象的。その左目尻には涙ホクロが一点ポツリとある。右指には巻きタバコ。人差し指と中指で挟み、その火の粉もそろそろ尽きようとしていた。


 それよりも、何よりも。女の人の左耳を見てカチカチに固まってしまった。何故ならその耳が、ピアスでビッシリ埋め尽くされていたからだ。

 特にえげつないのは耳たぶの、宇宙を思わせる紫のオーブが目立つドロップピアス。揺らめいて光を反射するその様はなんとも妖しく、多くの人が思わず目を奪われることだろう。


 僕はそうはいかない! 僕にはピアスが解らぬ。自分の体に穴を開ける行為に恐怖と偏見を感じているのだ!


 あんなになったらそれはもう、耳の串刺し……。


「いやなに、タダの人探しでね。金髪と銀髪のおねロリコンビがどっかこの辺にいるハズなんだけど、知らないかな?」

 さっきのバカ舌だ……!

「えと、向こうのレストランで……」

「ああ〜? まだメシ食ってんだ。こちとら30分前から来てんのにさ〜。あ、まだ10分前だったわ。アッハッハッ!」

 話を遮る、しかも自分の中でドンドン話を進めるタイプ! 怖い人だ……!

「あっ、じゃあこれで……」

「おっと待った」

「ギャッ!」

 捕まったーっ!

「君ィ、向こうの星乃花ほしのはな校の子でしょ? 昨日、あの周辺歩いてたの見たんだよ〜。あ、私もあそこの出身でね」

 特定された。オシマイの概念だ。

「ここで会ったのも何かの縁、お友達にならないかい? 損はさせないよ。あ、私ゃ丹羽たんば ネル。気軽にネルお姉ちゃんでいいよー」

 もう全てを諦めるか……。

「あっ、ハイ。……ネルお姉さん」

「んっんー、妥協点としてアリ! その呼び方カワイイし〜?」

 アッサリ喜んでる……。なんてチョロい人……。

「んで、君の名前は?」

「あっ、ハイ。我妻 タマキです」

「タマちゃんか〜! なるほどなるほど」

 これまでの人生、両親しかしてないタマちゃん呼びを、こうも気安く……。距離感バグってる……!

「そだ。タマちゃんカワイイからね、お姉さんが面白いものを見せてあげよう。ホラ、ベンチ座んな」

「あっ、ハイ」


 初対面の女の人となんで並んで座ることになってしまったんだろうか。

 すると丹羽 ネルさん、何やら斜め上を指さし目線を向けさせた。そこにいたのは木にとまった鳩であった。


「あそこに鳩が三羽いるね?」

「いますね」

「そー。一羽は頭にクルリと変な模様があるね?」

「ありますね」

「下の砂場には?」


 砂場を指さす。


「……子ども達?」

「もう一度上を見ますと?」

「鳩? ……あれ、一羽は?」


 見ると、先ほどの頭にクルリと変な模様がある鳩がハタリ。何処かにいなくなっていた。


 ……え、待って。マジメに考えたいぞこのトリック。普通、鳩が飛び立つ際には他の鳩も一緒に飛び立つ筈。鳥の群れの習性だ。けど何処を見回そうと、同じ特徴の鳩は見当たらない。よしんば飛び降りたにしても、別の群れは公園の端から端。木からは遠くに位置してる。

「という疑問を浮かべてると、いつの間にか私のおヒザの上にぃ……?」

 なんか思考を読まれてる……!


 覆っていた両手を、ゆっくり開くと──!


『クルッポー!』

「わぎゃっ!」

「アッハッ! タマちゃんナイスリアクションよー!」


 一体いつの間に鳩を!? 同じ模様、明らかあそこから取ってきた鳩! コレってもしかして……!

「タダの手品だ……!」

「タネも仕掛けも無いよー」

「まさか子どもも隠せたりとか!?」

「犯罪者の思考かー? ま、手品なんてのはタネも仕掛けも用意しとくもんだかんねー、できないこたぁないけど」

「いやあの、そこまでは……」

「アッハハッ! 私も親の許可なく子どもをさらったりはしないよ?」

「子どもの誘拐許可を出す親なんて見たくないです……」

「いたら怖いねー。ま、何事も仕込みは充分にやっとかなきゃ。いいかいタマちゃん。悪の概念とは、道徳や倫理観から外れた行為の事のみを指すんじゃあない。短絡的で暴走した正義感こそ悪の本質であると私は捉える。我々は自らの行為を今一度、精査する必要があるのさ」

「はぁ」


 いきなりなんだ、宗教勧誘の切り出しかな? それかアレだ、何か悟った気になった人あるある。気持ちよくなっちゃった勢いで自分より下と見た人間にアドバイスしたがる時期なんだろうなぁ……。


「あっ、そろそろ時間だから終わりー。まったねー、タマちゃーん」

「エェッ!?」

 ヒマつぶしに遊ばれてただけだー!


 *


 ドッと疲れた気分だ、体が重い……。いつもの猫背が岩でも抱えてるかのように丸まって、今の僕の様子は『トボトボ』という効果音の使用例にピッタリだろう。

 昨日といい変人ラッシュが続く……。ここ二日間色んな人に振り回されてる……。


「パイナップルロリ警部補の再寧 華蓮さん! バカ舌富豪のルビィなんとかさん! ヤニ吸いピアス手品師の丹波 ネルお姉さん! クセモノ大人三銃士が揃ってしまった!」

 登場人物が多すぎる……! 再寧さん以外の大人は身にならない話で終わってるし、マトモなのは神子柴さんだけ! ヒカリが発現してから忙しすぎるよ〜!

「……ヒカリの所為にしちゃいけない。罪の無いお人形さんなんだから」

 ともかくクリームパンは買った! 約束の十個! 姉として妹の喜ぶ顔を見たいのはトーゼン! 大事なのは妹だ。妹に嫌われず、家族内の立場を守る事だ!


 そだ、ちょっとサプライズっぽく入ってみよっかな! 輪ちゃん驚くだろうなー!


 ──ドン引きの間違いである──


 玄関扉をバァーン! と開け、リビングの引き戸をジャーン! と開け放ち、天を指さしたカッコつけポーズで登場!

「ただい〜マママママママママっ! マント〜ヒ、ヒヒ……」

「……最悪。どうせなら何がなんでも連絡すべきだった」

 明らかに嫌われた……! テンションが隕石よろしく爆速で墜落……!


 しかも、いつものようにソファーに寝そべっていた輪ちゃんが、懐からハサミを取り出し──


「……え?」


 刃を開き、右手で握り直し、ナイフのように突き立てて振り下ろす!


「うおぉぉぉちょちょちょやあぁぁぁッ!?」


 間一髪、その手首を両手で受け止めた! けど輪ちゃんの手は止まらず、尚も万力のようにジリジリと、ハサミの刃を向け追い詰めていく! 両手に対して片手、僕は貧弱といえども不自然なパワーバランスであった!


「刃物はマジでヤバイっ! 流石にお姉ちゃんおこ……おこぉ……! おおぉぉぉっ!!」

 ピトぉっ……! ついに刃がタマキの頬へ当てられ、ジワジワと血を溢れさせ始めていく──!

「タ……タマ、キ……!」

「輪ちゃんぅ……! なんつー顔してんの……!」


 拒絶してる! 左腕は力なくダラんとしているのに、右腕だけが異様に力が込められている! このパワーは、抗おうとする輪ちゃんと無関係の意志だ! 手品なんかじゃない、これは──!


 輪ちゃんの手の甲に、一筋の糸のようなものが吊るされていたのを目視していた。それを辿ると見えたのは、人より一回り大きい体をしたおぞましいボロ人形のような存在。

 丸々した体型にオーバーオールを着て、ウール状のボサボサの髪が作り物の印象をより強くする。

 その中でも、何より目に付くのは顔だ。眉は険しく寄り、歯を食いしばった形の口。眼球の代わりにはボタンが取り付けられた、まさにホラー映画に出てくる人形クリーチャーのような不気味なデザインであった。それの指先から、輪ちゃんの手に繋がれた糸が出ていたのだ。

Usyaaaaaウシャアァァァァ……!』


 僕は直感的に理解していた! 尋常ならざるその容貌、何より異質な存在感! 再寧さんが見せたようなリンカーのビジョンであると!


「──リンカー能力! 輪ちゃんは今、操られているっ!!」

 仕込まれている! 攻撃の芽を、僕がいない間に! けど誰が! 何のために!?

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