第5話 オシマイの概念

 棚からせっせと救急箱を取り出し、リンちゃんの手の甲に生じた裂け目に薬を塗って大きな絆創膏を貼り付ける。敵リンカーに操られ、繋がれた糸の破壊で生じた傷だ。


「タマキ……」

「今は何も言わないで、輪ちゃん。それより僕の方から聞きたい。犯人の特徴だ」

「あ〜……? 女で、若い姉ちゃんみたいな感じ。ブラウンで、ロングヘアーで、ベージュの服だったかな? 冴えない顔つきのクソ野郎だったかも……」

「ありがとう。それだけ聞ければ充分」

「待て」


 声を掛けた輪ちゃんの方へ振り向き直る。……とその顔へ不意打ちでペチン! と指を当てられた。


「痛い……。あ、絆創膏」

 左頬の切り傷に絆創膏を? さっきの戦闘で受けたから貼ってくれたの!?

「ウチの所為でケガしたんだから。これぐらいさせろって」

 輪ちゃんのデレだ……! 妹のカワイイ姿が見れてお姉ちゃん幸せだよ……!

「ウェヘッ、ウェヘヘヘ……」

「笑い方キモい。さっさと行けば」


 僕はションボリしながら懐中電灯を持ち、サンダルを履いて準備万端。リビングの大きな窓をガラリと開き、ベランダから出てウッドデッキを降り、ライトを付けて辺りを警戒する。


 家には一五〇平方メートルの広い庭が広がっている。我妻家の敷地は半分近くが庭で構成されている。芝生が生い茂った庭は、冬先で退色した枯れ葉に残ったほのかな緑によって安らぎを感じさせ、庭木が二階建ての家に負けない高さでそびえ立つ。ガラス張りのリビングは、そんな広大な庭を一望できる贅沢な造りだ。

 父はここでゲートボールをプレイできるよう計画していた。が、大学病院の医者という仕事の多忙さからいつまでも開拓が進まず、娘たちが気まぐれに庭師として手入れする庭だ。

 そのような開けた庭に隠れられるような場所はほとんどない。他に目に留まるものといえば、機材が収まった倉庫や、家と合併したガレージ前の舗装された道に、道路へ出る門ぐらいか。


「タマキ。本当に敵本体は逃げないんでしょうね」

「うん。絶対とまでは言わないけど、逃げるメリットが今回の敵にはほぼ無い。ダメージだって眼とはいえちょっと受けただけで、あってないようなものだ」

「だって庭よ? よりによって庭、外よ。私なら仕切り直しの為に尻尾巻いて逃げるわね。仲間を呼んだりだとか」

「敵の目的は多分『僕を調べること』だ。自慢じゃないけど、僕は誰かから恨まれるような生き方をした覚えはないし、リンカー能力だってつい昨日会得したばかりだ、特徴のない僕を狙うとしたらそれぐらい。それにただの一般人の小規模な能力が相手だ、仲間を呼んで事を大きくするほど大げさでもない。まあ、油断してたらさっきみたく殺されかけはするだろうけど……」

「だからさっさとトンズラする必要はない、と。アナタ、よくそこまで考えが及ぶわね。見直したかも」

「いやあの、ほとんど妄想っていうか、タダのオタクがちょっとイキってアニメごっこしてるだけっていうか、見直したっていうのも違ってて、僕はずぅ~っと脳内でこーゆー事を堂々巡りしてたのがたまたま話す相手がいただけで」

「う~ん、分かった。よぉ~く分かったわ充分よ」

 遮られた……。

「とにかくタマキ。この庭の何処に敵が潜んでると考える? かくれんぼ王道の倉庫? それとも器用に登って屋根? 家に一度侵入したのなら、どっかの窓を開けてあってそこから入ったかも」

「ま、惑わせないでぇ……? まあ敵の能力が『糸で人を操る』以上、自分に糸を付けてトンデモ身体能力で壁に張りついてるかと思ったけど、そんな様子は無いね。けどもう日が沈んじゃってる上に、冬だから芝生も枯れちゃってる。足跡が残りにくいんだ。痕跡を辿るのは難しいね」

『ずいぶん……呑気に捜索するじゃないか、少女。探偵ごっこのつもりかい?』

 また呑気って言われた……!

「誰っ!? 本体か!」


 目に喰らったときの素っ頓狂な悲鳴とは裏腹な、落ち着いた大人の女の声だ。声の位置は分からない、というより、拡声機か何か──それとも異なる、もっと直接に脳内に響く音だが──で話すような、霧のように曖昧な声だった。

 ……リンカーで話しかけてる、のか?


『君らを襲撃したリンカーの本体という意味ならば、確かに私だ。──少し、大人しくしてくれれば、それで良かった。だが君のその人形リンカーは乱暴すぎた。だから今から私は──君に乱暴をする。変な意味じゃあない。力づくで押さえつけるって意味だ。分かるね?』

「……アナタの言ってる事が分からないって事が分かった。先に僕の妹に危害を加えたのはアナタだし、その回りくどい手段で僕を狙うのだって意味が分からない。オーバーなんですよ。それと僕のリンカーを物みたいに扱うんじゃあないぞ、アナタのブサイク人形みたいにさ……。この子は僕の相棒。──ヒカリだ!」

 言ってやったぞチクショー! 一方的に話を進めて憎たらしいヤツだなーっ!

『……いいか、私のリンカーはブサイク人形などではない。私のリンカーは──』


 その時、虚空でカタカタカタ、と木を打ち鳴らすような音が響く。ヌルリ、と現れたその存在は、険しい表情の、両眼がボタンになったホラー人形──先と同じ、敵のリンカーだ。


『コッペリア!』


 コッペリア。それが敵リンカーの名前。そいつが、手から何か物を投げた。縄か何かか、そう思って顔にぶつかるすんででキャッチ。


「うおおぉぉっ!? これは、ヘビ!?」


 反射的に投げ飛ばした為に攻撃はされなかった。しかし足元を見ると、そう安心していられなかった。

 5匹だ。5本の糸が、5匹のヘビに繋がれてる! それに──!


「この柄、よく見かけるヤツ、ヤマガカシ! 毒ヘビじゃ!?」


 ヤマガカシ──体長は八十センチほど、大きいもので百五十センチにもなるという大型のヘビだ。我妻家のような片田舎の住宅街周辺の草むらでも、昔からよく見かけてきた。

 毒ヘビとされるが、一九七四年以前は無毒種であるとされていたらしい。その毒が遅効性で、噛まれた時には特段その毒による痛みはない為であろう。しかし、その毒性は日本のヘビで最も強いという。


 そんな危険なヘビを、この敵は!


『仕切り直しならとっくに準備を済ませてある。私がただ君たちから身を隠す為に、庭でコソコソ覗いていたとでも?』

 会話全部筒抜けじゃん……!

「足元にこんなたくさんヘビが……! くっ、コイツら!」


 ヒカリはヘビを蹴り飛ばして追い払っていく。僕とて足をブンブン振って抵抗するも、その足に痛みが走り背筋が凍る。


「うげっ! も……腿を噛まれてしまったぞ……!」

「タマキっ!」


 ヤマガカシは攻撃・防御に使い分けるとされる二種類の毒を持っていて、上顎の奥歯に備えられた毒牙こそが攻撃に用いられる。その毒が血液に侵入すると、血液凝固作用を引き起こし、止血が不可能となる。同時に血栓が溶かされ、皮下出血が発生する。そうなれば脳出血などの重症化は免れられないのだという──!


「このまま毒が回れば、僕の肉体は血を失って死ぬ! そうでなくとも血を失って気絶すれば、この敵に好き放題されて殺されるだろう!」

 呑気に説明してる場合か僕ぅ~! いいや解ってる、二つに一つの苦渋の決断を迫られてるのは解ってるぞ我妻 タマキ!

「うぐぅぅぅ、医者行くのが一番良いに決まってるっ! 血清で治した方が良いなんて分かりきってるのに……! クソっ!」

 深呼吸だ、呼吸を止めて、一気に吐き出す。覚悟を決めろ、我妻 タマキ!

「ヒカリ! 僕のこの傷口、しっかり指を当てるんだぞ!」

「何を……?」

「ニンヒト!」


 傷口に当てた指から『ニンヒト』の光が集束していく。その光が、押し当てた僕の皮膚を焦がし始めていぐぅぅぅぅ!


「アァヅヅヅヅっ!」

「ホントに何してるのかしら!?」

「こ、これで良い……。ニンヒトの光線を利用して、熱消毒したのさっ。光を照射すれば熱が発生する。ヘビ毒は熱で分解するからねっ」

「ムチャクチャね、アナタ……」


 口先では強がってみせたけど、僕の顔見てヒカリが呆れてる……!

 いや、ともかくだ。一人と一体で再び、庭を漂うヘビと『コッペリア』に向かう。


「アナタは動物が好きかしら? あるいはヘビに愛着抱いてたりだとか。でなきゃこのヘビ達を駆除するわ」

「いいかいヒカリ、ヘタに糸を切るのはダメだ。そのヘビを破壊しちゃいけないんだ。ヤマガカシは確か、毒牙と別に、首の下にも毒を含んでいた筈だ。獲物を狩るのと別に、捕食者から身を守る為の毒を使い分ける珍しい動物なんだ。首を圧迫しちゃいけない、毒が飛び散るからだ!」

「アナタから遠いヘビしかマトモに攻撃できないわね」

「敵のリンカー……『コッペリア』とか言ったっけ? 名前は何でもいいけど、アイツに妨害されなければね……!」


 憎たらしい『コッペリア』を睨みつける。

 敵のコントロールは想像以上に精密だ。奥のヘビを攻撃しようとも、手前のヘビでガードして毒を飛び散らせるだろう! それぐらいの起用さがある!


『ふむ、驚いた。情けなくヘタれているかと思えば、土壇場での機転と覚悟が決まる。極めて冷静だ。的確な分析力も持ち合わせてる。リンカー能力がただ光線を放つだけかと肩を竦めたが、光というのはバカにならないかもしれない』

「何が言いたい?」

『つまり──君に欠如しているのは「勇気」だ。普段は恐ろしく情けなく、日常生活では捕食者の行動を常うかがう被食者が如く臆病に過ごしている。一人では何をするにもどうしようもない。なるほどともすれば「調べる」という君の推理、正解であるワケだが、その意味が分かってきたという事だ』


 自分一人で納得し、答えになっていない答え。それを指摘しようとした。しかし、突然大きな音と共に飛来してきた物体に言葉と共に遮られた。


「……ウッソだろ、芝刈り機だ! 動物だけじゃなくって、物まで自由自在にブン回せるって事!?」


 音があったからかえって方向が分かった! 僕程度の身体能力で避けられたのもそれが理由だ。

 けどそうじゃない、目を向けなければならない問題は次だ。5本の糸にそれぞれ繋がれた5匹のヤマガカシ。もう5本に繋いだ芝刈り機。この状況だ!

 10本を使うのか……!? 今ある10本を使って全力で叩き潰す魂胆なのか!?


 ヤマガカシが、芝刈り機が、縦横無尽の動きで僕らへ襲いかかる!


 息が、切れる……!


 それでもブリッジだのムチャな体勢をして関節を痛めながらも、なんとかそれらを避ける!


「殺す気っ、満々っ! 過ぎるでしょっ!? ニンヒトぉ!」

 糸を切れば、繋がれたものに破壊が起きる!


 ニンヒトが、一本の線をなんとか焼き切った。しかしそれは、芝刈り機の持ち手だけを破壊するのみだった。攻撃の手を止めるには至らない!


「ダメよタマキ! アナタ自身がさっき言った事よ。ヘタにヘビが繋がれた糸を切れば、毒が飛び散るって!」

『その通り。先はまんまと目玉に喰らってしまったが、二度も同じ手は通用しないよ』


 だろうなぁ! この女は抜かりない、もう手加減はナシって戦い方だ、これは! 狙うべき場所を、もっと見定めなくちゃ!


『踊り狂うがいい。我がリンカー、コッペリアの名の通り、暗闇の舞台でなッ!』

「僕は昔っから鈍臭くって、ダンスは大の苦手だった! そこにパフォーマンスだとかアピールを加えるだなんて以ての外、僕はガチガチになったね!」


 その時、脇腹に硬く、重い物が殴打され、そこを中心に鈍痛が走った。レンガだ。壁面のレンガに5本の糸を繋ぎ、鈍器として振るってきたんだ……!


「──ガフッ」

「タマキ!」


 痛くて堪らない……! 血だ、吐血してしまった……!

 この身を大きく飛ばし、倉庫のシャッターに打ち付けられた!


「……痛い」

「糸が急に5本も増えた……!? 10本しか無い筈じゃ!?」

『パフォーマンスが苦手、と。安心したまえ、レディのエスコートも淑女なら当然だ』

「最低のエスコートだな、これは……っ!」


 言い返してみせたけど、状況は依然として変わらない! 手数で負け、それをいなす術を持たぬという劣勢──!


『さて、人形のお嬢さん。君のお友達──いや、ご主人と呼称すべきか? その彼女から君の位置まで、大体一〇メートル程か。君の身長だと、我々基準で三、四倍ほどの距離はあるだろう。さらにヘビと芝刈り機、レンガと装備は充分、替えを持ってくることだってできる。君らにとって最悪の位置取りだ。このまま降参してくれれば互いに苦労はない。なに、命は取らないさ。私は、だがね』

「ベラベラとよく喋る。中身のない女だって事が露呈するわよ」

『……それは失礼した、レディ。では、すぐにでも終わらせるとしよう』

「何を勘違いしてる」

『……うん?』


 『コッペリア』の本体は素っ頓狂な声で返事をした。「勘違いしてる」。そう言った僕の言葉にだ。

 脇腹を抑え、フラフラなりながらも立ち上がって、指を突き出し覗き込む。キョトンとする敵の人形の目をだ。


「勘違いしてるって言ったんだ。この位置・・・・が良いんだ。僕と、ヒカリ。互いにこのリンカーを挟んでいる、この位置が!」


 ヒカリはさっぱりだと言いたげに首を傾げる。敵リンカーも臨戦態勢ながら、疑問符を浮かべて微動だにしない。僕は続ける。


「『糸が急に5本も増えた』だって? 『ちょうど5本増やした』の間違いだよ、ヒカリ。自分からやり口を教えてるようなものさ。さっきから5本、管理でもしやすいのか?」

「10本から15本よ? 指で操っていた筈なのに、一体全体どういう事かしら?」

「このリンカーは『指で人や物を操る』能力だ。その指というのも『手』の指だけじゃない。『足』の指も含めて合計20本! ……のハズ!」

「足の指?」


 敵リンカーの足元に目を向ける。暗闇で隠れたそこに懐中電灯を向けると、伸びた5本の糸が、やはり芝刈り機に繋がれている!


「気づかなかったわ。器用なものね。室内で戦った時は手ならぬ足を抜いてたというワケ。そしてこの15本の糸の内5本は、足の指をクネクネ動かしてコントロールしてると。しかもあと5本が控えてる!」

「ああ、その精度には驚かされる。けど、家に侵入してからターゲットである僕が帰ってくるのに余りに時間が無かったみたいだ。作戦を練る時間がね」

『ほう?』

「嫌らしいことにこの能力、糸を切れば繋がれたものは破壊されてしまう。人でも生物でも、無機物でも。例外はない。さっき、それを確認できた」

『それを知ってどうする気だね? 私に揺さぶりをかけようとでも?』

「揺さぶりだなんてとんでもない。とっくに確信を持ってるんだよ、僕は」

『……?』

「ヤツの弱点は『本体へのダメージ』にある! 姿を隠しているのは本体の無防備さが理由だろうね。なら遠くから操れば良いのに、直接家に乗り込んだのは何故か? 悲鳴が聞こえるぐらい付かず離れずの距離を保っているのは何故か?」

「それってもしかして──?」

『何か……仕掛けようとしているな!? もういい、トドメを刺すッ!』

「答えは『近づかなければリンカー能力を発揮できない』から! 操る為のスタート、その後のコントロールも含めて! そして、隠れた本体の場所は──!」


 指さすのはコッペリアの足元だ。芝刈り機を繋いだ方の指じゃない、別のもの・・・・に伸びた5本の糸だ。ヒカリが、指さしたそこへ向けて同じく、指さす。それが二人の合図になった。


「ニンヒト!」


 光線が乱射される。いくつかはヘビや芝刈り機に当たり、毒が飛び散る。だがのおかげで、その毒牙の影響はまるで無い。残った一筋が、狙った足先の糸を2本、プツリと断つ。


「残る5本のどれかを切れば、自ずと判明する」


 次の瞬間、庭の地面の一部が爆発したかのように弾け飛び、一面の芝生にポッカリと穴が開く。そう、人ひとりが入れるほどの穴だ。


「土の中!?」


 中には人間がいた。予想通りだ。

 若い女。ブラウンがかったロングヘアー。ベージュの服。冴えない──かどうかは輪ちゃんの主観だけど──ような、声のイメージ通り、細目に三白眼の落ち着いた顔つき。証言にピタリと当てはまる女性だった。土遁の術よろしく、穴の空いた竹筒で呼吸をし、土の中に身を潜めていたのだ。


 女がゆっくりと立ち上がる。ハンチング帽にベージュのコート。一般的に抱かれているであろう、イギリス探偵のイメージそのままな格好だ。その探偵服の女は、驚いた様子を隠せぬ顔で僕へ視線を向ける。


「……。まさか、こんなトリックを見破るとは。自分でもどうかと思ったからこそ、バレないと考えたのだがね」

「こう見えても僕はミステリーをよく読むんでね。ただアナタのは、隣りのビルからアンカーを投げつけるとか。一時的に筋骨隆々になって殺人とか。そーゆーのよりよっぽどマシなトリックです」

「どんな漫画なんだねそれは。絶対ポワロやホームズのような硬派なミステリー小説ではないだろう」

 それも大概ブッ飛んだの出てくるけどなぁ……。容疑者全員、もしくは動物が犯人とかザラだし、トリック以外だとバリツとかよく分からないし。

「ま! 隠れてる場所なんてのは二の次で、接続先の分からなかった糸さえ破壊できれば場所は分かりますよ。フーダニット・ホワイダニット・ハウダニット。それらの推理行程をスっ飛ばしてね」

「……ふむ、見事だよ若き探偵。私もまだまだ青いな」

「一つ言いますけど。僕は探偵じゃない。ただの女子高生だ」

「そうか。確かにそうかもしれないな。ああ、本当に──安心だっ!」


 女が懐に隠したものを取り出し投げつけた! ナイフだ!

 咄嗟に避け──たら、自分の足を絡ませてスッ転んだ。


「痛い……」

「先ほど君が推理した通りだ。私のコッペリアは『私やコッペリアが触れたものに糸を繋ぎ、コントロールする』能力。投げたナイフはどうなると思うね?」


 ナイフはどこ行くアテもなく地べたに横たわっている。だがそれに糸が繋がれているのだ、すぐに察しがついた。ユラリとナイフが宙を漂い、その刃を向ける!


「ダメ押しに残ったヘビッ! 君はとっくにチェックメイトに追い込まれているのだよッ! 勝ったッ!!」

「──ニンヒト」


 光の束が闇を裂く。一つはナイフの糸を断ち、ナイフを破壊する。幾つかが糸を的確に焼き切り、残る三つは、本体の後頭部、脇腹、腿へ的確に当て、跪かせる。


「ぎゃっ……!」

「だから言ったんですよ。この位置がいいって。20本の糸を操る器用さはあっても、僕らのコンビを同時に見る視野は無かったみたいですね」

「そもそもっ……! 二対一など卑怯なっ……!」

「ああところで。今のは僕の分のお返し。まだ僕とヒカリとで納得いってない部分がある」

「は……!?」


 人差し指をピン、と──再寧さんみたく──立てて、静かに、言い聞かせる。


「輪ちゃんを巻き込んだ事ですよ。けど正直、ビームでチマチマ痛めつけるのはスッキリしない。しなかった。アナタは飛びっきり極悪人ってワケでもなさそうですし、僕も他人が痛がってるトコ見て気持ちよくなるようなサディストじゃない」

「ならば詫びよう、すまなかった。だが君の能力を見極め、且つ無力化するのに最善の策だった。そうだろう?」

「はい、その通りです。全く正直者の淑女だ」

「そうね。ウソをついた事ありませんってくらい何でも話すわね」

「ではこれで……」

「けど──」


 僕らはグイっと詰め寄る。というより──圧をかけた。


「「それとこれとは話が違う」」

 ヒカリが両手の指先を向け──

「ニン──!」

 呪文の詠唱開始と共に光線を乱射! 幾つもの眩しい光が夜を照らし──! 

「ヒトォォォォッ!!!」

 最後に、チャージした閃光の一撃を撃ち込む!!

「うぐううぅぅぅぅっ!!!」

 敵本体はブッ飛ばされ、地面へ叩きつけられた!


「オシマイの概念だ。さて、アナタには色々聞きたい事があります。誰の差し金で攻撃してきたのか。少し大人しく……」

 ……敵は、白目を剥いて見事に気絶していた。芝生がベット状態となっていた。

「……少し、やりすぎた」

「これぐらいでちょうどいいぐらいのよ」

「そうかな……そうだね」

 まあスッキリしたし、いっか。


 僕ら二人でズルズルと、まだ名も知らぬ敵本体を家に引きずって縄で縛るのだった。

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