1-5

 引っ越しをしてやる。

 唐突なラークの言葉に、小夜も早紀も反応できませんでした。


「えっと……」


 先に口を開いたのは小夜でした。


「とりあえず、どこかで休みましょうか」


 小夜は散らばっていた民家の破片を集め、大きなものをテーブルにし、小さなものを重ねて椅子のようなものを作りました。


 早紀とラークは疲弊が激しいのでお休みです。


「さてと」


 小夜は破片の寄せ集めに座りました。

 硬くてざらざらします。

 レビュー的には星一つです。


「まずはラークさん。

 この度は助けていただきありがとうございます。

 おかげで、私も紀乃の方も命があります」


 小夜は丁寧にお辞儀をしました。


「それで、ご引っ越しを検討していただいているとのことですが、ご不快でなければ、お心がお変わりになった理由を聞いてもよろしいでしょうか?」


 小夜はいつになく丁寧な口調で尋ねます。


「単純だ。

 今のマグロ人間との戦闘で分かった。

 もう限界だ、この辺に住めるのも。

 年々、出没する魔獣が強くなってる」


 ラークは『あれ』のことをマグロ人間と言いました。

 マグロトカゲ

 マグロザウルス

 マグロ人間

 果たしてどの呼称が正しいのでしょうか。

 まあ、どうだっていいですね。


「かしこまりました。

 そういった経緯でしたら、謹んでお引越しをお受けいたします。

 とりあえず、今日は療養に専念いたしましょう。

 その後、ご自宅に向かって必要な荷物を取りに行きましょうか」


「わかった」


「ところで、ここはお宅から歩いてくるには離れていますが、何をしにここまで?」


「近くに水源があってな、水を汲みに来たんだよ」


「そうでしたか。

 それはいいことを聞きました。

 早紀ちゃん、私たちの服とかもついでに洗っちゃいましょうか」


「え? あ、はい。

 そうっすね」


 今まで会話にはいていなかった早紀に話が回ってきました。

 はて、どうしたのもでしょう。


「あの、私先に休んでもいですか」


「はい。

 大丈夫ですよ。

 疲れてましたよね。

 テントと寝袋を用意するので、少し待っててください」


 結果、この会話から逃げることにしました。

 この二人の会話はどうもかたっ苦しくて苦手です。


「ああ!」


 テントと寝袋を取りに行った小夜が大きな声をあげました。


「どうしました!

 先輩!」


 早紀は歩くのがつらいので同じくらい大きな声で応答しました。


「車体がすこし破損してしまっているようです。

 一晩あれば直せそうではありますけど」


 なんとそれは困りました。

 このままではここに立ち往生してしまいます。

 瓦礫だらけ魔獣だらけのこの場所にです。


 戻ってきた小夜の手には寝袋とテントがあり、せっせと設置を始めています。


「もしかして先輩ここで一泊する気ですか!?」


『一泊』という表現が正しいかどうかは知りませんが、小夜がしていることは自殺行為です。

 いつもは小夜が安全な場所や、比較的弱い魔獣がいる場所を知っているのでそこを選んで一泊しています。

 今回はわけが違います。

 小夜でさえ対処しきれない敵がいる場所です。


「私がずっと見張りをします。

 灯りも外から見るとかなり目立つのでつけません。

 そうすれば幾分かは安全です」


「でもそれは……!」


「二人に無理をさせてしまったんです。

 私にもそのくらいの無理をさせてください」


 小夜の声にはたしょうの憂いが含まれていました。

 二人がボロボロになる前にたどり着けなかった負い目もあるのでしょう。

 だから早紀は小夜の決断に何も言えませんでした。


「日暮れまでに車を直します。

 その間二人は寝ててください」


 小夜は二人分のテントと寝袋を用意したあと、トラックに戻り開いていた扉を閉めました。


「よいっしょっ」


 そして後ろからトラックを押しました。

 トラックは石片を潰す音を立てながらこちらに向かってきました。


「ここで作業をすれば、何か異変があった時にすぐに対処できますね!」


 すぐに対処できますね!

 じゃありませんよ。

「よいっしょっ」で約8トンあるトラックを動かす人がいていいのでしょうか。

 守護者では普通なのでしょか。

 中学の壁山君は125ccバイクを持ち上げるので精一杯でした。


 流石にラークもこれには啞然です。


「お前の先輩どうなってんだ……」


「私にも意味不明なんですよ……」


「じゃあ、先輩。

 お言葉に甘えて私は休ませて貰いますね」


「はい!

 ラークさんも気にせず休んでください!」


「言われなくても」


 早紀は用意してもらったテントへと、最後の力の振り絞って歩いていきました。

 そのまま寝袋の上へと倒れ込みました。


「あぁ……」


 そのまま死んだように眠りにつきました。


 ~Few hours later~


 死んだように眠っていた早紀は、王子様のキスもなくスッキリと目覚めました。


「喉渇いた」


 水が飲みたいです。

 確かトラックにまだきれいな水が残っていたはずです。


 早紀は疲弊から解放されたことを実感しながら、テントの外へと出てトラックの方に向かいました。

 外はさしずめ黄昏時といったところでしょうか。


 カーンコンカーン コンコン コンカーンコンコン コンカーンコンコン


 小夜がトラックを修理する音が聞こえます。

 普段と比べると音がだいぶ小さいです。

 小夜はトラックの下に入って修理していました。


「先輩お疲れ様です」


 小夜は少しビクッとした後、のそのそとトラックから出てきました。


「早紀ちゃん、おはようございます。

 もう体は大丈夫なんですか?」


「はい。

 私は魔法を同時発動した反動が来ただけなので、もう大丈夫です。

 炎や—―ラークさんは魔力切れだと思うので、もう少し寝ないと回復しないと思います」


 ついつい頭で考えている言葉が出そうになりました。

 確かに命は助けてもらいましたが、だからってなんかさん付けはしたくありません。


「あの、水を飲みたいんですけど、取って大丈夫ですか」


「はい。

 大丈夫ですよ」


 トラックの後ろの扉を開けると、相変わらず過剰なほどに荷物が載っています。

 食料や調理器具等の日常で使うものは扉の近くにおいてあり、片づけができない人の部屋のようになっています。

 ごそごそと水筒を探していると早紀は奇妙なものを見つけました。


「これ、ラジオですか?

 珍しいですね先輩がラジオを聞くなんて」


「ちょっと気分転換にと思いまして」


 早紀は音楽やトークを聞くのは好きですが、ラジオはあんまり好みません。

 理由は特にないです。


「あった」


 円柱の長い入れ物が目につきました。

 早紀と小夜共同で使っている物なので口をつけるわけにもいかず、どこかにコップはないかと、また荷物の森に上半身を突っ込みます。


「えーとコップはっと……。

 あった」


 早紀は満を持してコップに水を注ぎます。

 透明な水がコップの灰色に染まります。


 グビッと一息


「ぷはぁ~」


(生き返る~)


 久しぶりに自分が生きていることを確認したような気がします。


 空が薄暗くなっていきます。

 ここがいつ死ぬかもわからない終末の荒野だなんて信じられないほどの絶景です。


「先輩!

 私もう大丈夫なんで、見張りしときますね!

 先輩は修理に専念してください!」


 早紀はそう言って走りさりました。

 こうもいい景色を見ていると、なんだか清々しい気持ちになってきました。

 見張りも楽しくやれそうです。

 夜には小夜が見張りを一日中すると言っているのです。

 お昼くらい働きましょう。


「え、あ、ちょっと!

 早紀ちゃん!」


 小夜が何か言おうとしていましたが、有無を言わずちょっと遠くへ行きます。

 さて、もうひと頑張り。



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