1-4

「おい!

 まだ終わってねーぞ!」


 思っていたよりも低いその声は、ラーク・シルビアのものでした。


「わかってるつの!!」


 早紀はタメ口で答えました。

 おそらく年上で、お客様ですが、緊急時なので仕方ありません。

 けっして、いきなり小夜に殴りかかってきた恨みからじゃありません。

 はいけっして。


(射程3割、貫通力7割、大きさは極小)


 早紀はまた魔法の準備をします。


「スターフォール!」


 今度は同時発生の乱れ打ちです。

 数は最大約30本。

 色は赤です。


 空中で絶賛グリル中のマグロトカゲに向かって打ちます。

 炎のせいでどこにいるかよくわかりませんが、

 的がでかいので適当に打っても当たります。

 多分。


 魔法は炎を突き抜け空に光りました。


 次第に炎が消えていきます。

 炎から解放された後、表面をあぶった程度の容姿になったマグロトカゲは、ドサッと大きな音をたてて地面に落ちました。


 血の焼けた匂いと焦げた匂いが混じって嫌な感じです。


 正直仕留めたのかどうかわからないので、安易に動けません。

 二人に緊張が走ります。


「……」


 その緊張を破ったのは早紀ではありませんでした。


 ドゴゴゴゴゴゴゴ


 地震のような揺れに早紀はバランスを崩します。


「うわぁ!!」


 揺れの正体はマグロトカゲが跳ねた衝撃でした。

 そのまま、陸に上がった魚のようにじたばたしています。


 これが片手で持てるサイズの魚だったら、「わーい釣れたー」で終わるのですが、渦中の魚は軽々しく民家を壊す魚です。

 災害と言っても良いでしょう。


「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬさすがに死ぬーーーーーー!!」


 またもや必死の逃亡です。

 必ず死ぬと書いて必死、マジでやべぇかも。


 横目には飛んでくる民家の破片とラークが見えました。


「おい!

 何とかしろ!!」


「無理ーーーーー!

 こんなんどうしろって言うのーーーー!!!!」


 この場には魔導士が二人しかいません。

 ラークはどうか知りませんが、早紀はとても非力です。

 いずれ体力も尽きるでしょう。


「くっそぉ……!

 やるだけやるか」


 早紀はトップスピードからの急停止、からの回れ右をしました。


「シールド!」


 目の前に斜めになるように半透明の正方形の形をした板を作ります。

 大きさはとりあえず二人分隠れられるほどに。


「そんな長くはもたない!!」


「防御魔法使えるじゃねえか!」


「苦手なの!!

 あんたこそ使えないの!」


「うちは代々炎系の家計なんでね!」


「そうですか!!」


「で!

 どうする!

 お前の相方はどこ行った!」


「わかんない!

 いつもならすぐに来てくれるけど!

 何かトラブってるのかも!」


 二人はマグロトカゲのじたばた攻撃の音に負けないように大きな声で会話しました。


「あんたの炎でこっからやれない!」


「無理だ!

 遠すぎる!」


 となると早紀の固有魔法でやるしかありませんが、今は防御魔法の展開で精一杯です。

 それに、


(こっからじゃ威力が低すぎる)


 どうやら


「手詰まり……」


(こういうとき先輩ならどうする……)


 小夜はいつもその持ち前のスピードとパワーで敵を圧倒します。

 よく敵の顔がぐちゃぐちゃになっていましたっけ。

 懐かしいです。

 アハハハ。


「ダメだ!

 参考にならん!!」


(私の固有魔法は射程と貫通力と大きさをいじることができる。

 後ついでに色。

 うーん。確証はないけど……やってみるしか)


「ねぇ!

 私に命賭けられる!」


「それしかないんだろ!」


「つっても!

 こっちも命懸けだけどねっ!」


 早紀は大きく深呼吸します。


(射程0、貫通力0、大きさ三割。)


 シールドを展開しながら固有魔法を発動します。

 もちろんオーバーワークです。


 左の鼻の穴から鼻血がでます。

 鼻血の軽傷で済んでいるのは10割の力を出していないからでしょう。

 これで10割分使っていたら、早紀は今頃気絶しています。


 出された固有魔法は可愛らしく丸い形状をしています。

 ちなみに色は赤です。


「乗って!」


「は?」


「いいから!」


 ラークは早紀に言われるがまま固有魔法に乗りました。


「おい!

 足元痛い!」


「我慢して!

 こっちもギリギリなの!」


 早紀は集中して魔法を宙に浮かせ、ラークを防御魔法と同じ角度に立つようにします。


 するとどうでしょう。

 ラークがだんだんと沈んでいき、魔法がスライムのように伸びるではありませんか。


「おいまさか…!」


 ラークも早紀のおもわくに気付いたようです。

 ですが時すでに遅し。


「いっけぇぇぇーーーーーーー!!!!」


 魔法の操作を解除します。


 ラークはさながら人間ロケットのように飛んでいきます。


「お前まじ殺す!!」


「大丈夫!

 防御魔法をホーミングさせてるから!」


 早紀の言う通り飛んでいくラークの目の前には防御魔法があり、民家の破片が当たるのを防いでくれています。


 さあ、後はラークの仕事です。


「くっそ!」


 悪態を付きながら、ラークも魔法の準備をします。


 炎を出す範囲を絞り、より高火力になるようにします。


「燃えろーー!!」


 再びマグロトカゲが炎に包まれます。

 さらに激しくじたばたしだすマグロトカゲ。


「緩めねーぞ!」


 ラークもそのまま炎の中に入ってしまいました。


 しばらくマグロトカゲが炎の中で悶えていました。やがて動きがやみ、それと同時に炎も消えました。


 某有名なフラグ台詞が思い付きましたが、早紀はそれを喉の奥の奥にしまいこんで、とりあえず一緒に戦った炎野郎の心配をしてやることにしました。


「ねぇ!

 生きてるのー!」


 マグロトカゲの足元で、ゆらっと立つ影が一つありました。


「半分死んでるよ…」


 ラークは体のあちらこちらを火傷していましたが、なんとか生きているようでした。


 ほっと胸を撫で下ろした早紀でしたが、自分も限界だったようで、そのままペタッと座り込んでしまいました。


「疲れたぁ……」


 ~しばらくして~


「早紀ちゃん!!」


 上空から聞き慣れた声が聞こえました。

 その後、ドスンっと土煙をたてて着地をした人物は、早く来てほしいと恋願った小夜の姿です。


「大丈夫ですか!

 こんなにボロボロになって……」


「ちょっと頭がクラクラするだけです。

 魔力はまだ切れてないですから。

 先輩こそ、ボロボロじゃないですか」


 小夜はあちらこちらに血を付けていました。


「この血はコウシカの血なので、私は全然です。

 すみません、あのマグロザウルスの水鉄砲で飛ばされてしまったあと、コウシカの群れと遭遇してしまって遅れました」


 コウシカが何かは知りませんが、小夜はマグロトカゲをマグロザウルスと名付けていたそうです。

 なら、今後はマグロザウルスと呼ぶことにしましょう。

 おめでとう、トカゲから恐竜に昇格です。


「とにかく、生きててよかったです」


 小夜が早紀を抱き寄せます。


「えぇ、ホントに」


 早紀はとても冷静に返しました。

 が内心は、


(ヤバいヤバいヤバい

 先輩と抱き合ってる!?

 てことはゆくゆくはあんなことやこんなことや、そ、そんなことまで!?)


 などと邪に邪な考えをしていました。


「おい」


 ラークが足を引きずりながらこちらに話しかけてきました。

 邪魔をするなラーク・シルビア。


「取り込み中いきなりで悪いが、引っ越し、してやるよ」





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