1-3

 ――――ちゃん…… さ——ん……


 遠くで何か声が聞こえます。


「あれ、ここは」


 目を開けると、早紀は知らない場所にいました。


 どこまでも白く、なぜか立方体だと知っているその場所は、初めて来たはずなのに見知った場所であり、とても気持ち悪い感覚です。


「先輩は?」


 早紀は辺りを見回しました。


「いた」


 小夜はバットを片手に何かと戦っています。


「加勢しないと」


 早紀は魔法を構えました。

 が、いつまでたっても小夜が戦っている相手は見えません。

 見えない相手には魔法の打ちようがありません。


「ど、どうすれば」


 アタフタしているうちに小夜の動きが止まりました。

 小夜はこちらをじっと見ています。


「せん……、ぱい?」


 と小夜の体が急に醜く変化を始めました。

 皮膚は青緑に変化し、顔は長く細くなりました。

 何よりも、足から変化した尻尾から鶏が生えています。


 そうこの前のタキドダイルなる魔獣です。


「ひゃ、ひゃああああーーーーーーーーー!!!!」


 小夜—もといタキドダイルがこちらに向かってきます。

 その顔は白目をむいていて、この世の何よりもおぞましく見えました。


 早紀は必死で逃げます。

 がむしゃらに、息をするのも忘れて逃げました。

 逃げて逃げて逃げまくりました。


 やがて、魔獣の足音はしなくなりました。


「はあっ、はあっ、はあっ」


「逃げきっ」

 タキドダイルの顔が目の前にありました。


「うわああああああああーーーーーーーーーーー!!!!」


 と、そこで早紀は目が覚めました。

 見わたせばそこは、良く知っている黄緑色のテントに、寝心地の悪い寝袋にくるまっている自分の姿が映りました。


「ゆ、ゆめ?」


 早紀は大きなため息をします。


「いるかぁ……? この夢?」


 朝からとても疲れました。





「おはようございます。早紀ちゃん。

 ずいぶんとうなされてましたね? 大丈夫ですか?」


 小夜は鍋に入っている茶色い液体をかき混ぜながら言いました。


「おはようございます先輩。

 めちゃくちゃ怖い夢を見た気がします……」


 頭をかきながら早紀は言いました。

 もうどんな夢を見たのか忘れそうです。


「食べたらすぐに出発しますよ。

 今日中にラークさんにお引越ししてもらいます」


 小夜は早紀にお椀を差し出しながら言いました。


「なんすか? これ?」


「昨日の残りのタキドダイルにお味噌を入れておみそ汁にしました」


「うぅ……。

 なぜか体が拒否反応を……」





 朝ごはんを済ませたら身支度をします。

 小夜はもう済ませているのか、火の始末やテントの片づけをしています。


 小さな手鏡と櫛一つで髪の毛を整えます。


 長い髪をピンク色に染めている早紀ですが、最近は染めに行く暇もなく、段々と色落ちをしてゆき、今では地毛の栗色の髪に穂先だけがピンク色になったグラデ―ション状態になっています。


(今日は気分を変えてお団子にしよっかな)


 本当は洗顔をしたり、メイクをしたり等したいですが、あいにくとそのような物資の余裕はありません。


「うん。うまく結べた」


 綺麗に結べたお団子と少しの手荷物を抱えてトラックに乗り込みます。

 運転の際の曲はもちろん、終末アイドル朝日日向ちゃんの「トキメキ☆出社協奏曲☆」です。


 今朝の夢は忘れて、気持ちのいい出社ができそうです。


「せんぱーい。シートベルトしましたかー?」


「はい。

 いつでも出発して大丈夫ですよ」


「じゃあ行きますねー」


 轟音と共にエンジンを付け、がたがた揺らしながら道を進みます。

 右手に見えますのは朽ち果てた住居、左手に見えますのも朽ち果てた住居でございます。


「せんぱい、このまま真っ直ぐで大丈夫ですか?」


 早紀は車が横転しないように細心の注意を払いながら聞きました。


「はい、だいじょうぶで……いえ、止まってください」


 周囲を警戒していた小夜が言いました。


 言われた通り車を止めて小夜の方を見ます。

 真っ直ぐ遠くの方に目を凝らしています。


「――ってください」


「え?」


「下がって!!!」


 言われれるがままギアをチェンジしバックを始めます。


 すると目の前から、鋼色のぬめっとした爬虫類のような鱗を持つ脚が二本、胴体はマグロという、これまた悪夢をみそうな魔獣が、民家をぶっ壊しながら迫ってきました。


「うぎゃああああああーーーーーー!!!」


 早紀は後先構わず下がりました。

 そうです、この世界には気持ちのいい出社など存在しないのです。


「なんですかこれーー!!

 せんぱい~!!!?」


 気付くと、小夜はすでに車内にはいませんでした。

 下がるのに夢中で気付きませんでしたが、助手席のドアが開いています。


「先輩!」


 小夜は魔獣—とりあえずマグロトカゲとでも名付けておきましょう。

 そのマグロトカゲの進路を遮るように目の前に立っています。

 もちろん右手にはあの鉄のバッドです。


 マグロトカゲは小夜の3倍ほどのデカさです。

 一発で屠ることは諦めて、まずバランスを崩すことに専念します。

 ぐっと腰を低くして、体を大きくひねります。

 マグロトカゲが左足を挙げたタイミングの右足を狙います。

 限界まで引き付けて、


「ふっ!!」


 マグロトカゲの足にクリーンヒットしました。


「!?」


 しかしその手ごたえは予想外のもので、

 マグロトカゲの足はぐちゃぐちゃになる様子はなく、グニャっと曲がりました。

 ですが、最初の思惑通り、マグロトカゲはバランスを崩し横転しました。


「早紀ちゃん!!」


「はい!」


(射程三割、貫通力五割、大きさ二割。

 色は……)


「てきとー!!!」


 鋼色のビームが出ます。


 ビームは真っ直ぐとマグロトカゲの方に向かっていきました。

 マグロトカゲはというと、うつ伏せに倒れ、頭でっかちなので、足がつかずに身動きが取れない状態です。

 流石にこれは当たったと思いました。


「ボガアアアアアアアアアア!!」


 マグロトカゲが大量の水を吐き出すまでは。


「ふぇ!!」


 マグロトカゲは水を吐き出した推進力で上空にいき、早紀の魔法をよけました。


 吐き出した水には様々な動物の骨と思えるものが混じっており、胃の中の内容物をはきだして攻撃をしているようでした。

 果たしてどこでそんな大量の水を確保したのでしょうか。


「マグロが飛んだ…!?」


 二人ともあっけにとられましたが、小夜の方が状況を理解しました。


「早紀ちゃん!!

 遮蔽物に隠れてください!!」


 早紀ちゃん!!

 くらいのところで早紀も気づき、頑張って近くの民家に隠れようとしました。

 トラックに隠れるのが一番近いですが、一様引火の恐れがあるので避けました。


 その判断が吉と出たのか凶と出たのか、とりあえず間に合いそうにありません。


 マグロトカゲがバランスを崩し始め、こちらに水ビームを向けてきました。


 威力は言わずもがな。

 ボロ家を次々と破壊していきます。


 小夜はいつの間にか吹っ飛ばされてしまったらしく、どこかに行ってしまいました。


 いやどんな威力だよ。

 と早紀は思いました。

 思いましたが、これからそれにあたることを想像すると怖くなるので、考えないことにしました。


(あぁ…先輩。

 どうかお達者で…。)


 そう覚悟を決めた時、突如香ばしい匂いが漂ってきました。


「チッ」


 どこかで聞いたことがあるような舌打ちのあと、マグロトカゲは炎に包まれました。


 また早紀は命拾いしました。











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