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「ほんっとに食べれるんですか先輩…?」
辺りは闇に包まれ、星々は今日も元気にきらめいています。
しかし、星々では辺りを照らす光源とはならず、辺りを照らすのは、ぐつぐつとたぎる鍋と早紀のお気に入りのおしゃれなランタンです。
「もちろんです早紀ちゃん!
さぁグイッといっちゃってください!!」
器に盛られたスープには、ごろッとした肉塊が三つほどと、そこら辺の雑草が入っています。
早紀が苦言を呈すのはそこら辺の雑草が入っているからではなく(しょっちゅう入っているので慣れました)問題は肉塊の方です。
肉塊の正体は先ほど死線を共にしたワニです。
どこかの地域ではワニを日常的に食すと聞いたことはありますが、果たして鶏の尻尾から生えているワニは食べたことがあるのでしょうか。
あぁ、駅前のファミレスのオニオングラタンスープが恋しいです。
魔獣を食すのは今に始まったことじゃありませんが、
それでも嫌なものは嫌です。
早紀が躊躇している目の前で、小夜は美味しそうに肉塊を頬張っています。
実際、美味しいのでしょう。
目の前のスープからは良い匂いが漂っています。
走馬灯のように先ほどの白目のワニの顔がちらつきます。
「相棒……こんな姿になっちまって……」
意を決っして口に入れます。
パクり。むしゃむしゃ。
相棒の味は鶏肉に似ていますが、鶏肉よりも脂身が多く弾力のある食感です。
噛めば噛むほどうまみが出てきて、確かにスープによく合います。
「美味しい」
早紀は天を仰ぎながら、あふれそうなわけでもない涙をこらえながら言いました。
続いて黄金色に光るスープとそこら辺の雑草を頂きます。
スープをスプーンですくうと、ワニからでた油が水面を泳ぎ、そこら辺の雑草は小さく切られていて、見ためはタンポポの葉に似ています。
口に運ぶと、スープはワニの旨味を凝縮したあっさりとしつつもしっかりした味で、独特の臭みはありますが、それもまた一興というものでしょう。
そこら辺の雑草は、まあ、薬草の類よりはましな味をしています。
できれば食べたくはありませんが、よけて食べると「ほら、ちゃんと野菜も食べないとだめですよ」と小夜に怒られます。
そこら辺の雑草を野菜というかは別として、小夜に怒られるのは避けたいです。
「先輩って、クラス何でしたっけ?」
ぶしつけな早紀の質問に、小夜はきょとんとしながら咀嚼をして、口に入っていたものを喉に収めました。
「ん? 何ですか急に。
守護者ですよ。ほら、免許証にも書いてあります」
小夜は自身の運転免許証を見せながら言いました。
先輩って勇者なんですか?
(なんて聞けるわけないよなー)
(聞いてしまったら、先輩との関係が終わってしまう気がする。)
などと思いながら、自身の不可解な質問を払拭すべく、早紀は慌てて話題をそらしました。
「いやー、今日火に包まれたはずなのに、先輩はともかく服も燃えないなんて、守護者の人は身に着けている物も頑丈になるのかなって思いまして」
「あー、いえ、あれはラークさんが全力じゃなかったからですね。国から支給されている服には過剰なほどの防火体制がありますので」
国から支給されているその服は、オーバオールを着た上に、ポケットの多いジャケットを着るスタイルで、どっちとも着ると、全身真っ黒コーデになってしまいます。
着用しないと処罰が下る可能性がありますが、着ていないところを見られる訳がないのと、単純に重すぎて、へなちょこ魔導士の早紀では、思うように動けなくなってしまうので、早紀は着ていません。
一方小夜はきっちりと両方きていて、ほぼ四六時中その格好でいます。
正直ちょっと臭―刺激的な匂いがします。
「全力じゃなかったって、あれでですか?
魔導士の私からみても、一般人にしては中々の火力でしたよ。
もと冒険者とかすかね?」
「普段から魔獣と戦っているからとかの理由でしょう。
すぐそばにタキドダイルレベルの魔獣がはびこっているような場所です。
そのくらい鍛えられてもおかしくないです」
「なら、問題は」
早紀はスープを一口飲みました。
「なぜそんな偏屈な場所に住むのか? すっね」
小夜は静かにうなずき、ゴソゴソと、トラックに積んでいるデカめのリュックから、紙を1枚取り出しました。
その紙には早紀も見覚えがあり、国から事前に渡される指定要支援者リストの1枚のようです。
「ラーク・シルビア。
魔導士。
年齢は二十三歳。
男性。
マルカ町出身。
聖職者で医者のヴァル・シルビア、魔導士で主婦のペリア・シルビアのもとに生まれる。
兄弟はいない。
裕福な家庭で育つ。
高校は出ているが、その頃から戦争が激化し、徴兵により北東の最前線に送られる。
現在は故郷であるマルカ町にたった一人で在住。
マルカ町周辺が危険地帯であるため、国民生活課より転居支援の要請あり」
小夜が紙に書いてあることを一通り読み上げます。
一度も読んでいないので初めて聞く内容です。
ラーク・シルビア。
何とも意味の分からない人間です。
着ている衣服もボロボロでしたし、治っていない傷もいくつかありました。
そんな危険な辺境よりも、都会の方が絶対いいに決まっています。
三食昼寝つきアパートだってあるのに。
「ラークさんは矛盾している方なんですよ」
小夜がそこら辺の水を煮沸しながら言いました。
「どういうことすか?」
「言っていることとしていることが真逆です。
言葉ではかなり好戦的ですが、本心は争いは好まないようです。
私に全力で攻撃してこなかったのがその証拠です。
ツンデレと言っても良いでしょう」
ツンデレ。
ツンツンしておきながらたまにデレデレする人。
タイプではありませんが、悪くはないでしょう。
「なるほど。
だから先輩は素直に引き下がったってわけすね」
ツンデレは、押せばいける。
「さて、今日はもう寝ましょう。
明日は早めにラークさんのところに行きましょうか。
先に見守り番してあげますから」
「はーい」
煮沸された水をコップに入れて、小夜は早紀に差し出しました。
「寝る前にお水飲みますか?」
「いえ、遠慮しておきます」
早紀が飲むと十中八九お腹を壊します。
寝袋を片手にテントの方に向かいます。
(今日あれこれ考えたことは忘れよう。
先輩は先輩)
そう心に誓い、早紀は眠りにつくのでした。
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