勇者は世界の終わりをただ願う。
@takamura_saita0315
火消し
1-1
コンコンコン
「すみませーん。
国の者でーす」
夜宮小夜はボロボロの木のドアを叩きながら言いました。
「せんぱーい、さすがにいませんって、こんな魔物の巣窟の真ん中に。
帰りましょーよ。私疲れましたぁ」
「ダメですよ、早紀ちゃん。
お国の方からの命令なんですから。業務放棄はできません。
それにいるかもしれないじゃないですか」
と家の中からドタドタと足音が聞こえました。
バゴンッ!!
次の瞬間には木のドアは粉々に砕け、小夜の顔面には綺麗な右ストレートが入っていました。
「先輩!!大丈夫すか!」
「ほら、いました」
拳は左手で受け止められ、飛び散った木くずは、毛ほども小夜を傷つけていません。
「失せろ。犬が」
「ラーク・シルビアさんですね。
初めまして。
転居支援の要請がありましたので、国営転居支援センターより参りました。
夜宮小夜と申します」
「同じく、紀乃早紀です」
「最後だ。失せろ」
「すでにご存じかと思いますが、ここは大変危険な地域です。
我が国は現在、終末余暇主義を掲げており、国民の皆様に、安心した終末をお過ごししていただきたいと考えています。
すぐに安全な首都圏に転居されることをお勧めいたします」
受け止められていた拳から炎があがり、小夜を包みます。
「へー、炎系の魔導士なんですね」
けれど、あいかわらず平然と小夜は笑顔で、火傷一つありません。
「なら、自衛はある程度はできるんですね」
平然としている小夜に、ラークはチッっと舌打ちをしました。
乱暴に拳を払い、スタスタとボロ家の中に戻っていきます。
「また来ます」
小夜もそう言い放ち、踵を返しボロ家を後にします。
「行きますよ。早紀ちゃん」
「え?ちょっと先輩!!」
小夜はそそくさと路駐していた車に乗ります。
「いいんですかー?
放っておいて、逃げられるんじゃあ」
「大丈夫ですよ。
あそこまで好戦的なんですから、逃げるわけがありません。
粘れば説得できます。
ここを片付ければ、お家に戻れるんですから、頑張りますよー!」
国から支給された小型トラックは載積は沢山できます。
ですが大変おんぼろで、走れば不穏な音が鳴り、ましてや舗装もされていない道路では、腰やらお尻やらが大変痛みます。
ちなみに運転は早紀です。
「せんぱーい。今日の晩御飯どうしますか?
今日の分の補給物資はもう食べちゃいましたし」
「いい質問ですね早紀ちゃん。
実は先ほど水辺でタキドダイルの糞を見つけました。
かなり新しいものでしたので、近くにいますよ」
「へー、それで、そのタキドダイルっておいしいんですか?」
「くそでかいくせに、食べられる部分が少ないですけど、味は保証します。
クセがなくて淡白な味わいで、スープにすると美味しいんですけど…
噂をすればなんとやらですよ。早紀ちゃん」
(先輩は不思議だ)
全長2メートルはあるワニの尻尾から、それ以上にでかい鶏が生えている魔獣を前に早紀は思いました。
絶賛交戦中です。
(人間は生まれながらに四つのクラスに分けられる。
戦士 魔導士 守護者 聖職者の四つ。
たいていみんな、ちっちゃいころに血液検査をして、どのクラスかを確認する。
私と、さっきのラークなんちゃらは魔法が使えるから魔導士。
それで先輩はすっごい頑丈だから、守護者。
戦士は素早くて器用。
魔導士は魔法が使える。
使える魔法は血統によって変わるとか。
守護者は丈夫で力持ち。
聖職者は奇跡をおこせる)
「早紀ちゃん危ない!!」
気づくと鶏がワニをこちらにぶん回しています。
いや鶏の方が本体なのかよ。
と早紀は思いましたが、そんなこと思っている場合ではありません。何とかしないと。
「ふぇ?」
何とかしないといけないのですが、早紀はこの場合何もできません。
防御魔法は間に合いませんし、受け身をとっても意味がないでしょう。
ワニの白目をむいた顔が目の前にありました。
そうか、お前も苦労してるんだな。
意思のあるかわからないワニに心の中で呼びかけました。
まさか人生最後の景色が白目をむいたワニになるなんて想像もしませんでした。
まぁ、悪くない人生だったでしょう。
次の瞬間、早紀は吹っ飛ばされました。
「早紀ちゃん、大丈夫ですか!」
「あれ、死んでない」
思わず言葉がこぼれました。
視界には小夜の顔が見えます。
どうやら、早紀が小夜に覆いかぶさっている状態らしいです。
「怪我はないですか?」
「は、はい。私は大丈夫っす」
「よかったです」
小夜は屈託のない笑顔を見せました。
3日は風呂に入っていないだろうにサラサラの黒髪に、猫のような黄金色の瞳。
そして傷一つない白い肌。
めちゃくちゃ可愛いです。
いっそのこと襲ってしまいましょうか。
襲ったところで明後日の方向へ飛ばされるのが落ちですが。
などと一瞬の迷いを見せて、迷ったことは一切口に出さずに、早紀は起き上がります。
「すみません。ぼーっとしてて」
「いえ、大丈夫ですよ。
ちゃっちゃと倒しちゃいましょう」
小夜は、風になってワニの尻尾から鶏の生えた魔獣—もとい鶏の尻尾からワニが生えた魔獣に突進しました。
(そう、先輩は守護者)
早紀は考えます。
右から左へ疾風迅雷に動き、常人では恐らく、いや絶対に持ち上げられない鉄の金棒を振り回している人物を見ながら。
(守護者は丈夫で力持ち。
だけど、戦士みたく早くは走れない。
逆に戦士は守護者みたく丈夫じゃない)
早紀は動体視力を鍛えるマシーンのごとく走る小夜を見ます。
(の、はずなんだけどな…)
今度は、的確に自身の固有魔法を撃ちながら考えます。
早紀の固有魔法は魔力を、射程、貫通力、大きさ、の三つに振り分けします。
射程を全振りすれば遠くまで打てますが、貫通力と大きさは落ちてしまうといった具合です。
ついでに色も自由自在。
(考えられるとしたらデュアルクラスだけど、デュアルクラスにしては早すぎるし、丈夫すぎる。)
と、小夜の金棒が鶏の頭にクリーンヒットしました。
たまらず鶏はノックアウト。
(あと考えられるのは……魔王を倒せるクラス――)
「お疲れ様です、早紀ちゃん!」
勇者。
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