§025 隠し事

「まさか加賀見くんから連絡くれると思ってなかったよ。話って何?」


 放課後、俺は柏倉さんを校舎の人目のつかない踊り場に呼び出していた。


 もちろん柏倉さんを呼び出した理由は『水無月さんと付き合っていること』を伝えるため。


 昨日、水無月さんと分かれた後、柏倉さんにどう伝えるかを考えたが、結局、正直に伝えるしかないという結論に落ち着いた。


 けれど、そんなことを知る由もない柏倉さんのテンションは高めだ。


 弾けるような笑みで手を後ろ手に組んだ彼女は俺のことを上目遣いで見つめてくる。


 これから俺の言葉で彼女の表情が一変してしまうかと思うと、どうにも罪悪感が込みあげてくる。


 もし、生半可な気持ちだったら、俺はこの場で彼女に真実を伝えることに尻込みをしていたかもしれない。


 けれど、俺は水無月さんのためにも、今回こそはしっかりと断ろうと決意を決めていた。


 自信過剰だと思われるかもしれないが、早めに柏倉さんに伝える方が彼女の傷口が浅く済むと思ったからだ。


「あの……実は柏倉さんに言わなきゃいけないことがあるんだ」


「言わなきゃいけないこと?」


 柏倉さんはピンと来ていない感じで、不思議な表情を浮かべて小首を傾げる。


「実は……俺、昨日一つ嘘をついていて……」


 その言葉を聞いた瞬間、柏倉さんの表情が曇った。

 その嘘というのが、何であったのかを即座に悟ったという感じだった。


 ただ、言葉を溜めてしまったら躊躇いの気持ちが出てきてしまうと思った俺は、すぐさま次の言葉を紡いだ。


「……実は俺、水無月さんと付き合ってるんだ」


「……ぇ」


 柏倉さんが今にも消え入りそうな声を漏らした。


 そして、見る見るその表情は険しいものへと変わる。


「昨日は付き合ってないって言ったじゃん。だからうち……勇気を出して加賀見くんに気持ちを伝えたのに……」


 感情的な訴えるような声。


 俺はそんな振り絞るような彼女の言葉に只々頭を下げるしかなかった。


「本当に申し訳ないと思ってる。俺が水無月さんに付き合ってることを他言しないようにお願いしていたんだ。そういう事情もあって、昨日は咄嗟に嘘をついてしまって……でも、柏倉さんを傷付ける結果になってしまったのは本当に最低だったと反省してる」


「……そっか。うちを振る口実とかじゃなくて……本当に付き合ってるんだ。じゃあマジで脈なしだったんじゃん」


 俺と水無月さんと付き合ってる事実が相当ショックだったようで、呆然と渇いた笑いを浮かべる彼女。


「ほんとに……ごめん」


「もういいよ。謝らないで。惨めになる」


 そう言って俺に背を向けた柏倉さんは声のトーンを落とす。


「……実は何となくそんな気はしてたんだよね。だから昨日はわざわざ直接聞こうと思ったんだ。嘘ついてたら雰囲気とかでわかるかなと思ったから。でも、昨日は舞い上がっちゃってそれどころじゃなかったな~」


「…………」


「昨日、うち、柑奈ちゃんのことしか聞かなかったじゃん。あれは柑奈ちゃん以外だったら強引にでもうちのことを好きにさせてやろうという気概があったからなんだ。……でも、柑奈ちゃんは反則だよ。あんなに可愛くて、あんなに淑やかで、あんなに頭が良くて。高校デビューのなんちゃって陽キャのうちなんかが勝てるわけないじゃん。……強キャラすぎるよ」


 確かに水無月さんに劣等感を抱いてしまう気持ちは、実際に付き合っている俺自身が一番よくわかることだった。


 水無月さんと一緒に帰っている時は、すれ違う人みんなが振り返って彼女のことを見ているし、水無月さんと一緒に電車に乗っている時なんか、サラリーマンのおっさんとかマジで彼女のことをいやらしい目でガン見するし。


 でも、素直な気持ちで言えば、俺は柏倉さんだって水無月さんに負けない魅力を持っていると思っていた。


 全然タイプが違うのは承知の上だけど、柏倉さんは顔だって可愛いし、水無月さんには無いはつらつさというか、その場にいるだけで周囲を元気にする力を持っていると思う。


 たとえそれが高校デビューによって作られた陽キャ性であったとしても、高校デビューをする上での努力は俺が一番よくわかることだし、そんな努力を続けられている彼女は素直に尊敬するところだった。


 語弊を恐れずに言えば、もし俺が水無月さんと出会ってなかったら、柏倉さんと付き合うという未来もあったのかもな……と思うほどだった。


 でも、俺がこれ以上何かいうことは、彼女の傷口に塩を塗る結果になることがわかっていた。


 いくら俺が言葉で取り繕おうと、それで彼女が更に惨めになってしまっては意味がないんだ。


 だから俺は敢えて何も言わないし、言えずにいた。


 すると、半身振り返った柏倉さんが俺に言葉を投げかけてきた。


「水無月さんとはいつから付き合ってるの?」


「まだ1ヶ月も経ってないくらいかな」


「めっちゃ最近じゃん。ちなみに、どっちから?」


「俺からだよ」


「……そっか」


 空元気とも取れる笑顔を湛えた柏倉さんは、「ちょっと攻めるの遅かったかな~」と天井を見上げた。


 そして、深呼吸をするように大きく、そして深く「ふぅ」と息を吐いた彼女は、勢いよくこちらを向き直ると、精一杯の声を張り上げて言った。


「言っとくけど、私、後悔とかしてないから!」


「え」


 そんな予想もしていなかった柏倉さんの言葉に、俺は呆気に取られてしまった。


 しかし、柏倉さんはそんな俺を余所に言葉を続ける。


「確かにこの振られ方はちょっとひどいなーと思ったし、加賀見くんも柑奈ちゃんもそれならそうと早く言ってよって気持ちはあるけどさ……あれだよね? こうやって今日うちに本当のことを伝えてくれたってことは、昨日はいっぱいいっぱいうちの気持ちを考えてくれたってことだよね?」


 ……柏倉さんの気持ち?

 そう言えば、昨日、水無月さんにも同じようなことを言われたな。


 そんな俺の沈黙を肯定と受け取ったのか、彼女はそのまま言葉を紡ぐ。


「二人が付き合っているということ。本当はずっとずっと隠したい事実だったのかもしれない。あのまま嘘をつき通したままでもよかったかもしれない。でも、加賀見くんはその選択を採らなかった。加賀見くんは……うちの気持ちを考えて……正直に打ち明けてくれる未来を選んだ」


 柏倉さんは瞑目する。


「……知ってるよ、加賀見くんが底抜けに優しいこと。入学した時からずっとずっと見てきたんだから」


 そこまで言った柏倉さんはスッと目を開ける。


「それにね……実は、私も一つだけ隠し事をしてた。だから加賀見くんばかりを悪く言えない」


 そう言って俺の目を真っ直ぐ見つめた彼女は、一拍置いて、言った。


「本当は知ってたんだよね。――加賀見くんが高校デビューなこと」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る