§023 吐露
『(水無月) 習い事が終わった後でしたら……』
水無月さんからLINEの返信が来たのは、俺が柏倉さんと分かれてから二時間ほど経った頃のことだった。
待ち合わせをすることになった俺達は、時間が遅いということもあり、水無月さんの家の近くの公園に集合することとなった。
指定された公園は、おそらく水無月さんが住んでいるであろうマンションに併設された団地の公園だった。
公園内にはベンチと砂場しかなく、時間が遅いということもあり、人影はなかった。
俺は少し早めに公園に着いたため、頭の中を整理しながら待っていると、程なくして水無月さんが姿を現した。
少し驚いたのは水無月さんが私服姿だったことだ。
習い事帰りということで制服で来るものとばかり思っていたので、水色のワンピースに白いカーディガンを羽織った水無月さんがとても眩しく見えた。
けれど、そんな私服と対照的に水無月さんの表情は暗い。
俺は話の内容を伝えていなかったが、何となくいい話ではないことを察しているのだろう。
俺と同じくベンチに腰を下ろした水無月さんだったが、普段の一緒に帰っている時とは違い、一人分ほど距離を取ったところに腰を下ろしていた。
「それで話とは?」
水無月さんの視線が俺の表情を窺うようにこちらを向く。
「……実は」
そんな普段よりも冷たいオーラを纏った水無月さんに気圧されながらも、俺は柏倉さんとのやり取りを包み隠さず話した。
水無月さんに取ってみれば、かなり衝撃的な内容が盛り込まれているような気がしたが、彼女はそんな俺の話を表情を変えることなく淡々と聞いていた。
俺がひとしきり話終えると、今までやや俯き加減だった水無月さんの視線が再度こちらに向けられた。
「それで、律さんはどうしたいとお考えなのですか?」
今まで話した内容に言及することなく、「それで?」といったトーンの彼女。
もちろん声を荒立てているわけではないのだが、普段ならもうちょっと俺を慮ったような口調の水無月さんだからこそ、彼女が心中に抱く感情がひしひしと伝わってきた。
俺が続く言葉を紡げずにいると、水無月さんは仕方ないという感じで「ふぅ」と溜息をつくと、今一度俺にキッとした視線を向けて言った。
「前提として言わせていただきますけど、私、律さんに怒っていますよ」
普段の彼女からでは想像ができないほどに強く厳しい声音。
ここまで明確に怒りの感情を表に出す彼女は初めてだったので、俺は驚いて彼女の方を見てしまった。
そんな俺の目を真っ直ぐに捕らえた彼女の瞳は、更に鋭いものへと変わる。
「確かに『私達の交際を隠す』という点に同意した時点で、私にも非があるとは思っています。今思えば、別に私達の交際は隠す必要はなかったと思うのですが、あの時は、なんとなく隠しておいた方がいいかなと思慮浅く同意してしまっていました。……でも、私はずっとずっと不安だったのです」
「……不安?」
「ええ、そうですよ。私は律さんの彼女なんです。それなのに私は律さんと付き合っていることを誰にも話せなかった。もちろん学校じゃ大手を振って律さんと会話することもできませんし、一緒に帰るのだってこそこそと遠回りをして帰るしかなかった。愛の形は十人十色とは言いますが……そんなの……本当に付き合ってるって言えるのかって話ですよね」
そこまで言った水無月さんの表情は、怒りのものから悲しみのものへと変わる。
「律さん……知ってましたか? 律さんはご自身が思っているよりもずっとモテるんですよ?」
今にも泣き出しそうな水無月さんの瞳がこちらに向けられる。
「律さんはかっこいいです。顔はもちろんですけど、柏倉さんの言うように気配りができたり、優しさが伝わってきたりと、本当に魅力的な殿方なのです。それなのに最近は以前にも増してコミュニケーション能力も高くなっているというか、女の子の扱いに慣れてきているというか、本当の意味で高校デビューを成功させてちゃっていると思うのです」
「…………」
「クラスの女の子と話していても、律さんの話はよく出ますし、人によっては告白しようかななんて話している人もいるんです。でも、私達の交際を隠している以上、私は……その子達の行動を静観していることしかできなくて……本当は『律さんは私の彼氏です』って言いたいのにそれができないのが……本当に辛くて」
「…………」
「そして、極め付けはこの前の50メートル走です。私もあの時は単純に律さんの走っている姿がかっこよくて、心をときめかせてしまっていました。でも、冷静に考えれば、それは私だけの感情じゃなくて……あの場にいた女の子達全員が一様に律さんのことをかっこいいと思っていてもおかしくないわけで……。結果は律さんも御存知のとおり、翌日には律さんの噂が学年を飛び越えるまでに広がっていて……いろんなクラスの女の子が律さんの所に押し寄せていて……律さんはそんな子達とLINEを交換していて……」
「…………」
「……律さんは私が気付いてないと思っていましたか? 律さんがたくさんの女子にLINEを聞かれていて何も感じていないと思っていましたか?」
そうしてまるで自嘲するかのようにくすりと笑う水無月さん。
「それだけならいざ知らず、律さんはどんな理由があったにせよ柏倉さんの誘いにほいほいとついていき、しかも、柏倉さんの質問に堂々と『彼女がいない』と言った。これに対して私が怒らないと思っていたのであれば、それは私のことを知らなさすぎです。私は聖女でも女神でもないただの一人の女の子なのですよ? 私だって人並みに独占欲はありますし、律さんを取られたくないという気持ちはむしろ強いくらいです。本当に我慢できなくなれば怒りますし、こうやって声も荒立てます。それくらい……今回の件は……私、悲しかったんです」
堰を切ったかのように気持ちを吐露した水無月さんは俯いて嗚咽を漏らすと、
「私……これから……今までのように律さんと会話をできる自信がありません……」
最後に絞り出すように言った。
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