§022 答え

「ねぇ、単刀直入に聞くけどさ、加賀見くんと柑奈ちゃんは付き合ってるの?」


 その直接すぎる問いに、俺の心臓は大きく跳ねた。


 水無月さんと付き合って以降、俺に対してこんなにも直接的に水無月さんとの関係性を聞いてきたクラスメイトはいなかった。


 だからこそ、のらりくらりと躱してくることができたのだが……。


 運が悪いことに、今回、そんな質問を投げかけてきたのはクラスの中心人物である柏倉さん。


 スクールカーストで言えば、清楚系代表に水無月さんが君臨しているとすれば、柏倉さんは陽キャ代表と言って差し支えないだろう。


 しかも、日常会話のおちゃらけた雰囲気の中でなら「冗談でした」で済んだかもしれないものの、呼び出された上で、詰問された上でのこの状況。


 そんな状況での彼女への回答は、すなわち、クラス全体への公式回答と等しい程の意味合いを持っていることは火を見るより明らかだった。


 じゃあ俺はここでどう答えるべきか。


 俺はこの時点で決断を迫られることになる。


 俺と水無月さんの中では、『付き合っていることは伏せる』という共通認識があったはずだから、本来であれば、それに基づいて「付き合っていない」と回答するのが正解のように思える。


 でも、さっきの水無月さんからのLINE。


 あれは……俺達の関係性を『オープンにしたい』という水無月さんなりの意思表示だったのだろうか……。


「ねぇ、なんで黙っちゃうの? 図星?」


 柏倉さんの視線が一層厳しくなる。


「付き合って……」


「ん?」


「……ないよ」


 俺は……水無月さんとの交際を、否定した。


 仮に俺と水無月さんが付き合っていることを公にするのでも、水無月さんと話し合った後でも遅くはないという判断だった。


 しかし、本当にこれでよかったのか……という不安は俺の心の内を埋め尽くし、心臓は今までに無いくらいにバクバクと鼓動を打ち、嫌な汗が額を伝ってくる。


 そんな俺の回答を受けた柏倉さんはというと、一言「そっか」と呟いた後、どういうわけかほんのりと口の端を緩めた。


「じゃあ、うちが彼女に立候補してもいいってことだよね?」


「え?」


 俺は彼女から紡がれた言葉の意味を即座には理解できなかった。


 でも、柏倉さんの言葉をどうにか咀嚼し、彼女の俯きながらも頬を赤らめたその表情を見て初めて、自身の選択が間違いであったことを悟った。


「あ、……」


 何か取り繕う言葉を言おうとするが、それよりも先に柏倉さんが口を開いた。


「実はさ、うち、入学したての頃は、加賀見くんのこと好きじゃなかったんだよね」


 え、と思って彼女に視線を向けると、彼女は何とも言えない笑みを浮かべていた。


「ほら、加賀見くんってさ……なんていうかすごいモテそうだし、立海くんみたいなチャラ男とも仲いいし、生まれ持ってのカースト上位みたいなところがのうちなんかとは全然違うなと思って……きっと一生関わらない人種なんだろうなって苦手意識を持ってたんだ」


 柏倉さんが高校デビュー?


 どうにも思考が追いついていないが、そんな心の内が顔に出ていたのか、柏倉さんが補足をしてくれる。


「あ、意外だったよね? うち、昔はこんなに積極的じゃなかったし、ギャルでもなかったし、どちらかというと引っ込み思案だったんだ。でも、そんな自分を変えたいと思って、高校では行事とか……遊びとか……恋愛とか……もっといろんなことに挑戦したいと思って、努めて明るくしようと思ったんだよね」


 このこと話したの加賀見くんが初めてかもと、「へへへ」と照れ隠しの笑みを浮かべる柏倉さんは、「あ、話逸れちゃったね」と言葉を続ける。


「加賀見くんが苦手だったって話だけど、でも、学校生活を送るうちに、うちの中での加賀見くんの印象がどんどん変わっていったんだよね」


「…………」


「言葉にすると難しいけど、加賀見くんは他の男とは違うというか……なんていうか周りに気を遣ってるのがすごい伝わってくるし、優しさが滲み出てるっていうのかな? 失礼な感じに聞こえるかもしれないけど、陽キャなのに全然陽キャっぽくないというか、きっと心根が優しい人なんだろうって思うようになって、気付いたら目で追っちゃってる自分がいたんだよね」


「…………」


「でも、目で追うようになって気付いたんだ。加賀見くんが結構な頻度で柑奈ちゃんのことを見ていること。それで柑奈ちゃんもそんな加賀見くんの視線に応えているということ。だからうちはてっきり加賀見くんと柑奈ちゃんは付き合ってると思ってたの」


「…………」


「でも、今日、加賀見くんが他クラスの女子達とLINE交換しているのを見て、あれ?もしかして柑奈ちゃんと付き合ってない? もしそうなら、うちにもチャンスがある?って思って思い切って声をかけてみたんだ。……打算的かもしれないけど、きっとあの50メートル走の結果を受けて加賀見くんはもっともっと人気出ちゃうと思ったから」


 そこまで言った柏倉さんはハッと我に返ったように、両手で「違う違う」というジェスチャーをしてみせる。


「あ、なんか告白みたいになっちゃったけど、勘違いしないで。うち、まだ加賀見くんのこと『好き』ってわけじゃないから。うちらって実は全然話したことないじゃん? うちがさっき言ったことだってもしかしたらうちの勘違いで実は加賀見くんはめっちゃチャラ男なのかもしれないし、何様って感じかもしれないけど、まずはお互いのことを知るところから始めるべきだと思うんだよね。それでもなおお互いが一緒にいたいなと思えるようになったら、ゆくゆくは……そういう関係になれたらな……なんて」


 そこまで言った柏倉さんは恥ずかしさが限界を突破したのか、「何言ってるんだろう」と真っ赤にした顔を両手で覆うと、「じゃ、そういうことだから! 今日は帰るね!」という言葉だけを残して、駅の方に走って行ってしまった。


 え、いや……今のどう考えても告白だよな……と思いつつ、どうすることも出来ずに呆然と立ち尽くす俺。


 そして、一度瞑目した俺は、女々しくも水無月さんにLINEを送ってしまっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る