§021 問い

『(水無月) ねぇ、律さん。私達……いつまで付き合っていることを隠しているんですか?』


 こんなLINEを受信して俺が平常心でいられるわけがなかった。


 柏倉さんの指示で正門を出たところで彼女を待つことになっていたが、もはや俺の頭の中は水無月さんのことでいっぱいになっていた。


 俺は彼女のLINEの意味を考える。


 俺と水無月さんは二人での合意の下、付き合っていることはクラスに伏せておくようにしていた。


 でも、水無月さんのLINEを読んで受ける印象は、どちらかといえば、付き合っていることを隠していることに不満を持っているようにも見える。


 では、なぜ今このタイミングで、この文面を送ってきたのかというと……俺が柏倉さんと一緒に帰ることになったから?


 水無月さんは俺が柏倉さんと一緒に帰ることに不安を感じている?


 今更ながら、俺と水無月さんが付き合っていることを隠すという流れになったのはなぜなんだっけか……。


 この提案をしたときは何かしらの思惑があったような気もするが……。


「加賀見くん!」


 しかし、タイミングが悪いことに、未だに考えがまとまっていない中で、俺の名を呼び、手を振りながらこちらに駆けてくる柏倉さんの姿が見えた。


 はぁはぁと息を弾ませ、頬を紅潮させた柏倉さんは「待たせちゃった?」と、上目遣いを俺に向ける。


 俺は首を横に振るが、正直、いろんなことが上の空で、俺はこのイベントを早めに切り上げたい気持ちでいっぱいだった。


 でも、さすがにそれを態度に出すのは柏倉さんに失礼ではあるし、彼女はそんな気持ちはさらさら無いようで、「よかったら回り道して帰らない? ほら、他の人に見られて変に勘違いされても加賀見くんが困るでしょ?」などと意気揚々な感じで言っている。


 まあ、確かにそれはそうなのだが……と思って、気乗りはしなかったが柏倉さんの提案に乗ることにした。


「じゃあ行こっか」


 柏倉さんはそう言うと、俺の横にちょこんと立った。


 端から見れば、どう見てもカップルな距離に、俺は努めて距離を取ろうとするが、俺が離れて歩くと、どういうわけかすぐさま距離を詰めてくる柏倉さん。


 え、ギャルってこういう距離感で話すものなの?と面食らいつつ俺は彼女の話に耳を傾ける。


 しかし、待てども待てども、本題であろう「柑奈ちゃんの話」が始まることはなく、紡がれるのは学校での出来事とか、50メートル走の話とか月並みな話題ばかり。


 ちょうど水無月さんといつも待ち合わせをしているコンビニを通過するぐらいの時。


 俺は思い切って話を切り出してみることにした。


「それで水無月さんの話っていうのは?」


 突然の話題転換に今まで弾けんばかりの笑顔で話していた柏倉さんの表情から一瞬笑みが消える。


「ふぅ~ん、やっぱり加賀見くんは柑奈ちゃんのことが気になる感じ?」


 探るような瞳で俺の表情を窺ってくる柏倉さん。


「そういうわけじゃないけど、柏倉さんが俺を呼び出した理由が水無月さんの話だったから何の話なのかなと思っただけで……」


「そう? まあ別にいいけどさ」


 そう言った柏倉さんは、もったいぶるように一拍置くと、更なる探るような瞳をこちらに向けて言った。


「実はうち、二人が一緒に帰ってるところ見ちゃったんだよね」


「え」


 ある程度予想をしていたことだったけど、いざこう事実を突きつけられるとどうにも思考が停止してしまう。


 俺はまずはしらばっくれることを考えるが、こうやってわざわざ俺を呼び出してのこの言だから、鎌をかけられているということはさすがに無いだろう。


 ただ、俺は警戒心を更に高めて、可能な限り、柏倉さんから情報を引き出そうとする。


「俺と水無月さんをどこで見たんだ?」


「ほら、ちょうどそこのセブンだよ。あそこで待ち合わせてるところ」


 具体的すぎて、もはや言い訳のしようがなかった。


 俺は一緒に帰ったという事実を無かったことにするのは無理と判断し、観念して白状することとする。


「一緒に帰ることも確かにあったかな。まあ、俺と水無月さんは同郷出身だから元々仲は良かったし」


 俺は以前に水無月さんとした打合せのとおりに回答を述べる。


 しかし、柏倉さんはどうにも納得していないように、怪訝な顔をしながら「ふぅ~ん」と鼻を鳴らした。


「まあ、確かにそういう話だったよね。でもそれなら堂々と一緒に帰ればよくない? こんな人目のつかないところで待ち合わせてさ、最寄り駅でもない隣の駅まで一緒に帰るとか、どう考えても怪しくない?」


 柏倉さんは更に追求の手を強める。


「前から噂はあったんだよね。加賀見くんと柑奈ちゃんは付き合ってるんじゃないかって。同郷の知り合いって言いながら学校では逆によそよそしい態度なのが逆に不自然だし、二人とも美男・美女なのに今まで浮いた話の一つもないし、と思ったら、この前の50メートル走の時は、柑奈ちゃんが加賀見くんのことをめちゃ応援しているし、どう考えてもおかしいよね?」


 なんだ、この女。探偵かなんかなのか。


 俺達の関係性があまりにも的確に言い当てられすぎていて、ぐうの音も出なかった。


 そこまで言った柏倉さんは歩みを止めて立ち止まった。


 そんな彼女を向き直る形で見る俺。


 俺と柏倉さんの視線が交錯する。


「ねぇ、単刀直入に聞くけどさ、加賀見くんと柑奈ちゃんは付き合ってるの?」



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