§020 来訪者

「ねぇ、加賀見くん。今、大丈夫?」


 俺が後ろを振り返ると、そこにいたのはクラスの中でも派手めなグループに属する女子――柏倉由香里かしわくらゆかりだった。


 彼女はクラスの中のムードメーカー的な存在。


 決め事の時は積極的に発言してクラスをリードするし、オリエンテーションなどのイベントの時は常に笑顔を振りまいてクラスを盛り上げようとしていたのが印象的だ。


 見た目はというと典型的なギャルで、明るい茶髪を腰丈まで伸ばしたロングヘアーに目鼻立ちを強調したメイク。

 ネイルはピンク色を基調とした派手なものだし、スカート丈はかなり短く、ニーハイから覗く太ももの面積が他の女の子よりも大きい。


 そんなクラスの中心人物とも言える柏倉さんだが、俺とは直接的な接点はなかったはず。


 水無月さんとはたまに会話しているのを見かけるが、水無月さんとは別グループであるためすごい仲がいいというわけではなさそうだし、俺自身も確かに入学当時にLINEを交換してはいたが、本当に形式的に交換しただけで、それ以降やり取りをしたという記憶はなかった。


 そのため、一体俺に何の用だろう? という戸惑いが先行した。


「柏倉さん、何か用?」


 そんな俺の問いかけに少し気まずそうな表情を湛えた柏倉さんは、まずは赤也の方に視線を向けた。


 一瞬、目配せのような動作があったような気がする。


 すると、赤也は何かを察したように立ち上がった。


「わりぃ。ちょっとウンコしてくるわ」


「え、赤也! ちょっと待てよ」


 俺は急に席を外そうとする赤也を必死に止めようと叫ぶが、赤也はこちらを振り返ることなく、手をひらひらさせながら廊下に出て行ってしまった。


 その場に残された俺は恐る恐る柏倉さんに視線を向けると、彼女は少しだけ申し訳なさそう……というか恥ずかしそうに視線を逸らした。


「それで何か用なんだっけ?」


 普段なら物怖じせずにいろいろ言ってきそうな印象だったが、今はどういうわけかもじもじしているので、これでは埒が明かないと思った俺は、もう一度柏倉さんに問い返した。


 そんな俺の言葉に意を決したかのように俺の目を見た柏倉さんは、トーンを少し落として、周りに聞こえないぐらいの声で言った。


「あのさ……突然なんだけどさ……今日の放課後って何か予定ある?」


 柏倉さんから紡がれたのはそんな一言だった。


 ん、これはどういう意図の質問だろう? と俺は警戒心を強めた。


 残念ながら、陰キャの特性上、今後の予定を問われて、素直に答えることは稀だ。


 陰キャというものは、常に自分が面倒事に巻き込まれないように予防線を張る習性があるからだ。


 特に予定が無かったとして、それを素直に答えてしまうと、全然参加したくないイベントでも断りづらくなってしまうし、最悪、雑用やパシリなど面倒事を押しつけられる可能性だったであるのだ。


 そのため、俺は努めてこういう問いかけにはなるべく濁すように回答するようにしている。


「いや、予定というほどではないけど……やらなきゃいけないことはあるかな」


 今日は水無月さんも習い事だったので一緒に帰る予定はない。


 そのため、フリーといえばフリーだったのだが、筋トレとか「やらなきゃいけないこと」があるのは嘘じゃないし、こんな感じに濁せば彼女も引いてくれるか、少なくとも彼女の目的、つまり俺に求めていることははっきりするかなと思った。


 しかし、想定外だったのは、彼女が思いのほかグイグイくるタイプだったことだ。


「そんなに時間は取らせないからさ。ちょっと話したいことがあるんだよね」


 ……話したいこと。


「その話は今じゃダメなの? あとLINEも交換していると思うけど」


 そんなやんわりと断りを入れる俺の言葉に明確に眉を顰めた彼女。


「うぅ~ん、出来れば直接話したいけど、ここじゃちょっと人目があるから」


 そう言って周りに注意を向ける柏倉さん。


「どういう系の話?」


 その問いに柏倉さんは今答えるかどうするかを悩んでいるという感じだったが、仕方ないかなといった感じで彼女は言った。


「えっとね……柑奈ちゃんの話」


「え?」


 俺は柏倉さんから漏れたその言葉に、思わず興味を示してしまった。


 俺の知る限り、水無月さんと柏倉さんの接点はそれほど多くないはずだし、水無月さんから柏倉さんの名前が出たこともほとんどなかったと思う。


 そうなると……水無月さんと付き合っているのがバレたとかだろうか。

 それとも山田に関係のあることかも……。


「そんなに時間は取らせないからさ。それに予定というほどではないならちょっとだけなら空けられるでしょ?」


「……わかったよ」


 俺は彼女の勢いに負けたというところもあるが、水無月さんの話というのがどうにも気になってしまい、どうにも押し切られる形で柏倉さんの申し出を受けてしまった。


 そんな俺の返答を聞いた柏倉さんは、表情はパッと明るくすると、安堵したかのように目を細めて口元を緩めた。


「じゃあ、放課後、教室で待ってるから大丈夫な時にLINEで連絡してよ。時間は合わせるから」


「了解」


 そこまでのやり取りを終えると、柏倉さんは自身の所属する派手めなグループのところへと帰っていった。


 昼休みはもうすぐ終わり。


 なんか今日は心が休まらない日だな~と脱力しながらふとスマホに視線を落とすと、ちょうど水無月さんからのLINEを受信したところだった。


『(水無月) 柏倉さん、何か用事だったのですか?』


 どうやら今の瞬間はバッチリ水無月さんに見られていたみたいだ。


 俺が水無月さんの席の方に視線を向けると、水無月さんも一瞬こちらを振り返っているところだった。


 ただ、視線が交錯したと思ったが、いつもなら何かしらの軽いジェスチャーをしてくれるところだが、今回はどういうわけは自然と視線を逸らされた。


『(加賀見) なんか話したいことがあるって放課後空いてないかって聞かれた』


 柏倉さんが「柑奈ちゃんの話」と言っていたことを伝えようかとも思ったが、まだ内容も聞いていないのにあまり不安を煽るのはよくないだろうと思って、この点については伏せることにした。


『(水無月) それで律さんはなんて?』


『(加賀見) なんかすごい真剣な感じで、わりとグイグイ来られちゃったから渋々OKしたよ。あ、でも別にやましい話とか何もないからその辺は安心してよ』


 俺が柏倉さんに全然興味無いとは言え、さすがに水無月さんも俺が女の子と二人で話すのは心配だろうなと思って、そんなフォローの言葉を入れる。


 しかし、その後、俺のLINEに既読はついたものの、以降、彼女から返信が来ることはなかった。


 そうして、放課後になり……。


 どうにも水無月さんのことが気になって気乗りしないテンションではあったが、約束をしてしまった手前、今更断るわけにもいかず、柏倉さんにLINEを送ろうとしたところ、ちょうど1通のLINEを受信した。


 差出人に表示されたのは――水無月さんの名前。


 俺はすぐさまそのLINEを開くと、こう記されていた。


『(水無月) ねぇ、律さん。私達……いつまで付き合っていることを隠しているんですか?』


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