§018 閑話(敬語問題)
「水無月さんっていつも敬語じゃん?」
今日は二人で下校中。
俺と水無月さんが付き合ってからというもの、こうして
しかし、俺と水無月さんが付き合っていることは、現状、学校では秘密にすることになっている。
そのため、俺達は、敢えて遠回りをして、最寄り駅の隣の駅までのルート上にあるコンビニで待ち合わせをするようにしている。
夢にまで見た彼女との下校。
それはもう話が弾みまくるのかと思えば……実はそれほどでもなかった。
それは俺と水無月さんがいずれも元陰キャであることに起因していると思われる。
そう、俺達のような陰キャは何か共通の話題があった時は、それを肴に会話を楽しむことができるのだが、殊、日常会話となるとからっきし。
陰キャ時代は誰かと話すと言っても自分から話を振ることはなく、「話しかけられるから話していた」という受け身な感じだったこともあり、『自分から話を振る』という能動的な行為には不慣れなのだ。
そんなこんなで、ここ数日は、話がイマイチ盛り上がらなかったり、毎日代わり映えのしない学校での出来事を話したりという感じで、付き合ってまだ2週間も経っていないというのに、既にマンネリのような状況に陥っていた。
俺はそんな事態を避けるべく、今日は水無月さんに振る『話題』を必死に考えてきたのだ。
それが――『敬語問題』である。
水無月さんは俺に対して常に敬語だ。
確かに渋谷で会った時は初対面だし、お互いの年齢もわからなかったから敬語であったのも頷ける。
けれど、同じ高校に通うようになり、同じクラスで一緒に授業を受けるようになり、恋人として付き合うようになった今でも水無月さんは俺に対しては敬語のままだ。
まあ、俺も諸々の気恥ずかしさから、水無月さんのことを『水無月さん』と呼んでいるわけだし、それに近い感情なのかもしれないと予想はつくが、直接聞いたわけではなかったため、俺はその理由を聞いてみたいと思っていた。
「水無月さんって他の友達に対しても敬語だったりするの?」
そんな俺の唐突な問いかけに、それまで淑やかに隣を歩いていた水無月さんの視線がこちらを向いた。
「言われてみれば敬語が多いかもしれないですね。関わりの薄い人には敬語が中心で、でも、本当に仲のいい人には普通にしゃべるといった感じです」
あれ? 俺は仲のいい人には分類されないのかと不安になり、そのまま質問を続ける。
「え、それなら俺に対して敬語なのはどうして? もしかして俺は仲いい判定されてない?」
そんな俺の言葉に焦ったように「違う違う」と首を横に振る水無月さん。
でも、その点はあまり意識していなかったのか、若干首を傾げながら考える。
「うぅ~ん、最初に会った時の印象でしょうか。その時からずっと敬語で話しているので、律さんに対しては敬語で話す癖がついているのかもしれないです。ほら、先輩とかに『タメ語でいいよ』とか言われても、急にタメ語にできたりしないじゃないですか。そんな感じです」
「まあ確かに」
水無月さんから示された例が的確すぎて、つい納得してしまう自分がいた。
「もしかして、律さんは敬語がお嫌いですか?」
水無月さんは若干不安そうな表情を浮かべて俺に問いかける。
「いや……嫌いというわけではなし、むしろその方が水無月さんっぽいなと思うけど、何となく距離があるのかなと思っちゃうところもあるんだよね」
その言葉に水無月さんはクスッと笑った。
「別に敬語だからって距離があるわけではありませんよ。男の人で律さん以上に仲のいい人はいませんし、律さんへの敬語はむしろ敬愛の印だと思ってください」
「そういうものか~」
わかるようなよくわからないようなで俺が相づちを打つと、一拍置いた水無月さんが俺にお伺いを立てるように上目遣いで見る。
「それとも律さんはタメ語の方がいいですか? それであれば、すぐには無理かもしれませんが、少しずつ直すようにしますが……」
そう言われてしまうと「どうなのだろう」とつい考えてしまう。
敬語で距離を感じるのは一般的な感覚であるとは思う。
でも、それは敬語が目上の人や関わりの薄い人に使うという一般論が存在するからであって、水無月さんが「敬愛の印」と言ってくれている以上、無理に敬語を修正させるのは違うような気がしてきていた。
何より彼女がその方が話しやすいのであれば、俺はそれで構わないと思うし、むしろ、敬語ってなんか清楚っぽくて可愛いから逆にご褒美感があるというか……(フェチ)。
そのため、俺は首を横に振る。
「いや、別に無理して変える必要はないかな。なんとなくだけど、水無月さんは敬語の方が水無月さんっぽいし、水無月さんがタメ語に変えたくなったらその時に変えてくれればいいよ」
「私っぽいですかね?」
水無月さんはピンと来てないようで小首を傾げるが、何か思い当たったようにポンと手を叩いた。
「私っぽいかはわからないですが、確かにアニメとかで妙に敬語が合うヒロインの子とかいますよね。そういう子が逆にタメ語を使っていると違和感があるというか」
そんな水無月さんから何の気なしに紡がれた一言。
けれど、その一言の中に高校デビュー以降、完全に封印していた『アニメ』やら『ヒロイン』やらという単語がたくさん含まれていたことから、元陰キャオタクとしてついつい反応してしまう自分がいた。
「ああ、それめっちゃわかるかも。例えば、可愛いだけじゃない式○さんとか、氷○のえるたそみたいな感じだろ? 俺、実は敬語キャラってめっちゃ好きでさ……礼儀正しさ、品格、清廉さ、高潔さを感じさせることも去ることながら、敬語であることにより、キャラクターの内面に潜む葛藤や成長が強調されることもしばしば。更には、最初は敬語を強調的に使っていたキャラクターが、物語が進むにつれて自分らしい言葉遣いに変化する姿勢が描かれると、それだけで胸を射止められたかのような感覚に陥って……(ぺらぺら)」
そんな俺の演説に最初はポカンとした表情を浮かべていた水無月さんだったが、俺の演説を聞けば聞くほど、見る見る顔が紅潮していく変化が見て取れた。
そんな変化に気付いた瞬間、俺は自身の失態を悟った。
……リアルの敬語キャラに対して、敬語キャラの魅力を語りまくってしまうとは。
「律さんって……実は敬語キャラ好きだったんですね」
水無月さんはやや俯き加減で、何とも微妙な表情を浮かべている。
そりゃそうだ。
自分が水無月さんの立場だったら、どう反応していいかわからないだろう。
「いや、今のはオタクの中の一般論というか……別に俺が敬語好きってわけではないというか……」
俺はどうにか弁解しようと、言い訳をあげつらおうとするが、そんな最中、
「(……それなら私は当分敬語はやめれそうにありませんね)」
水無月さんが何かをボソリと呟いたような気がした。
「え?」
その声があまりにも小さかったため、俺は聞き返そうとしたが、水無月さんは「何でもない」とばかりに首を振って、微笑みを俺に向けた。
「今更ですけど、律さんとオタクの話をするのは初めてかもしれないですね。律さんは知らないかもしれませんが、実は私も相当なアニオタだったんですよ。元根暗女子を舐めないでください」
そう言って得意げに眼鏡をくいっとあげる仕草をする水無月さん。
そんなお茶目な姿が可愛すぎて一瞬見蕩れてしまったが、すぐに我に返ると、俺は同士を見つけた時の笑みを浮かべて、「確かに」と相づちを打った。
「確かになんで今まで気付かなかったんだろう。お互いに陰キャだったんだから、アニメの話とか絶対に合うはずじゃん」
「ほんとですよね。ちなみに私は式○さんも氷○も大好きですよ。特に氷○のようなミステリ要素があるアニメは大好物でブルーレイでコンプリートしてるくらいです」
「ちょ、マジ? 俺もなんだけど!」
「今度持ってきますよ。いつか一緒に鑑賞会したいですね!」
「それ! 絶対楽しいやつ!」
そんなこんなで共通の話題を見つけた俺達は、さっきまで「話題をどうしよう」と悩んでいたことが嘘のように会話が盛り上がった。
やっぱりお互いの趣味を共有できるのは、めちゃめちゃいいことだなと素直に思ってしまった。
俺がリアルでアニメの話をしたのは中学の図書委員の時以来のことだったので、久しくする趣味の時間は俺の中で最大の癒やしとなったのであった。
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