§016 体育を終えて
「今日の律さん、本当にすごかったです」
スマホ越しに開口一番にそう言った水無月さんの声は、普段のLINE通話の時よりも数段明るいものだった。
今日の体育の授業を受けてテンションが上がっているのがわかる。
「あれは本当に偶然だって。俺、元陰キャだよ? 当然、部活も帰宅部だったし、運動なんて全然得意じゃなかったから」
そう言って照れ隠しから謙遜はするが、水無月さんにいいところを見せられたのは、素直に嬉しいところだった。
正直、あの山田に勝てるなんて夢にも思っていなかったし、むしろビリで恥をかくレベルだと思っていたくらいだったのだから。
そんな俺の謙遜にも、天使のような声音で応えてくれる水無月さん。
「確かに律さんは元陰キャかもしれないですが、うちの学年で律さんが一番だったのは紛れもない事実ですよ。もっと誇っていいと思います。せっかくの運動神経なのですから、何か部活に入ればいいのに……」
そう言って水無月さんは心底残念そうな声を出す。
ただ、水無月さんも俺が集団行動が苦手なことを知っているからこそ、それ以上の無理強いはしてこなかった。
「でも、素直にもったいないな~と思いますよ。だってお世辞ではなく本当に速かったんですもん。気付いたら私も白薙さんに混ざって応援しちゃってました」
そこまで言った水無月さんはハッとしたように、「周りに変に思われなかったか少し心配です」とはにかんだ。
「やっぱりあの声は水無月さんだったんだね。走ってる時、俺の名前を呼ぶ声が聞こえたからもしかしたらと思ったんだけど」
「はい。走っている時の律さんは本当にカッコよくて、あの時は周りのことなんか考えずに叫んでしまったんですよね」
そして、俺の反応を窺うように「迷惑でしたか?」と聞く水無月さん。
カッコイイという言葉は少しむずがゆいが、俺は素直に首を横に振る。
「迷惑なんかじゃないよ。正直、スタートまでは気持ちで負けていたけど、あの応援のおかげで俺も全力で走れた気がするんだよね。だからこそ、あの山田にも勝つことができたんだと思うし」
そうして話題は次第に山田へと移っていく。
「山田さん……すごい人気でしたね。クラスの皆も山田さんと白薙さんが付き合っていることは知っているはずなのに、山田さんがスタートする時はキャーキャー言ってましたもん」
正直、それはクラスの女の子達に同意だった。
「まあ、その気持ちはわかるよ。俺も今日初めて山田を間近で見たけど、めっちゃイケメンだったし。俺みたいな作り物の高校デビューとは違って完成されたイケメンって感じ」
そこまで言って、せっかくの機会だからと俺は水無月さんに尋ねることにした。
「そういえば、水無月さんはなんで山田とは付き合わなかったの?」
「山田さんとですか?」
一瞬キョトンとした反応を見せた彼女だったが、いや付き合うわけないじゃないですか、といったトーンで言葉を紡ぐ。
「こういうのもなんですけど、過去に山田さんと話したことがあったかどうかも曖昧で。話してたとしても、本当に最初のオリエンテーションで二言三言だと思うんですよね。だから付き合う以前の問題というか……私のことを何も知らない、相手のことを何もわからないのに付き合うのはどうかなと」
水無月さんの言葉はまさに正論だった。
こう返されると、逆に山田は何で水無月さんに告白した?と思うレベルだが、高校生というのは容姿だけでも好きになれてしまう悲しき生き物であることは俺も理解できる。
まあ山田に水無月さんのことを好きという感情があったのかは疑問ではあるが……。
「水無月さんは山田のことをイケメンだと思わないのか?」
「うぅーん、整った顔はしていると思います。でも、全然タイプではないですね。ぐいぐい距離を詰めてくる人はそもそも苦手ですし、どちらかというと怖いというイメージが先行していました」
……タイプ。
じゃあ俺は水無月さんのタイプなのかと疑問が湧くが、さすがにそこを掘り下げる勇気はなかった。
そのため、俺は敢えて迂遠な質問を投げてみる。
「水無月さんのタイプってどんなタイプなの?」
「……タイプですか」
これまでほぼ即答していた水無月さんだったが、この質問には少し考える素振りを見せた。
何回か「ええと……ええと……」と繰り返した上で、
「……優しい人ですかね」
絞り出した答えがこれだった。
どうにもふわっとした回答で不完全燃焼感は否めないが、水無月さんがもうこれ以上聞いてくれるなという雰囲気を醸し出しているので、これ以上は追求しないことにした。
すると、今度は水無月さんから逆質問がきた。
「逆に聞きますけど、律さんは白薙さんのような女の子はどう思いますか? 正直、今日の体育で本当にモテる子っていうのはこういう子を言うんだろうなと痛感しましたよ。明るくはつらつとしてて、太陽みたいにキラキラしてて、私とは完全に真逆だなと……」
俺はそんな水無月さんの質問に対して、思ったことを素直に話す。
「いやぁ……ギャルだなって思ったかな」
「……え、それだけですか?」
「うん。それだけ」
「……ああ」
俺は素直な感想にまるで納得したかのような声を漏らす水無月さん。
元陰キャ同士。
ギャルが苦手という点においては共感できるところがあったのだろう。
どういうわけか自然とお互いから笑いが漏れた。
「なんかこういうところ、私達って似てますよね」
「まあお互い元陰キャなんだからそんなもんだろ。それに確かに白薙さんも人気だったけど、水無月さんの人気の方がすごかったと思うよ。今日の体育の時間、男達はずっと水無月さんの話してたし……」
「私の話……ですか?」
そんな俺の言葉に水無月さんから疑問の声が漏れた。
「どうしてです? 私は律さんと違って運動はからっきしなので、別に目立つこともなかったと思いますが……」
「いや、それは水無月さんの体操服姿が……」
「た、体操服……?」
最初は意味がわかっていなかった水無月さんだったが、段々と言葉の意味を理解したのか、スマホ越しでも水無月さんの顔が見る見る紅潮していくのがわかった。
「……男子はなんでそんなものが好きなのでしょうか。理解に苦しむところです」
俺はこの瞬間、言葉のチョイスを間違えたことを痛感した。
どうやら水無月さんはこういう話はあまり得意ではないらしい。
水無月さんの反応から、恥ずかしさを通り越して、若干引いているオーラがひしひしと伝わってきたからだ。
俺はどうにか話題を変えようとするが、それを逃さないとばかりに先に水無月さんの方が口を開いた。
「そういえば、体育の時、一回律さんと目が合ったような気がしますが、まさか律さんもそういう目で私を見ていたんですか?」
言葉のトーンからジトッとした目をしていることが容易に想像がついた。
そのため、俺は見えないだろうと思いつつも必死に首を横に振って弁解する。
「いや、さすがにそれはないから! むしろ、水無月さんは俺の彼女なんだから、クラスの男達にそういう目で見られているのは、あまり気分のいいものじゃなかったよ」
「え?」
「ん? どうかしたか?」
「い、いえ。ちょっと安心しただけです。ここで律さんが下ネタを言うような感じだったら、少しだけ軽蔑していたかもしれません」
水無月さんは「まあ冗談ですけど」と言ってくすりと笑った。
「じゃあ私は疲れたのでそろそろ寝ますね」
そんな水無月さんの言葉に時計を見ると、ちょうど23時を回ったところだった。
「ああ、少し話し過ぎちゃったよな。俺はもうちょっと起きてるから先に寝ていいよ」
「律さんはまだ寝ない感じですか?」
「俺は日課にしている筋トレがまだだからもうちょい頑張るわ」
「……筋トレですか。高校デビューを決めた時から毎日継続してるんですもんね」
「まあ。1日サボるだけで筋肉は急激に衰えるらしいから、今のパフォーマンスを維持するには続けるしかないんだよね」
そんな言葉に一瞬の沈黙が流れ……。
「(……別にもう頑張らなくてもいいのに)」
「ん?」
水無月さんが何かを呟いた気がしたが、電波のせいか声が小さくてよく聞こえなかった。
「ごめん。よく聞こえなかった」
俺が彼女の言葉を問い返すが、水無月さんは何でもないとばかりに首を振ったようだった。
「それじゃあ私は寝ますので、律さんも無理せず早めに寝てくださいね」
「お、おう。ありがとう。また明日な」
「はい…………おやすみなさい」
こうしてLINEの通話が途切れた。
体育の授業のこともあったが、既に1時間以上の通話をしていたことに驚きを隠せなかった。
……今日の水無月さんはテンション高めだったな。
……まあ、会ってる時よりもよくしゃべるというのは陰キャの典型例だけど。
そんな終始和やかな通話だったが、何となく、最後の「おやすみなさい」の声はトーンが少し落ちていたような気がした。
「体操服の話はマジで失敗だったかな……」
そんな独り言を漏らしつつ、俺は日課の筋トレを開始したのであった。
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