§014 体育の授業①

「マジでうちの学校の女子シコすぎ! 必死に勉強してここに入ってよかった~!」


 グラウンドで隊列を組む女子を遠目に見つめながら、気持ち悪い感想を吐く赤也。


 俺はそんなアホを横目に、運動靴の靴紐を締め直す。


 今は週に二回程度行われる体育の授業の時間だ。


 うちの学校の体育はニクラス合同で行われる。


 基本的には男女別で、男子側には男性の講師が、女性側には女性の講師がそれぞれ付いて指導を行うのだが、場所の関係からか、一部のカリキュラムについては男女合同で行われるものもある。


 今日はそんな男女合同で行われるカリキュラムの一つである『陸上』の時間なのだ。


 同じ空間に女子がいるだけで、色めき立って無駄に張り切ってしまうのは、悲しき男子高校生のさがでもある。


 それに加えて、女子の服装は、当然のことながら、普段の学校生活では目にすることのない体操服。


 童貞の目には眩しすぎる生腕、生足なのだ。


 そんな状況なのもあって、男子共は赤也ほどあからさまではないものの、皆、チラチラと女子の方を見ているのが現状だった。


 そんな中でも、特に注目を集めているのは、言わずもがな――水無月さんだ。


 すらりと伸びた二の腕に、雪のように白い足。


 背は小さく体型は華奢であるため、本来であればそのまま視線が滑ってしまってもおかしくないのだが、彼女の卓抜した容姿は人の目を引いて離さなかった。


 特に普段はタイツを履いており、極端に露出の低い水無月さんだからこそ、生腕、生足という希有な服装は男子の注目の的になっていたようだ。


「水無月さんの足やばくね。めっちゃ細い」

「な、華奢な身体に体操服っていうアンバランス感が絶妙すぎ」

「ほんそれ。体操座りをした時の太ももやばい」


 そんな男子共のフェチシズムな話が聞こえてくるが、俺は心中穏やかではなかった。


 俺は自身のことを独占欲が強いタイプだと思ったことはないが、やはり自分の彼女がで見られているかと思うと、優越感よりも不快感の方が強かった。


 そんな感情もあってか、俺も彼らと同様に水無月さんの方に視線を向けていると――遠目でもわかるほどにハッキリと、彼女と目が合った。


「あ、」


 俺はその瞬間に思わず声を漏らした。


 きっと彼女も俺と目が合ったことに気付いたのだろう。


 周りにはわからない程度に口の端を上げて目を細めると、コクリと僅かに小首を傾けた。


 これが彼女が先日LINEで言っていた『目配せ』だとしたら、殺人兵器並みの威力だと思った。


 彼女のあまりの可愛さに脳がフリーズしかけたが、俺も何か反応を返さなきゃとしたその瞬間、横に座る赤也から肘で脇腹を小突かれた。


「律、女子の方、見過ぎ」


 その言葉に顔の温度が見る見る上昇していくのがわかった。


 どうやら水無月さんも俺が赤也に声をかけられたのに気付いたようで、反射的に目を逸らしていた。


 いや、見てねーからと苦し紛れの言い訳をしてみるが、いや、見てただろとニヤニヤ顔で返されると、もはや口を噤むしかなかった。


 まあ、揶揄うのはこれで終わりとばかりに表情を戻した赤也は、再度女子の方に視線を向けて言った。


「ほら、あそこにいるギャルっぽいのが例のだよ」


 俺は赤也が指し示した先に視線を向ける。


 そこには、赤也の言うとおり、『ギャルっぽい』という表現が最も適切な派手目な女の子がいた。


 髪は金髪ロングのゆるふわパーマ。


 身長は高めで、女性特有の凹凸が強調された健康的なスタイルをしている。


 やや猫目気味でキツめの印象を受けるが、それがギャルメイクとマッチしていて、Bクラスで一番可愛いという評判に違わぬ美貌を誇っていた。


 ……あれが山田の彼女の白薙さんか。

 ……水無月さんとは対照的なタイプだな。


 それが率直な感想だった。


 そして、今更ながら、今、俺達Aクラスが合同で体育の授業を受けているのが、山田が所属するBクラスであることに気付いた。


「あれが山田の彼女? 水無月さんと随分タイプ違くね?」


 俺は先ほどの感想を赤也にしか聞こえない声で耳打ちする。


「ん? まあそうな。山田もどちらかといえば遊んでそうなタイプだし、元々ああいうのが好みだったんじゃねーの?」


 そんな赤也の返答を聞いて、ああ、そうかと思った。


 赤也は山田が水無月さんと白薙さんの二人に告白していることを知らないから、二人を対比するという発想がないのかと納得する。


「おーい、野郎共! それじゃまずは50メートルのタイム計るぞ」


 体育教師から声がかかり、俺達は50メートルトラックの場所に移動する。


 身長順にタイムを計ることになるようだが、俺はクラスの中では身長は大きい方だったので、一番最後の列。


 そして、偶然にも――俺の隣には山田がいた。







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