§009 噂の行方
俺に人生で初めて彼女というものができた。
相手は、学年のアイドルであり、『女神様』の愛称で知られる水無月さんだ。
確かに高校デビューという特殊事情はあるが、容姿端麗、成績優秀、品行方正と非の打ち所がない彼女とお付き合いすることができるのだから、テンションが上がらないわけがない。
昨日まで『恋愛感情なんか無い』と豪語していた手前申し訳ない気持ちもあるが、家で「よっしゃー!」と人知れず叫んでしまうほどには、この結果に興奮している自分がいた。
どんなに虚勢を張ろうと、どんなに高校デビューを果たそうと、所詮はどこまでいっても童貞の男子高校生。
彼女ができて嬉しくないわけがないのだ。
そのため、本来であれば、スキップでもしながら学校に通ってもいいところなのではあるが、とある事情ゆえ、俺は大手を振って学校に行けずにいた。
その元凶たるや――通称『山田事件』である。
昨日、水無月さんが山田に「付き合っている人がいる」と宣言したことにより、俺と水無月さんが付き合っているという噂は既に学年中に広まっているものと思われたからだ。
もし、それが現実となった場合、俺や水無月さんが教室に入るや否や、クラスメイトが押しかけてきて地獄の質問攻めタイムに突入することが目に見えていた。
特に今回の渦中にいるのは、学年のアイドルであり、高嶺の花である水無月さんだ。
そんな水無月さんと付き合ったとあっては、水無月さんに表立って手荒な真似をする輩はいないとは思うが、俺が袋だたきに遭うのはほぼ確実と言えるだろう。
俺はそのような状況を極力回避するため、水無月さんにはあらかじめ始業のギリギリに来るように伝えておいた。
俺もいつもよりも時間を遅らせて登校しているが、さすがに水無月さんを矢面に立たせるのは気が引けたので、水無月さんよりは早く学校に到着する予定だ。
「……おはよう」
俺は恐る恐る教室へと入る。
そうすると、クラスメイトからはいつもどおりの「おはよう」、「おはよう」という返事が返ってきた。
現時点では、日常と大きな変化は見受けられない。
あれ? 噂が広まっていないのか?
拍子抜けして教室内を見回すと、俺を見つけた赤也がこちらにやってきた。
「おっす! 今日は遅かったな!」
「おう、ちょっと寝坊しちゃって……」
俺は赤也の反応を探るが、特に不自然な点は見られない。
どうやら俺の予想は完全に外れたみたいだ。
その事実に多少の安堵感を覚えるが、まだ噂が広がってないだけという可能性もあるので油断はできない。
特に昨日の時点では、山田が水無月さんに告白するというのは専らの噂になっていたので、その続報が必ずあるはずなのだ。
そこで、俺は赤也に自分から水を向けるか悩んでいると……。
「そういえば、昨日の山田が女神様に告白するって話はどうやらガセだったみたいだぜ」
「は?」
俺は赤也から漏れた衝撃の一言に口をポカンと開けてしまった。
「どういう意味だ? 山田は確かに水無月さんに告白したはずじゃ……」
「いや、山田は結局Bクラスで一番可愛いって言われてる
開いた口が塞がらないというのはまさにこのことである。
どうやら山田という奴はマジのくそ野郎のようで、水無月さんに振られたと見るや、別の子にターゲットを切り替えて告白していたみたいだ。
この時点で俺は噂が広まっていないカラクリを理解した。
おそらく山田はプライドが高い男なのだろう。
もし、俺と水無月さんが付き合っているという事実を流布した場合は、自分が水無月さんに告白して振られたということも明るみに出る可能性が高いと踏んだのだ。
それにしても、山田という男は自分に相当自信のある人物のようだ。
学年で一番の水無月さんがダメと見るや、クラスで一番の白薙さんにすぐさま切り替えるとは……。
まあそれで結果として付き合えているわけだから、客観的にもその評価が伴っているとも言えるのかもしれないが……俺は山田の傍若無人さに怒りを覚えずにはいられなかった。
しかし、赤也の前でその怒りを出すわけにはいかないのでグッと堪える。
そして、とりあえず深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、水無月さんにLINEを打つ。
『(加賀見) どうやら噂は広がらずに済んだみたい。だから水無月さんは安心して登校してきて大丈夫だよ』
すると、水無月さんからすぐに返信が返ってきた。
『(水無月) ありがとうございます。とりあえず安心しました(^_^)』
今、思うと、彼女と恋人になってからLINEをするのはこれが初めてかもしれない。
先ほどまで山田に対して怒り心頭だったはずなのだが、彼女から送られてきた文面を見て、水無月さんはこんなスタンプを使うのかと、つい頬が綻んでしまう自分がいた。
すると、続けて水無月さんからLINEが届いた。
『(水無月) ちなみにですけど……付き合うのは無しってことにはならないですよね?』
どうやら彼女は噂が広がってなかったのだから、付き合う(というジェスチャーをする)のは無しになるのかどうかを気にしているみたいだ。
確かに噂が広まっていない以上、俺と水無月さんが付き合っていると思っている(知っている)のは山田だけになるため、別にその事実に合わせる必要性は無いのだが、今後、山田がいつその事実を流布するかはわからない。
そのため、俺はこのようにLINEを返す。
『(加賀見) そんなつもりはないよ。でも、わざわざ付き合っていることを言う必要は無さそうだから、当面は俺達のことは伏せておいた方がいいと思う』
『(水無月) ……そうですよね。じゃあ教室ではたまに目配せしますので、その時は反応してくださいね。あと、毎日LINEは絶対です。では、また教室で』
……教室ではたまに目配せ。
……毎日LINEは絶対。
破壊力の高すぎる単語の羅列で、俺の顔は沸騰しそうになる。
そんな俺の様子を不思議そうに見えていた赤也がぼそりと口にする。
「あ、お前、なんか顔赤くね? 熱でもあんの?」
「ん、ああ。ちょっと熱っぽいかも」
「いや、帰れよ」
そんな冷たい視線が赤也から注がれたのはまた別の話。
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