§010 カフェ①

『(加賀見) よかったら今日の帰り、カフェでも行かない?』


 朝の水無月さんの破壊力の高いLINEにやられ、昼間を悶々とした気持ちで過ごした俺は、気付いた時にはこんなLINEを水無月さんに送っていた。


 水無月さんはどうやら学校で少しだけやらなければならないことがあるらしいのだが、遅い時間からなら大丈夫とのことでご快諾いただけた。


 場所はどこがいいだろうと思案したが、学校の最寄りだと誰かに目撃されてしまうかもしれないし、カフェのためだけに大きい駅に移動しても疲れるだけだと思ったので、水無月さんも俺も定期券内である水無月さんの最寄り駅にすることにした。


 というわけで、俺は水無月さんの最寄り駅の改札で待つ。


 10分ほど待ったところで、水無月さんが改札から出てくるのが見えた。


 手を振りながらこちらに駆け寄ってくる彼女は、ホームから走ってきてくれたのか、軽く息を弾ませている。


「律さん、お待たせしてしまってすみません」


「全然。それよりも学校の用事は大丈夫だったの?」


「はい。先生にちょっと頼まれ事をしてしまって。でも無事に終わりましたのでもう大丈夫です」


 彼女はその優等生気質からか、クラスの委員長に選ばれている。


 おそらくそれに関する用事だろうと思ってはいたが、予想通りのあまりにも優等生な理由にどうにも苦笑いが零れる。


「じゃあ行こうか」


「え、お店、調べておいてくださったんですか?」


「もちろんだよ。今日は初デートみたいなものだし俺に任せて!」


 その言葉に水無月さんは一瞬キョトンとした表情を見せ、初デート……と反芻したが、ハッとしたように頬を赤らめた。


「ん、どうした?」


 俺は彼女の反応に小首を傾げる。


「いえ、これって初デートなんですね……と思ってしまって……」


「あ、いや。こんなカフェが初デートじゃ嫌だったよね。ごめん、次は遊園地とか動物園とかちゃんとデートプラン組むから」


 即座にやってしまった……と思った俺はそんな咄嗟の言い訳を紡ぐが、水無月さんは首を横に振る。


「あ、いえ、悪い意味ではなくて……。もちろん、遊園地とか動物園にも行きたいですが、むしろ私はこういった学校帰りとかの日常デートに憧れていましたので。律さんからLINEがきた時はとても嬉しかったですよ」


 彼女は更に続ける。


「それよりも私が驚いてしまったのは、律さんもで、今日を『初デート』と考えていてくれていたんだなってことなんです。律さんはもしかしたら、私との交際を、山田さん避けのためのとしか思っていないのかなと不安に思っていたので……」


 ああ、そういうことかと俺は納得する。


 どうやら水無月さんは昼間のLINEでもそうだったが、俺と水無月さんの交際を、あくまで水無月さんが山田に言ってしまった言葉に帳尻を合わせるための演技だと思っていたみたいだ。


 もちろん俺は女の子に告白した以上、技巧的な関係でいるつもりはないし、水無月さんとは、真剣に交際するつもりだ。


 でも、確かにその点について、ちゃんと確認していなかったのは事実だし、それによって水無月さんを不安にさせてしまったことは素直に反省すべき点だ。


 だからこそ、俺はしっかりと彼女に気持ちを伝えておく。


「不安にさせちゃってごめん。確かに俺達が付き合ったきっかけは山田によるところが大きいけど……俺も中途半端な気持ちで告白したわけじゃないよ。――俺は水無月さんと真剣に交際するつもりだから」


 そんな俺の言葉に少し驚いているのか、ゆっくり目を見開く彼女。


 けれど、その表情は次第に安堵のものに変わり、口の端を緩めてゆっくりと頷いた。


「今の言葉、本当に嬉しいです」


 そう言って頬を赤らめながら、俺の横にちょこんと立つ彼女。


「それではお言葉に甘えて、今日の初デートは律さんにお任せしますね」


 え、何この反応可愛すぎるだろ……。


 俺は水無月さんの、恥じらいながらも彼女として俺の横に立つ姿に思わず悶絶しそうになるが、このままではいつまで経ってもカフェには辿り着かないので、俺はスマホを片手に店への誘導を始める。


「ここなんだけど」


 数分ほどで到着したお店は、路地裏に佇む老舗の喫茶店だ。


 駅前にあるコーヒーチェーンとは異なり、若者が入りやすい外観ではないが、落ち着いた雰囲気と、絶品のパンケーキが楽しめるという隠れた有名店とのことだ。


「ここはパンケーキが有名みたいだから頼んでみようよ」


 そんな補足情報を水無月さんに伝えると、水無月さんの表情がパッと華やいだ。


「私、パンケーキ大好きなんです!」


 水無月さんは更に言葉を加える。


「実はこのお店、前から行ってみたいなと思っていたところだったんです。でもちょっと一人では入りづらい雰囲気があって尻込みしちゃっていたので……」


 その言葉にテンションが爆上がる俺。

 どうやら店のチョイスは成功だったようだ。


 ちなみに、俺はカフェに詳しいわけじゃないし、彼女の最寄り駅のカフェなど知るわけがない。


 そんな俺がなぜこのような有名店を発見できたかというと、俺が高校デビューをする際に最大の武器となった――『インスタグラム』の存在だ。


 インスタグラムは若者の知識の宝庫といっても過言ではない。


 例えば、『韓国 ファッション』などで検索をかければ実際に読者モデルさんが服を着ている画像が大量に引っかかるし、『雰囲気イケメン 髪型』などで検索かければ、それほどイケメンじゃない人でもいい感じに見える髪型などが引っかかる。


 もちろん雑誌とかでも代用は可能なのだが、雑誌に載っているモデルさんとかは超絶イケメンだったり、身長が185センチだったりと、そりゃそんな顔してたら何を着ても似合うでしょうよと参考にならない場合が多々ある。


 その点、インスタグラムは、プロのモデルだけでなく、素人、要は一般の高校生のリアルな日常を映し出していたりするので、俺みたいな庶民も参考にしやすいというところもあるのだ。


 現に俺は、服のセレクトショップや美容院で、「こんな感じで」とインスタの画像を見せることによって、容姿改善を図ったという実績がある。


 ちなみに今回検索したワードは『(水無月さんの最寄り駅) カフェ デート』である。


 渋谷での会話から水無月さんがカフェ好きなのは知っていたし、初めてのデートでチェーンは味気ないなという思いもあったので、彼女に楽しんでもらおうとしっかりと下調べをしておいたのだ。


 まあ高校デビューうんちくはこれくらいにして、俺は彼女を店内に導く。


 カランカランと音を鳴らして入店すると、中は事前情報どおりの老舗の喫茶店。


 クラシックな音楽が流れる店内には、カウンターが何席かと、ボックス席が何席か。

 それが衝立と観葉植物で仕切られている感じだ。


 俺と水無月さんは店員さんの誘導に従って、ボックス席に腰を下ろした。


 もちろん奥側が彼女、手前が俺というエスコートの基本を意識して。


「とりあえずオススメってことだしパンケーキは頼もうか」


「はい。でもいっぱい頼むとお金もかかってしまいますので、1つ頼んで二人でシェアしませんか?」


 この子は女神かと思わず声が漏れそうになる。

 節約もできる上に、シェアという共同作業ができるという神アイデアに俺は頷く。


 メニューに目を落とした水無月さんはホットカフェラテをご所望のようだ。


 俺は店員さんを呼んで注文を伝える。


「パンケーキにホットカフェラテ。あとをお願いします」


 そんな俺の注文に不思議そうな表情で俺を見つめる水無月さん。


「ん、どうしたの?」


「いや、律さんはコーヒーが好きなんだなと思って。私はまだ舌がおこちゃまなのでカフェオレとかココアの方が美味しいと思ってしまいます」


「??」


 俺は水無月さんの言葉の意味が理解できなかった。


 俺が頼んだのはエスプレッソであって、コーヒーの上にクリーム状に泡立てた牛乳を加えたものだから、そこまでカフェオレと変わらないと思うのだが……。


 けれど、店員さんからコーヒーが運ばれてきた時に、俺は自身の誤りを理解した。


 俺の目の前に置かれたのは、決して泡々なミルクのコーヒーではなく、え、これで500円もするのってぐらいの小さな容器に注がれた漆黒の飲み物だったからだ。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る