§007 女神
入学式から1ヶ月ほどが過ぎた。
この1ヶ月は、初めての高校での勉強に加え、校舎見学、部活動紹介、レクリエーションなど新入生の交流を深めるためのイベンドが目白押しの期間だった。
当然、これだけのイベントをこなせば、人間関係はある程度定着してくるわけであって、俺にも何人かの友達が出来た。
「それにしても、お前、その顔でマジで彼女作らないの?」
俺の前の机で向き直る形で立て肘をしているのが、友達の中でも最も馬が合った
入学当初はもう少し大人数でグループを組んだりしていたのだが、部活が本格化するにつれて、そいつらは部活の奴らと連むことが多くなり、結局、部活に入らなかった俺は、同じく、帰宅部の赤也と過ごす時間が増えたというわけだ。
ちなみに、赤也は茶髪、高身長、端整な顔立ちの三拍子が揃った所謂イケメンというやつだ。
趣味はナンパとのことで、言い方は悪いが少しチャラい印象もある。
なお、こいつと同類にされるのは癪に障るので、俺が渋谷で水無月さんをナンパをした話は絶対にしないと心に決めている。
そんな赤也の質問に、俺も同様に頬杖をつきながら答える。
「彼女は今のところはいいかな~。今は授業についていくので精一杯だし」
お前、この間の抜き打ちテストで100点取ってたじゃねーか、と鋭い突っ込みを受けるものの、俺は敢えてスルーすることにした。
普段ならこれ以上追及してこない赤也だが、今日はよほど暇なのか、この話題を更に続けてきた。
「ほら、うちのクラスは学年でもレベル高いって言うしさ、芝崎さんとかどうよ。学年一の巨乳って噂だぜ?」
赤髪のショートカットで明朗快活。
人当たりもいいし、おまけに巨乳ときている。
学年のトップカーストと言っても過言ではないクラスのアイドルだ。
「いや~、入学当初にLINEを交換したっきりだよ。別にやり取りもしてないし、あれだけモテてるならもう彼氏いるんじゃね?」
『巨乳』という童貞には刺激の高いワードに一瞬胸がドキリとするが、俺はあくまで平静を装って、華麗にスルーしていく。
まあ、そんな感じするよな~と得心の反応をした赤也は更に視線を滑らせて、教室内で唯一人だかりができている窓際の席に視線を移した。
「じゃあ、やっぱり狙うは、女神様か……」
そんな赤也の視線の先には、男女問わず大勢の人に囲まれて机に座る――水無月さんの姿があった。
水無月さんの人気は入学から一ヵ月が経った今でも健在で、むしろ彼女の性格の良さゆえに拍車がかかっているようにも見える。
清楚で淑やかな振る舞いに、話しかければ常に嫋やかな笑みを返してくれる神対応。
怒ることなどは決してなく、どんな人に対しても分け隔てなく接する彼女についたあだ名は――『女神』。
まさに慈愛の象徴たる彼女に相応しい二つ名だった。
まあ、常に嫋やかな笑みを返しているのは根本的にコミュ力がなくて何て反応したらいいかわからないからであって、どんな人に対しても分け隔てなく接しているのは元陰キャゆえにオタクに優しいという性質を持っているからだと知っている俺は、苦笑するほかないのだが。
でも、彼女が優しいというのは、俺も全面的に同意するところだ。
「赤也もやっぱり水無月さんのことを可愛いと思うのか?」
俺は素朴な疑問を赤也に投げかけてみる。
「当たり前だろ。小顔で超美人だし、振る舞いは大和撫子のように清楚だし、まさに高嶺の花だろ。あれを可愛くないという男はこの世にいないと思うぞ」
まあ、オレみたいなタイプは水無月さんも苦手だろうし、端っから諦めてるけどな……と遠い目をする。
案外、客観的に自分を見れているんだなと感心していると、赤也からの切り返しがあった。
「逆に律はどうなんよ? お前、水無月さんと同郷なんだろ。それなのに全然しゃべってないじゃん」
そう、俺は入学式の日から水無月さんとはほとんどしゃべっていなかった。
特に深い理由があるわけではないのだが、変に仲がいいと思われるよりも、単なる知り合い程度に思われる方が後々具合がいいという判断からだ。
その作戦が功を奏したのか、入学式での俺と彼女が知り合いであるというスキャンダルは日に日に風化して、今では誰も覚えていないくらいには過去の出来事になっている。
「まあ、同郷ってだけで特別仲がいいってわけでもないからな」
そんな俺の冷めた反応に、ふぅ~んと鼻を鳴らした赤也だったが、今後は身を乗り出すように聞いてくる。
「でも、女神様のこと可愛いとは思うんだろ?」
「客観的に可愛いとは思うが、それ以上でも以下でもないよ。別に恋愛感情があるわけじゃないし」
これは、半分は真実で、半分は嘘だ。
俺は彼女のことを客観的にではなく、主観的にめちゃくちゃ可愛いと思っている。
思わず一目惚れしてナンパしてしまうぐらいに、彼女の清楚な見た目はドンピシャでタイプだし、この学年で水無月さんよりも可愛い女の子は存在しないと思っている。
これが嘘の部分だ。
では、真実の部分はというと……俺は水無月さんに恋愛感情を持っていないという点だ。
高校生では容姿から好きになるということは往々にしてあり得ると俺は思っている。
だから、ドストライクの水無月さんに対して俺が恋愛感情を抱いてもおかしくないのだが、不思議なことに彼女を好きという感情は芽生えていなかった。
これはナンパで出会い、お互いの秘密を共有したという特殊事情に起因するものだと思っている。
俺と水無月さんは、言わば、同士であり、仲間であり、お互いの目標を影ながら応援し合う協力者のようなものなのだ。
だからこそ、俺は先ほどのような言葉を吐いたのだが……。
「そっか、それを聞いて安心したよ」
「ん、どういうことだ?」
俺は赤也の言葉の意味がわからず問い返す。
「いやさ……もし、律が女神様のことを好きなんだったら、ぐずぐずしていられないぞと発破をかけるつもりだったんだけど」
やはり赤也の言っている意味が尚もわからず、俺は首を傾げる。
「ほら、隣のクラスに山田ってやついるだろ。長身イケメンでバスケ部のエースの」
「ああ、なんとなくわかるかも」
確かバスケの特待生でうちの学校に入学して、レクリエーションのバスケでめちゃくちゃ活躍していたやつだ。
「そいつが今度、女神様に告るってもっぱらの噂なんだよ」
「え、」
その瞬間、どういうわけか俺の心臓がトクンと跳ねた。
「あいつ、特待生で入学するくらい運動神経も高いし、オマケに顔もいいから、マジでワンチャンあるんじゃないかと思ってるんだよね。だから、もしお前が水無月に気があるなら早めに仕掛けろよと思ったんだが……まあそんなことないようで安心したよ」
そう言って冗談めかして笑う赤也。
ただ、俺の顔は引き攣るばかりだった。
……水無月さんが男と付き合う。
今まで考えもしなかったが、冷静に考えれば、当然あり得る話だ。
水無月さんの目標はあくまでその人を見返すことであって、決して、その人と付き合いたいというわけではない。
それに水無月さんは高校デビューを成功させており、現状の人気を鑑みれば、告白する男が後を絶たなくてもおかしくないはずだ。
俺は水無月さんに恋愛感情はない。
だから、彼女が誰と付き合おうが構わないし、むしろ高校デビューの成功結果として祝福してあげるのが筋なのではないかとすら思う。
でも……どういうわけか心の中に靄を抱える自分がいた。
そんな俺の心の靄を具現化するかの如く、その日の放課後、俺の下に一通のLINEが届いた。
そこにはこう書かれていた。
『(水無月) 律さん、少しお話したいことがあるので、今日お会いできませんか?』
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