§004 和解
俺は彼女をナンパすることになった経緯を全て話した。
自身も高校デビューであること。
中学時代は非モテ陰キャで女性経験など皆無であること。
渋谷でナンパを成功させることによって自身の価値を確認しようとしたこと。
水無月さんはもちろん驚いていたが、俺が高校デビューであることに驚いているというよりは、どちらかというと、自身と全く同じ境遇であることに驚いているようだった。
全ての話を聞き終えた水無月さんは、得心したように「ふぅ」と息を吐いた。
「……そうだったんですね」
ベッドの隣に座る彼女は、俺の顔色を窺うようにこちらに視線を向けてくる。
「じゃあ私が可愛かったから声をかけたというのも嘘なんですか?」
そんな探るような視線に俺は首を横に振った。
「事の始まりが邪な理由だったのは事実だよ。でも、君をナンパした理由は違う。俺は水無月さんを見て、雷に打たれたような衝撃を受けたんだ。ああ、世の中にはこんなに可愛い人がいるんだって。これは偽りのない事実だし、気付いたら声をかけてしまったというのは本当だよ。いわゆる、一目惚れに近い感情かな」
つい余計なことを口走ってしまうのも陰キャの特徴のようだ。
これではまるで告白ではないかと視線だけ動かして水無月さんを見ると、彼女は照れたように微かな笑みを浮かべていた。
「ありがとうございます。実は……私も同じ感情だったので、すごい嬉しいです」
「え、同じ感情って?」
俺は彼女の言葉がすぐには理解できず、思わず聞き返してしまった。
だが、これはどうやら失言だったようで、彼女の白色の頬はどんどん朱色に染まっていった。
「……言わせないでください。私も律さんのこと……すごいカッコイイなと思ったので、初対面で怖いなという気持ちはありましたが、つい話を聞いてしまったのです。だから、律さんは高校デビュー成功していると思います」
「……あぁ、ありがとう」
お互いがお互いを褒め合うという奇っ怪な状況に、微妙な沈黙が流れ出す。
でも、何て言うか、水無月さんの心の内を聞くことができてよかったと、俺は心底思っていた。
今思えば、さっきまでの彼女はまさに高嶺の花で、生きる次元が違くて、俺なんかが関わる事は決して許されない殿上人のような存在だと思っていた。
でも、こうして話していると、実はいろいろと悩みもあって、焦ったり、選択を間違えたり、時には頬を染めて照れたりと、俺と同じ人間なのだと実感できた。
境遇が近いからこそ、不思議な親近感が湧いたというのが正しいのかもしれない。
だからこそ思う。
彼女は俺と同じで……これだけ頑張って高校デビューの準備を進めてきたのに……性格を変えるのが難しいという理由だけで全てを棒に振ってしまうのは……。
「……本当にもったいない」
そんな心の中の声が、気付いたら口をついて出てしまっていた。
「え、もったいない……ですか?」
俺の言葉を敏感に聞き取った彼女は、どういう意味だろうとこちらに視線を向けてくる。
この気持ちを伝えるべきか一瞬迷ったが、ここまで全てを打ち明けているのだから、今更隠すこともないだろうと、素直な気持ちを彼女に伝える。
「いや、水無月さんはさっき高校デビューをやめるって言ってたけど、これだけ頑張って高校デビューの準備を進めてきたのに、それを諦めてしまうのはもったいないと思って」
「…………」
「これは同じように高校デビューの準備をしてきた俺だからわかることかもしれないけど、高校デビューの準備には、時間もお金も相当費やしたと思うんだ。それをなし得たのは、水無月さんが中学時代のその人を見返してやろうと思ったがゆえ。だから、せっかくここまで来たんだから、ちゃんと高校デビューを果たしてその人を見返してやらなきゃ。陰キャ生活に戻るのは、高校デビューが失敗した後でも遅くない気がする」
「……見返す」
「そうそう。これはそっくりそのまま俺への言葉にもなるんだけど、俺達は明日、高校生になる。でも、いくら容姿が変わろうと、気持ちを変えていかなきゃ、いつまでも中学時代のままだ。だから……もう少しだけ頑張ってみて、一緒に本当の高校デビューをしてみようよ。そして、今度こそ君はその人を見返す、俺は好きだった人に自信を持って告白する、っていうのはどうかな」
と、ここまで言ったところで、さすがに急に仕切りすぎちゃったかなと恥ずかしさが込みあげてきて、「なはは」と誤魔化すように笑う。
一方の彼女は何やらポカンとした表情で俺を見つめるばかりだ。
やべ……やっぱり早速調子乗りすぎた。
そう思って、俺はすぐさま「いや、別に無理しなくても……」と訂正の言葉を口にしようとすると、
「……そうですね」
そう言うと彼女は俺の手を取った。
「私、律さんみたいなイケメンに『可愛い』って言っていただけたんですから、ほんの少しだけ自信を持っていいんですよね?」
急に手を取られたことにより、心臓が爆発しそうになっていたが、ここは大事な場面だと思い、俺は大きく首肯してみせる。
「うん。水無月さんが可愛いのは絶対の自信を持って保障するよ。君の高校デビューは必ず成功する」
「ありがとうございます。じゃあ明日からはお互い別の道にはなりますが……今日でのここでの近いを忘れずに……」
「――完全なる高校デビューを果たそう!」
「――完全なる高校デビューを果たしましょう!」
俺と水無月さんの声は重なり。
そして、二人はコツンと拳を交わし合った。
その後、彼女は安堵したかのように嫋やかな笑みを浮かべると、うぅ~んと伸びをして先ほどと同じ体勢でベッドに寝転がった。
「おいおい、さすがに油断しすぎなんじゃないのか」
俺は彼女のあまりの無防備さについお小言を漏らす。
「なんか吹っ切れたというか、こんなにも自分の身の上を打ち明けたのは初めてのことだったので、つい気が抜けてしまって」
そう言って水無月さんはベッドの上でゴロンと体勢を変え、「それに律さんは私のことを襲ったりしないじゃないですか」と平然と言う。
随分信用されたものだなと思いながらも、俺も肯定する。
「こういうのもなんか清々しいものだな。特に俺達のような友達のいない陰キャにとってはレアイベントすぎ」
「確かに」
そう言って二人で笑う。
「ああ、律さんと同じ高校ならもっともっと楽しい高校生活になりそうだったのに」
彼女は天井を見つめながらしみじみと言う。
「そうだな。……どうする? 連絡先交換しておくか?」
その言葉にわずかに逡巡した水無月さんだったが、心を決めたのか、ゆっくりと瞑目した。
「やめときます。今日の出来事は一場春夢として胸にしまっておくことにします。それにもし、私達の出会いが運命であるならば、またいつか出会える日が来るかもしれません」
「……水無月さんってロマンチストなんだな」
「女の子はいつでも夢見る乙女なんですよ」
正直なところ、連絡先くらいは交換してもらえると思っていたから、ほんの少し残念な気持ちになったが、彼女がそう言うなら、俺は彼女の気持ちを尊重しようと思う。
俺が「じゃあ出ようか」と声をかけようとすると、彼女は何かを思い出したように言った。
「そう言えば、律さんの上の名前は何て言うんですか? 私だけ『水無月さん』って呼ばれててなんか不公平です」
「ああ、そういえば言ってなかったな。俺は加賀見だよ。
「え、……加賀見……律」
俺の名前を聞いた途端、ベッドから身体を起こしその名前を反芻した彼女は、俺の顔をまじまじと見た。
「ん、どうした?」
俺は状況がよくわからず小首を傾げた。
しばし何かを確認するように俺の顔を凝視していた彼女だったが、ゆっくりと首を振ると、はにかんだ笑みを浮かべてこう言った。
「いいえ。加賀見律。今まで会った中で一番目に好きな名前だなと思いまして」
そう言ってはにかむ彼女を見送りつつ、俺達はホテルを後にした。
明日から新たなる高校生活が始まる。
俺は彼女と誓い合った『高校デビュー』という大きな目標を掲げつつ、期待と不安を胸に眠りについた。
そして、翌日……。
「皆さん、初めまして。千葉県の中学校出身の
「は?」
運命の女神はどうやら俺が想像する以上にいたずら好きのようだった。
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