トウマ君は幽霊少女の骸を探している
@nanashima
第1話 朝ご飯は幽霊と共に
6:15を告げる目覚ましが鳴る。
僕はモゾモゾしながら音楽を止め、スマホの画面を見る。5/2(月)。
カーテンの隙間から差し込む日差しが、今日の天気をおしえてくれる。
いつもの朝、いつもの月曜日、いつもの学生生活が始まった。
日常というものは、いったんルールに馴染んでしまえばあとはルーティンを繰り返すだけになる。
僕の日々は、病気の父と仕事熱心な母に迷惑をかけないことと、悪目立ちせず個性を出さないようにすることを目標に営まれている。
僕はそれに対して特に不満も抱かず、当たり前の事のように「良い学生」でいようとしている。
台所に行くと、いつもどおり人の気配がなかった。
僕の席には1枚のメモと、ロールパンの袋が置いてあった。
トウマへ
お母さんは仕事に出ています。
朝ご飯は冷蔵庫の残り物を温めて食べてください。
夕食は自分で食べてね。
僕は母のメモをゴミ箱に捨てて、机の上のロールパンを2つ皿に出すと、おもむろに冷凍庫を開けて唐揚げの袋を取り出した。
もうすでに軽くなってしまっている唐揚げの袋を逆さにして、中に残っていた3つの肉を皿の上に出す。
乗っていたパンを手で掴んで1つを頬張りながら、空いた手で唐揚げの皿を電子レンジに入れて3分間温める。
横目でちらりと時計を確認したところ、登校時間までには40分ほど余裕がある。これなら少しゆっくり朝食を食べても大丈夫だろう。
オレンジ色に光る電子レンジの中の唐揚げを眺めつつ、ほんのりと甘いパンを頬張る。一人で過ごす朝というのは、どうしてこんなにも安心できるのだろう。
むぐむぐと小麦の塊を咀嚼する僕の、静かだが平穏な朝のひとときは、音もなく背中にひやりとした手が触れることによって妨げられた。
「愛理さん、急に触ってくるのマジでやめてくださいって普段から言ってますよね?」
「ごめんごめんトウマくん、でもトウマくんが可愛いのが悪いんだよ〜?」
音もなく忍び寄ってきた女性の、よく通る高い声は、僕の静寂かつ平穏な朝食の時間を現在進行系で変質させていく。
「今日もお母さんはお仕事?自分でご飯用意しててトウマくんは偉いね〜」
愛理さんは抑揚の大きい口調でそういったあと、背中に触れた手を横に回して僕の胃袋を掴んだ。長い黒髪が僕の視界の隅で揺れている。
愛理さんの手は僕の脇腹をすり抜けて、液状になったパンの入った僕の胃を撫でている。
「お腹冷えるんでそれもやめてください、冷たいです」
愛理さんは僕の抵抗の声に耳を傾けるつもりはないのか、相変わらずひんやりとした手で胃袋をもてあそび続けている。
「ちゃんとしたもの食べないと身体に悪いよ?野菜ジュースとか飲んだら?」
「まず僕の胃から離れてくれませんか?」
幽霊に臓器を貫かれながら身体の心配をされている。どういう状況だろう。
1週間前にこの人と出会って以来、僕の平穏な日常は霊感ホラーになってしまった。
しかし、愛理さんは幽霊にしては感情のバリエーションが豊かなので、あまり怖くもないのが少し面白い。
「トウマくんのお腹元気だね〜、生きてる〜ってエネルギーに満ち満ちてるよ。
そろそろ時間じゃない?」
言われて時計を見ると、家を出る時間まであと10分しかなかった。
僕は自室へ走っていき、通学鞄を持つと、学校指定の白いスニーカーのある玄関へと急いで向かった。
「あ~、私も行く!待って〜」
後ろから緊張感のない声が追いかけてきたが、僕は振り向かずに通学路を自転車で疾走していた。
トウマ君は幽霊少女の骸を探している @nanashima
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