宇宙遊泳

宇宙遊泳

 僕が竜に出会ったのは、二十年前、僕がまだ十二歳の時だった。


 竜とは宇宙を自由に泳いでいる、不思議な生き物のことだ。竜だなんて呼んではいるが、あれが本当に竜のような外見をしているのかもわからない。なぜなら、あの生き物はあまりにも巨大で、我々の想像の範疇を超える生き物であり、その全貌を見たことがあるものは存在しなかったからだ。実際に二十年前に地球の上を通過するまでは、御伽噺の生き物だと言われていた。でも今思えば、遠い昔にも竜は地球の上を通り、その巨体で空を覆って、それを見た人々が後世に伝え残したものが御伽噺になったのだろう。


 ともかく、二十年前のある日のことだ。その日は夏真っ盛りで、雲一つない澄み渡った青空だった。しかし、突然太陽の光は遮られ、夜が訪れた。竜が地球の上を通過したのだ。地上には大きな影が落ち、空はその巨体に覆われた。空の天辺から地平線の向こう側まで、三百六十度全てだ。世界の終わりだと騒ぎ立てる地上の人間たちを、ぎょろりと巨大な瞳が見下ろしていた。太陽の代わりのように空に現れ美しく輝く、金の瞳だ。その光景は神秘的で、今この瞬間死んでも良いと思えるほど素晴らしい眺めだった。


 その太陽よりも大きな瞳と目が合った瞬間、僕の運命は決まった。


 竜は宇宙を自由に泳いでいる。そして宇宙はあまりにも大きく、地球はあまりにもちっぽけだ。僕は、竜が再び地球上を通過する時を地球でただ待っているだけでは、きっと死ぬまでに竜をもう一度見ることは不可能だろうと考えた。そして、ならば自分が宇宙に行けばいいのだという結論を出した。


 ここまでなら、他の人でも思いつくだろう。けれども他の人とは違う点が一つ。僕は天才だったのだ。天才ゆえにこの世の全てを理解してしまい、心躍らせる物事など何もなく、人生に退屈していた。そこに現れたのが竜だ。常識の範囲外の現象、天才である僕にさえ理解できない存在。それは、生まれて初めて心が動いた出来事だった。


 僕は竜について古今東西ありとあらゆる文献を集め、知識をつける一方で、竜の元まで行くための宇宙船の開発に勤しんだ。そして十五年の月日をかけて開発に成功した。一人乗りの、小さな船だ。僕は早速、家族や数少ない友人に別れを告げ、宇宙船に乗って竜の元へと旅立っていった。残された僕の研究結果は地球の宇宙工学を大きく進歩させたらしいけれど、それは僕の知ったところではない。


 僕は竜を探して宇宙をひたすらに進んでいった。


 竜の巨大な体はすぐに見つけることができた。とは言っても、五年後のことだが。


 龍のそばに近づいた時、僕は歓喜に震えた。


 この時、僕は世界一、いや宇宙一幸福な男に違いなかった。だって宇宙を自由に泳ぐ竜のそばにいるのだから! その、宇宙空間を自由に泳ぎ回る滑らかな体や、僕の身長の何倍もありそうな鱗、美しく輝く金の瞳を見ていると、それだけで僕の胸は高鳴るのだった。草が生い茂るように竜への気持ちが燃え広がっていく。それはまるで恋のようだった。


 竜にとって僕はとてつもなくちっぽけで、認識すらできないだろう。でもそれでよかった。僕はただ宇宙を泳ぐ竜のそばに寄り添って宇宙を旅し、竜を一番近くで眺められるだけでよかったのだ。


 自身の持つ天才の頭脳を使って竜を助けることもあった。そのうち、竜も僕の存在に気づき、僕の宇宙船がどこかの星にぶつかりそうになったときはその体で助けたこともあった。


 僕は、それから死ぬまで竜のそばで宇宙を旅し続けた。

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宇宙遊泳 @inori0906

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