20年分の涙

『還暦お祝いツアー』当日。私は飛行機が好きなので、東京から大阪には飛行機で行く。空港で待っていてくれることになっていた。

 結局前夜まで毎晩泣いていた。どうしよう。会ってあの笑顔を見たら泣いてしまう。


 そんな心配をしていたら幸か不幸か電車が遅れ、飛行機に乗り遅れそうになった。

 ひと便遅れてしまうかも、とメールをしたら、とにかく走れ!係の人に説明して入れてもらえ!大丈夫だから!と。

 空港につくなり、走った走った。夏らしいシックな花柄のワンピースとパンプスで。

 無事に間に合いチェックイン。間に合いました!とメールしたら、いつもきちんとしているのに、そういうところが良いよね。空港で待ってます、と返事がきた。


 そんなハプニングがあったおかげで、空港でニコニコしながら迎えてくれた彼には満面の笑みで会えた。もー、信じられない。この格好で走るなんて。シックなワンピースで素敵だ、と褒めてくれた。


 それから撮ってもらった写真の中の私は、口は笑ってはいるものの目が笑っていない。泣くまいと我慢しているのだ。

 毎晩泣いていたことは伝えてあった。私は彼の前で泣いたことはなかったので、戸惑っていたかもしれない。

 男性は女性に泣かれたら困ると思う。私たちが20年間も続いているのは私が泣かなかったからだろう。もちろん、泣きたくなるようなことはなかったのだけれど。


 お誕生日ディナーのために、私はもう一つ落ちついたピンクのシンプルなワンピースを持ってきていた。それと、ピンクのマザーパールのネックレス。私の誕生石。

 彼が洗面所に行っている間に、広いクローゼットで着替えた。いきなりオシャレして現れたので驚いていた。すごく綺麗だ、と言ってくれた。お祝いだから。私は笑顔で答えた。


 食事から戻って落ちつくと、我慢の限界が来てとうとう涙がポロポロと出てきてしまった。こんなに泣いたことがあっただろうか。嗚咽も止まらなくなったが、ある程度泣いたらスッキリしてピタリと止んだ。


 泣き止んだところで、少し話した。

 20年間楽しい時間を過ごせたのは、あやちゃんのおかげだ。ありがとう。

 周りの人に『これからは第二の人生ですね』って言われるけど、第二の人生って何だ?

 僕にとってはあやちゃんとの時間が第二の人生なんだ。


 えっ。

 別れる流れじゃなかったの?

 いやちょっと待って。私てっきり。


 これからは今までと同じペースで会えるかどうかわからない。たぶんツアーは難しいと思う。でもどういう形であれあゆちゃんとのご縁は続けたい。だから泣くな。泣かれるとどうしていいかわからなくなる。


 また涙が出てきた。だから泣くなって。


 自分でもわからないけれど、悲しいんじゃなくて、嬉しいんだと思う。出会えたことが。

 20年間支えてくれて本当にありがとう。貴俊さんがいなかったら私はとっくに潰れていた。私の原動力です。

 本当に楽しかった。ありがとうございました。


 過去形にするな、と笑われた。

 どう言えばいいの?20年間楽しかった、じゃなくて、今も楽しい。これからも。


 その夜、私は安心したような寝顔でよく寝ていたそうである。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る