プレゼント

 いつのまにか、出会ってから20年が過ぎていた。

 今月の誕生日をもって貴俊さんは還暦を迎える。出会った時はまだ40才でまだ飄々としたお兄さんっぽさがあったが、そういえばすっかり落ち着いた人になっていた。

 そろそろ定年かな。あと5年かな。


 ちょうど月末に、私は仕事のため泊まりがけで大阪に行く予定だった。私の出張に合わせて彼は大阪での会議を入れたとのこと。『ツアー』計画だ。


 そして、


 今月の誕生日でめでたく還暦を迎え、月末をもって退職します。なので、おそらくこれが最後の『ツアー』になります。


 と。読んだ瞬間、私はなぜか涙が止まらなくなってしまった。

 説明のつかないさまざまな感情が湧き上がってきて抑えがきかない。悲しいわけではない。嬉しいわけでもない。悔しい、に近いかもしれない。

 まもなくはっきりしてきた感情は『私を置いていかないで』という叫びのようなものだった。


 どんなに仕事が大変でも、朝から晩まで働いていても、心のどこかで貴俊さんも頑張っているんだから、と思っていた。私よりもずっと大変なはずだし。

 常に戦闘体制のような生活を送っている私だが、彼に会えたときは心底リラックスできた。この人の前では完全無防備でも安全だ、と思える唯一の相手だった。

 緊張で限界まで膨らませた私の中にある風船を、彼は割ってくれた。すーっと緊張が抜けていく。そこに残るのは、バリバリキャリアウーマンでもなく、学生を抱えるシングルマザーでもない。

 あやちゃん。私自身なのだ。


 このことが支えになって頑張ってこられたのだ。ひとつでもバランスが崩れたら私はどうなってしまうのだろう。

 この戦闘社会から、貴俊さんはいなくなってしまうのだろうか。残された私はひとりで闘えるだろうか。まだ私は心の準備ができていない。置いていかないで。


 それから『ツアー』まで、私は毎晩のように布団の中で泣いた。今までの色々なことを思い出しながら。

 初めて会ったときのこと。私が実家に帰ることになったときのこと。彼の単身赴任が決まったときのこと。帰ってきたときのこと。

 私のことなんか普段は考えもしないだろうな、と思っていたのに、そうではないと言われたときのこと。

 誕生日にくれたプレゼントの数々。泊まったホテルに置いてあったノベルティのクマのぬいぐるみ。

 ツアーの写真。私は当たり前のようにひとりで映っている。奈良で鹿に追いかけられている様子を彼は大笑いしながら撮っていた。

 そして消せずにすべて残っている、20年間のメール。


 なんなのこの20年間。すごくない?

 この関係を何と言うの?

 世間的にはフリンっていうの?そうかもしれないけど、私自身はそう思っていない。

 大事な友人。違うなあ。でもそれに近い。

 とにかく、大事なんです。存在が。


 当たり前だが、今まで私は彼にモノをプレゼントしたことはほとんどなかった。もらっても困るだろうし。

 還暦の記念に何かプレゼントしたいが、おそらく記念品はたくさんもらうだろう。それに紛れて渡しても良いけど、その他大勢になるのはつまらないし、私のセンスじゃない。


 形のない関係。それなら、形のないプレゼントにすればいいんだ。

 ひらめいたのは、なんとツアーの2日前だった。

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