大事なもの

 初めて出会ったとき私は32才、貴俊さんは40才だった。

 私の別居、彼の単身赴任などもあったが、いつの間にか20年という長い間、毎日のように連絡を取り合い、都合が合えば会ったり『ツアー』を組んだりした。

 ケンカもなかった。私が離婚後いつまでもひとりでいるのは自分のせいだ、と思っているんだろうなという言動はあった。君はまだ若い。あやちゃんはモテるよ。声かけられない?

 いいえ。まったく。ないけど。

 ホッとしたような、困ったような表情が忘れられない。


 世間一般的に言ったらいわゆる不倫だ。でも20年も続いていると、愛とか恋とかそういうものではなくなる。夫婦でもない。友人といえばそうだが、堂々と人に紹介できない。

 こんな話をしたことがあった。

『会社のヤツがアニメのキャラクターを本気で好きになったらしい。イベントに行ったりグッズ集めたりして。それも幸せなんだろうね』

『アニメキャラね。わからなくもないけど…でも実在しないし、形がないものなのに』


 すると彼が真顔で言った。


『これは?これはどう思う?』

『?』

『形はないけど、大切なんだ』


 一瞬、これ、が何のことかわからず、言葉を返せなかった。少ししてから、私たちの関係のことだとわかった。

 大切にしてくれているということと、それを私に伝えたかったのは理解した。正直嬉しかった。泣きそうになった。

 でも、形にするつもりは今はないのかな。とはいえ、勇気を出して言ってくれたのだろう。

 適切な言葉がみつからず、私は黙って笑った。心の中ではありがとうと思いながら。


 言葉にできない、みつからない、ということはよくある。たまに無言で折れそうになるくらい強く抱きしめられることがあり、彼の心をテレパシーで読めないだろうかと全神経を眉間に集めてみたりしているがなかなか難しい。

 また、私も自分の気持ちに関わる言葉は一切言わないと決めている。私は社会的には独身だ。フリーなのだ。私は自分の気持ちを言う権利がある。でも彼にはない。私に言われても困るだけだ。穏やかに笑ってまっすぐ彼の目を見る。これが私の愛情表現のひとつだ。


 でも、せっかく言ってくれた言葉に対してはやはり言葉を返してあげたかった。いつかきちんと言おう。私はもう一度無言で笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る