好きが爆発した

キノ猫

先輩と後輩

4月某日の放課後。憧れだった高校に入学したばかりだ。ハーフアップにした髪を整えた。真新しいスカートが揺れる。制服に少し着慣れた頃には、丁寧な身だしなみよりも、睡眠を取るんだろうな、なんて私は思う。

今日の放課後は部活見学がある日で、目星をつけている部活がある。

ひとつは天文部。プラネタリウムが好きだから。

もうひとつは写真部。可愛いものが好きだから。

文芸部がなかったのは痛手だったが、新しい一歩を踏み出してみるのもいいのではないかと思っていた。

だって、部活作るのはなんだか勇気いるし。

物理室の前に来たが、ガヤガヤしていて入るのが不安になってしまった。

私はドアに手をかけたまま固まってしまった。

どうしよう、ノックするべきなのかな。

友だちを連れて来たらよかったと心で叫んだ時だった。

「一年生?」

背後から男の人の声がした。

めちゃくちゃびっくりした。

肩が跳ねた。

「ぅあいっ」

キョドる私を見てくすくす笑う男の人。

「そんなに緊張せんくていいよ」

私と同じ制服で、エンブレムは青色だ。眼鏡をかけていて、頭ひとつ分違う。にしてもいい声。

「見学しに来てくれたんやろ?」

私はこくこくと頷く。緊張して声が出なかった。

「みんなー、見学しにきてくれたで」

彼はなんの躊躇いもなく扉を開けて入っていった。

私の手と彼の手が少し触れた気がする。

なんだかそんなこと考えてることがすごく恥ずかしくなって、照れ臭くなってきて、俯いた。

「こっちおいで」

彼に誘導されるまま、教室に入った。

外からは人が多そうに思えたけど、実際は4人しかいなかった。でも男子ばっかりだった。

魔法少女の缶バッジをつけてる鞄の男子と、足が折れそうなくらい細く長い男子、なぜか机の上にいる男子、スーパーの大容量のポテチを持ってる女子。

なんとなく、オタクの匂いがした。

ぼんやりその人たちを見ていると、隣の彼が端の人から名前を教えてくれた。申し訳ないけど、全然名前を覚えられなかった。声が良すぎて声ばかりに集中してしまった。

「……で、俺は新谷。天文部の部長」

イケボが新谷先輩ってことは覚えた。

「えっと、私は鶴飼類です」

他の4人からいろんな名前の褒め言葉をもらえたけど、新谷先輩の「珍しい名前だな」がなんだか嬉しかった。

その後は、何曜日に活動してるのか、何をしているのかを軽く教えてもらった。

私は部長に天文部に入りたいけど、他の部活も覗いてみることを伝えて勢いで部長の連絡先をもらった。

自分の暴走っぷりに自分でも驚いた。

でも、ちゃっかりスタンプなんか送っちゃったりして。

私はスキップしながら物理室を後にした。

3-Aでしていた写真部の話は全く頭に入らなかった。

私は天文部に入ることにした。


この日から、私のワクワクは始まった。

新谷先輩に「天文部に入りたいと思います! よろしくお願いします」とラインを送ると、「おう、よろしく」と返ってきた。

なんだか、その返事が新谷先輩の声で再生されるのが嬉しくて仕方がなかった。

スタンプで返すと、返事はなかった。




「はぁー……。最近、先輩の返事ばっか気にしちゃう」

肩肘をついてため息をつく。

活動日をしっかり覚えていたけど、「今日って活動日ですか?」なんて聞いてみたりした。

新谷先輩の返事が来る時間はまちまちで、すぐ返ってくる時もあれば、翌日にならないと返ってこないこともあった。

目の前のあかりは、それはもう嬉しそうに、にやける顔をも隠さずに聞いてくる。

「ネット? 同じ学校?」

「同じ部活の先輩。めっちゃ声がいい、性格もいい」

「声が先に来るの面白すぎるやろ、通知がなったらスマホ見ちゃうでしょ」

「うん」

「めっちゃ好きじゃん」

あかりはケラケラ笑いながらそういった。

好き? 好きだと?

会って1ヶ月も経たないのに? ないない。でも、声は好き。じゃあないわけじゃない……?

否定はできなくて、私は何も返せなかった。

より嬉しそうになったあかりは「照れちゃってー!」と茶化してきた。仕返しで肘で小突いたら、こしょばされた。なんでやねん。

「でもさ、天文部人数少ない上に、先輩と同級生の女子いるんじゃないの?」

「……うん、だから、今日その先輩とちょっと仲良くなれるように頑張る」

「がんばれー」

あかりの応援はチャイムにかき消された。


ホームルームが終わって、あかりとちょっと雑談してから、部室に向かった。

今日は部長会議があるみたいで、新谷先輩はいなかった。

私は机にリュックを置いて、ポテチを食べている先輩のそばに向かった。

「先輩、あの、いいですか……?」

「ん? なあに?」

先輩はポテチを食べる手を止めて、こちらを向き直った。

「あの、去年の文化祭、どんなことしたんかなって気になって」

「あーねー」

先輩は再びポテチを食べ始めた。

「木星とか金星の写真とか、綺麗な星空の写真を展示したくらいかなー」

私に「いる?」とポテチの袋を差し出しながら答えてくれた。

ポテチを一枚いただいといた。

「ありがとうございます! 文化祭、どんな感じになるんだろうなぁ」

私は呟くと、先輩はピースして、「たった1人の後輩ちゃんのためにいいものにしよ!」と言ってくれた。

「あたし、去年の文化祭で彼氏ができたから、もしかしたら鶴ちゃんもできるかもね」

「え、先輩の彼氏!? どんな人ですか、気になります!」

興味半分、不安半分だった。

ポテチ先輩が恋敵だったら、勝ち目はない気がするから。

「私の彼氏、橋本……。えーっと、この部で1番足が長いヒョロガリ、ナナフシみたいなやつ」

先輩のボロクソ具合に私は吹き出した。

「あの人が先輩の彼氏だったんですね、知らなかった」

「まあ友達の延長みたいな感じだよ」

私は満足して先輩が差し出してくれたポテチをもう一枚いただいた。

「で、鶴ちゃんは彼氏いるの?」

「私ですか?」

「そうよー、好きな人でもいいよぅ」

私が黙りこくっていると、ポテチ先輩は申し訳なさそうに口を開いた。

「ごめんね、距離縮めすぎちゃったよね」

私は首をぶんぶんと横に振った。

「違うんです、好きって感情に自信がなくて……」

私は「先輩は彼氏さんのどんなところが『好きだなあ』って感じますか?」と続けた。

「私はね、もっと一緒にいたいなって思えた時に『好きだなぁ』って思うよ」


その日の夜、新谷先輩とラインで好きな食べ物の話で盛り上がった。それとなくポテチの先輩の話をすると、『中田のことか』と、ポテチ先輩の名前も知れた。

『鶴飼の好きな食べ物はあるん?』

私は先輩が私の名前を覚えてくれてるのが嬉しくて、ベッドで足をばたつかせた。

『私はたこ焼きが好きです』『新谷先輩は?』

私は5分くらい気持ちを落ち着かせたあと、返事した。

私は新谷先輩という文字でさえも胸が締め付けられるようになっていた。

彼の返信を待っている間は、彼のアイコンだったり、ホームの画像、ひとこととかを見ている。

アニメキャラのアイコンだが、しっとりとした大人の色気を感じるおじさんのキャラクターで、すぐ彼といえば、というイメージがついた。

だから、私はおじさんキャラが好きなのかもしれない。

おしゃれなひとこととか、素敵なホームの画像とかはなくて、その飾り気がないところが、大人びているみたいで、かっこよかった。

私も真似しようかなと設定画面を開いた瞬間、メッセージの通知が来た。勢い余ってその通知を押して、トーク画面を開いてしまった。

「やっちゃった!」

私はスマホを布団に投げた。

私は好きな人には同じくらいの時間を持って返事するということを徹底している。

『俺はシチューかな』と返事が返ってきていた。

なんだか、シチューが食べたくなった。

明日、お母さんにシチューリクエストしようかな。

『いいですね、私も好きです』

とりあえず、既読をつけたまま放置するわけにはいかず、返事を送った。

好きという文字を見ていたら、なんだか、私自身が彼のことをそう思ってるような感じがして恥ずかしくなってくる。

「うわああああ!」

私は枕に顔を埋めて、恥ずかしさを紛らわすために足をばたつかせた。

ぼふぼふ埃が舞った。

私が先輩のこと好きなんて、そんなことないはずなのに。

……でも気になる。

なんだか落ち着かない感情の中、スマホが震えた。すぐスマホを見る。

先輩だ。

『めっちゃ既読早くてびっくりしたわw』

『私もびっくりしました』

私の返事にはすぐ既読がついた。

既読がついたことを確認して、ラインのタブを飛ばした。

時々先輩は何してるのかな、なんて思いながらラインを見るが、私の返事から何も進んでいない。

動画見たり、ツイッターを見てみたり、ゲームをして時間を潰してみたけど、通知は来なかった。

その日は、あれから返事はなかった。




先輩とは現実ではあまり話さないけど、ラインではちょくちょくやりとりするようになった。

知ってることも増えた。

お腹が弱いこと。シチューが好きで、茄子が嫌いなこと。得意科目は数学で、苦手なのは暗記系。

「……ね、先輩と沢山喋ってるよ」

お弁当を食べて、片付けをしているあかりに自慢すると、彼女はため息をついた。

「あのさ、現実で仲を深めないと意味ないじゃん。ネット恋愛じゃないんだからさ」

ぐさぐさ刺された。

「やだあ、なんか緊張して喋れなくなる……」

「ピュアかよ!」

「悪いかよ!」

私は不貞腐れて机に突っ伏すと、あかりは頭を撫でた。

「じゃあ、今度は好きな人とタイプだね」

「むり!! なんかまるで私が意識してるみたいに見えるじゃん!」

私は駄々をこねて足をバタバタさせる。

何も返されなくなった私は顔を上げたら、あかりはキョトンとしていた。

「え、違うの?」

「うーん……」

ラインの返信を気にするのって、やっぱり意識してるのかな。

純粋に楽しいからとかじゃないのかな。

いや、ちがう、先輩が知らない女の子と仲良くしてたら嫌だ。やっぱり先輩が関わると少しドロドロした黒い感情がある気もしなくはない……。

てことは意識してる?

意識してるってことは、好きってこと?

私は頭がねじれるくらい考えた。

考えて、考えて、考えあぐねていたら、あかりが私の肩を叩いた。

「あの人天文部の部長じゃない?」

あかりの指差した方を見たら、新谷先輩がいた。刹那、目が合った。

「鶴飼、緊急の部活集会があってきて欲しいんだけど、いい?」

「はいっ」

やっぱり彼の声は好きだ。ドンピシャだ。

あかりは私の背中を叩いて親指を立てた。

「友達といる時にごめんな。中田が急に鶴飼に伝えたいことできたから連れてこいとか言い出してさ」

「全然気にしないでください!」

私はまさか先輩が迎えにきてくれるとは思ってなかったから、びっくりした。ちょっと嬉しかった。いや、普通に嬉しかった。

先輩は私の歩幅に合わせて歩いてくれる。

先輩は優しいなあ、なんて思ったが、自惚れない様に首を振った。

「先輩ってモテません?」

「え、急にどうした?」

先輩はびっくりしたみたいで、こちらを見ていた。

「いや、至る所に優しさが見えてくるのでなんかモテそうだなって私の勘が言ってます」

「なんだよそれ」

先輩は笑いながら私の肩を叩く。

「俺、永遠のゼロって呼ばれてるで」

「え、嘘だあ。……理想が高いタイプ? 好きなタイプとかあります?」

じゃあ立候補しようかな、なんて可愛く言えたらいいのに、と思いながら先輩を見つめた。

先輩はしばらく考えているみたいで、斜め下を見ていた。先輩のまつ毛は長くて、ほっぺにほくろがある。

先輩の恋人になれる人はいいなあ。

先輩の視線も、声も、頭の中も、全部独り占めできるんだから。

「好きなタイプかぁ……。年上かな。俺、妹がいるんだけど、年下より年上かなって思ったわ」

頭を鈍器で殴られたみたいだった。

思い上がっていたのは私だけだったみたい。

先輩に伸びていた手を引っ込めた。

「そうなんですね」

自分が今どんな顔をしているのか分からなかった。でも、この顔は見せたらいけない気がして、下を向いた。

そうしないうちに、先輩の教室前に着いた。

今週は物理室が使えなくなるみたいで、別日に活動しようという話だった。土日という話も上がったが、新谷先輩含めた男性陣が微妙な反応をしていたから別日になった。




先輩が教室に来てから3週間経った。2ヶ月後に文化祭があるというのに、自分の気持ちを引きずってしまって、あの日から部室に行けずにいる。

「るい〜、最近部活ないの?」

いつも通りあかりと帰ろうと思っていたら、あかりにそう聞かれてしまった。

「ちょっと、その、行く気持ちになれなくて」

「え、なんで」

「そんなことより帰ろ! そういえば今日からマックで期間限定のフルーリー出たみたいだよ、行こ?」

私はあかりの腕を引っ張って廊下に出た。

ちょっと、先輩と会えたりしないのかなって淡い期待を持ったけど、そんなことはなかった。迎えにきてくれたりとかなんてもってのほかだった。


「で、例の先輩と何があったの」

あかりはバニラ味のシェイクを飲みながら聞いてきた。

私はクッキークリームのフルーリーを味わっている。

「……先輩が昼休みに迎えにきてくれた時あるじゃん」

あかりはシェイクをすする。

私はスプーンでくるくるしながら続ける。

「その時にね、好きなタイプ聞いたんだ」

「お、いいじゃん! どうだったん?」

私はぼんやりフルーリーを混ぜながら答えた。

「年上派なんだって、私、恋愛対象外みたい」

自分で言ってて辛くなった。

フルーリーをたくさんとって、口に頬張った。いっそのこと、頭がキーンってしてあの時の記憶も、あの時先輩と話した内容も、それ自体も消えたらいいのに。

「……でもさ! たかがタイプでしょ? 二次元キャラのタイプから何となくで言ったとかかもよ?」

あかりはストローでギコギコシェイクをまぜる。

「ほら、二次元の俺様はめちゃくちゃ人気あるけどさ、三次元だとそういうの、自己中って言われて好きな人はそういなくない? でも急にタイプって言われたらあまり恋愛してこなかった人は二次元の理想を言っちゃうってあると思う」

私にも心当たりがあった。

「……中学生のとき思い出したわ、ガチ恋キャラを理想にしてたわ。身長は191センチで頭が良くて年上、性格は俺様とか言ってた……」

「きっつ!」

あかりは私の黒歴史に爆笑していた。

私も「笑うなよ!」なんていいながらも一緒に笑った。

ひとしきり笑った後、あかりは私に人差し指を立てた。

「だから、次の部活は行くこと! 先輩のタイプをるいにしちゃお!」

あかりはノリノリだが、私はまだ怖かった。

「部室までついてきて……」

私が俯いてお願いすると、あかりは「仕方ないなー」といいながらポンポンと背中を叩いてくれた。




部活の日。

あかりについてきてもらって、部室前まで来た。でもまだ入る自信がなくて、あかりの手を握っていた。

部室で何か話しているみたいだった。

聞き耳を立てるのは悪いことだと思いながらも、立ててしまった。

「なあ新谷、鶴ちゃん全然来ないんだけど、生存確認した?」

ポテチ先輩の声だ。新谷先輩もいるみたいでひやりとする。

「いや、まだだけど」

「は? しろよ、可愛い後輩ちゃんだろうが」

「そこまでいうなら中田がしろよ」

何だかあまり良くない空気みたいで、私の名前が上がっているから、私のせいなのかな、なんて思ってしまう。

「……るい、なんか中で話してるよ、行かなくていいの?」

「ここで行くのは気まずい……」

私たちがコソコソ話してるよそで、先輩たちの話は進む。

「てか、別日の提案の時から鶴ちゃんいつもと違うように見えたんだけど、あんたなんか言ったん?」

「いや、何も。中田の緊急招集されたって話とか」

「ほかには?」

「うーん……。あ、俺の好きなタイプ聞かれた」

「それやん、なんて答えたん?」

「妹おるから年上派って」

ポテチ先輩はめちゃくちゃ大きなため息をついた。

その時だった。

「もういいじゃん、ほら行け!」

あかりはドアを勢いよく開けて、私を部室に押し込んだ。

先輩方はぽかんとしていた。

あかりを見ると、先輩方に一礼して、私に「じゃーねー」と手を振って去っていった。


私も先輩方にお辞儀をすると、ポテチ先輩が、「つーるちゃぁぁああーん!」と飛んできてくれた。ハグもしてくれた。

「寂しかったよぅ、もう退部しちゃうのかと思った……」

「大丈夫です、ちょっと体調崩してただけです」

新谷先輩の方は見れなかった。

「ま、とりあえず鶴ちゃんは私の隣に座るとして、文化祭の話をしようじゃないか!」

ポテチ先輩はルンルンで自席に戻って、隣の椅子をぽんぽんと叩いた。

隣に座ると、新谷先輩の今年は何をするのかっていう話があった。

「去年と変わらんけど、とりあえず惑星の写真とか、簡単な一言を添えたらいいかなって思ってるんだけど」

それだけだったらちょっと寂しくないのかな。

私の部活の見学理由をふと思いついた。

私は手を挙げた。

「プラネタリウムとかどうですか? 家にちょっと小さいですけどプラネタリウムキットありますし、新しいもの買ったりとか、オリジナルのプラネタリウム作るのも面白いと思います」

「いいけど、顧問に聞いてみるな」

私はこくこく頷いた。

そこからはポツポツ案が出たり出なかったり、なんだかんだ雑談になったりして下校時間になってしまった。

「鶴ちゃん!」

帰る準備をしていると、ポテチ先輩に呼ばれた。

「なんですか?」

「そのー……。新谷、変なこと、言ったらしくて、鶴ちゃん傷ついてないかなって……」

ポテチ先輩と昇降口に向かう。

「最初はめちゃくちゃ傷ついたんですけど、友達と話たら吹っ切れちゃいました!」

「そっかぁ〜」

ポテチ先輩は安心したみたいで、ほっと息をついた。

「後、もうひとつなんだけどさ……」

ポテチ先輩ちょっと言いづらそうにした。

「好きな人、新谷で合ってる……?」

「はい!」

ポテチ先輩は、「じゃあ」といたずらっ子みたいな顔をした。

「新谷のことは諦めてないってことね!」

私は満面の笑みで答えた。

「はい!」


次の週の放課後から、天文部の活動が増えた。ほぼ毎日くらい。

先輩たちが見たり写真を撮ったりした星を中心にプラネタリウムを作ることになった。

たくさん星が写っている写真を印刷して、アルミホイルを下にひいて、ひとつひとつに穴を開けていく。

最初に根を上げたのはポテチ先輩だった。

ポテチ先輩は、「もう無理、目がおかしくなる!」と言って、立ち上がった。続いて、ポテチ先輩の彼氏、魔法少女缶バッジ先輩と席を立った。残ったのは、いつも机の上を渡り歩いてる先輩と、新谷先輩、私だった。

「木下も鶴飼もしんどくなったらやめていいからな」

新谷先輩は穴を開けながら言った。

「ありがとうございます」

「つるちゃーん! 飽きたら一緒にトランプしよ!」

振り返ると、ポテチ先輩が手を振っていた。

私は「はい!」と返事をしてVサインを作った。

「てか、木下こっちこいよ!」

ポテチ先輩は机歩きの先輩を呼んだ。

机歩きの先輩はめんどくさそうに立ち上がって、わざわざ机の上に乗って、ポテチ先輩の方に行った。

どんだけ机の上好きやねん。

私は小さく笑って続きをした。


その日は4分の1くらいで最終下校の放送が鳴った。

作業中、新谷先輩と全然喋れなかった。

というのも、緊張よりも、集中していたからだ。

昇降口、靴を履いた後に私が肩をぐるぐる回していると、新谷先輩は笑った。

「めっちゃ集中してたから、疲れたやろ」

「ちょっとだけ疲れました。でも楽しくって」

だって先輩と作業できるし。

「そっか、ならよかった」

「先輩もお疲れ様でした」

「おう、鶴飼もおつかれ」

先輩は黒い靴を出して履いた。男の人だから、私の足より大きい。

「てか、あいつら気がついたら帰ってたな」

校内放送が流れて、顔を上げた時にはポテチ先輩たちは居なかった。

私と帰るのは、嫌ですか。

なんて言って、意地悪をしたくなった。先輩はどんな反応をするんだろう。困った顔かな、何かを察した顔かな。

顔を上げると先輩は不思議そうな顔をしていた。

「帰らんの?」

先輩は、別々に帰るっていう選択肢がなかったみたい。

それがすごくすごく嬉しくて。

「えへっ、なんでもないです、帰りましょう!」

私は今にもスキップしそうな気持ちを我慢して、先輩の隣を歩いた。


新谷先輩とふたりで穴あけをして、半分くらいまで行った時だった。

「わああ!」

変な声が出た。

向かい合って穴を開けていたのだが、先輩の頭と私の頭がぶつかってしまった。

先輩の髪の毛がふわふわ当たってたから、その時にやめたらよかったのかな。でもまだいけるって思ったし。

先輩はめちゃくちゃびっくりした顔でこっちを見ていた。

「すみません……」

「いいよ」

先輩は小さく笑ったあと、「あとは俺がやるよ」と言ってくれた。

横に並んでやることも一瞬考えたが、できそうなところはほとんど穴が開いていた。

「じゃあ、疲れたら交代しましょう! 待っときます」

私は先輩の隣に並んで座った。

先輩は針で点を刺していく。

先輩の手は白くて綺麗で、ゴツゴツしすぎない手だ。でも手のひらが厚くて、大きくて、男の人だなと思う。

先輩と手を繋ぎたいな、なんて。

「……そんな見られたら照れるな」

先輩はちょっと恥ずかしそうに顔を逸らした。

思わずにやけた口を片手で隠す。

「へへ、照れたんですか」

「ほら、中田のところいってポテチもらってこいよ」

「物乞いみたいな……。私をなんだと思ってるんですか!」

「かわいい後輩」

時間が止まった気がした。

先輩が私にかわいいって言ってくれた。

後輩は私だけ。かわいいっていうのも私が独り占め。

顔の温度が高くなっていくのが分かる。嬉しいけど、今どんな顔をしてるのかわからない。怖くなって、「喉渇いたのでお茶買ってきます」と言い残して、近くの自販機に向かった。

先輩のことは好きだ。大好きだ。

でも、褒めてもらったとき、恥ずかしくて、嬉しくて、自分の顔がおかしな顔になってそうで、どうしたらいいかわからなくなる。

自販機でミルクティーを買って、部室に戻った。


それからは新谷先輩と交代で穴を開けていった。とは言っても、先輩がほとんどやってくれて、私が針を持つと、「もう少しするよ」と言ってくれる。

先輩が頑張ってくれてる中、何もしないのは申し訳ない。

とりあえず飲み物を買うために自販機に向かった。

「つるちゃーん!」

自販機前で何を買うか悩んでいたら、ポテチ先輩が追いかけてきてくれたみたいだ。

「先輩! 何か買うんですか?」

「私はいちごオレにしようかな。つるちゃんは?」

「なんだか私もいちごオレ飲みたくなってきちゃいました!」

先輩はお金を入れて、いちごオレを買った後、ニッと笑った。

「ちなみに、新谷はよくミルクティー買ってるよ」


私が部室に戻ると、先輩はまだ集中して穴を開けてくれていた。

「先輩って、ミルクティー好きですか?」

隣に座ってる聞いた私に、新谷先輩は答えてくれる。

「うん、好きだよ」

「じゃあ……。……いちごオレとどっちが好きですか?」

「私とどっちが好きですか」と口を滑らしかけた。

先輩は不思議そうに私を見た。

「強いていうならミルクティーだけど……」

「じゃあこっちあげます」

私はミルクティーを机に置いた。

「先輩私の代わりにめちゃくちゃ頑張ってくれてるので、なにかしたくって」

私がソワソワしていると、先輩は「ありがとう」と言ってミルクティーを受け取ってくれた。

「わ! よかった、じゃあ交代しましょ、私が穴あけます」

先輩の返事を聞かずに針を手に取った。

先輩が「でも……」と何かを言いかけたから、「先輩はミルクティー飲んでください!」と返しておいた。


先輩と3回くらい交代して穴を開けた。

私は最後の1個の穴を開けた。

「……できた!」

「お、やったな!」

私は手を伸ばしてくれた先輩とハイタッチした。

「先輩、ありがとうございました!」

先輩がいてくれたから完成したらものと言っても過言では無い。

「気にせんくてええよ、鶴飼だって頑張ってくれたし」

「そんなことないですよ〜」

私は先輩に褒められて顔が緩んだ。

多分、どぅるどぅるに表情が溶けてる。褒められたし、ハイタッチもしちゃったし。

「プラネタリウム完成まで後少しやな」

先輩は丁寧にアルミホイルをとった。

それからはあっという間で、ダンボールにアルミホイルを貼り付けてプラネタリウムが完成した。

ここら辺はポテチ先輩たちがしてくれた。

あとは光源を中に入れるだけで映せる。

とりあえずでスマホのライトを使って映してみることにした。

ポテチ先輩はすごくソワソワしている。

スマホを段ボールの中に入れて、部室のカーテンを閉める。

「木下、電気消して!」

ポテチ先輩はそう言って机歩きの先輩が電気を消した。

「わぁ……!」

部室の天井には、たくさんの星が散りばめられていた。

これを自分たちがひとつひとつ作ったんだと思うと、感慨深い。

「それっぽくなったな」

新谷先輩は満足そうに言った。

思わず見惚れていると、電気がついた。スイッチの方を見ると、ポテチ先輩だった。

「スマホライトでもいいけど、明日は使ってないライト持ってくるから、明日じっくり見よ!」

「早く帰りたいだけのくせに」

ポテチ先輩の彼氏はつぶやいた。

「そんなことないよぅ」

ポテチ先輩はえへへと笑いながら返していた。

「はいはいリア充爆散爆散。帰るぞ」

新谷先輩はリュックを背負った。

「新谷も早く彼女作ればいいんだよ。ね、鶴ちゃん」

「ええ! 私にいいます!?」

ポテチ先輩の急な投げかけにびっくりした私は、持っていたリュックを落としかけた。

「えー? ダメなのー?」

「もう、意地悪しないでください!」

ポテチ先輩はごめんごめん、と楽しそうに言った。

文化祭は翌日にまで迫っていた。


文化祭当日、部の店番以外は自由だった。

「本当に私と回ってよかったの……?」

ものすごく不安そうにあかりは聞いてきた。

「そうだよ、他に誰と回れっていうの」

「ほら、彼氏とか」

私は「そんな人いないし」といいながら目を逸らした。

新谷先輩と回れるのはきっと楽しいけど、怖くて今日の予定を聞けなかった。

「……弱虫、雑魚。ざーっこ」

あかりはめちゃくちゃな悪口を言ってきた。

「なんでさ、酷いなあ!」

「こっちの台詞だよ、エンジン吹かしたかと思ったら急ブレーキ踏むし、今度は徐行運転かよ!」

「……だってぇ……」

あかりはふぅ、とため息をついた。

「確かに嫌われたくないのはわかるよ。わかるけどさ、このままだったら先輩がポッと出の女のモノになるかもしれないんだよ!?」

「あはは、なんかイメージしにくいわ」

私が笑って返すと、「お前まじでそういうとこやぞ」と怒られた。

ほんとはこのままじゃダメだってこと、私だってわかってる。

「お、あかり! クレープあるんだって、行こ! 私の奢り!」

「……仕方ないなぁ」

あかりは現金なやつだから、奢りにつられてニッと笑った。


クレープの後、唐揚げとかをつまんだら、店番の時間になった。

あかりと部室に入ると、ポテチ先輩とポテチ先輩の彼氏がいた。

「鶴ちゃーん!」

ポテチ先輩は嬉しそうに駆け寄ってくれた。

「もうそろそろ時間かなと思って来ました」

「え! 10分前に来てくれたの!? いい子すぎる〜」

ポテチ先輩は頭を撫でてくれた。そして、先輩はプラネタリウムの準備を始める。

「新しくなったプラネタリウム見せてなかったよね!」

プラネタリウムがすごく進化してて、ダンボールの個室になっていた。

私がびっくりして立ち尽くしていると、ポテチ先輩はニヤニヤしながら言った。

「鶴ちゃんたちが頑張ってくれてる間、私たちも作っていたのだよ!」

プラネタリウムの中に入ると、4脚の椅子が置いてあった。

ポテチ先輩に促されて椅子に座って、上を見上げた。

昨日より星がしっかり見えて、星空を切り取ったみたいだ。

見上げているあかりに、「これね、先輩と手作りしたんだよ」と言った。

「いいじゃん」

「この星たちね、ひとつずつ穴開けたんだよ」

「……は? 全部?」

びっくりしてこっちを向いたあかりに私は頷いた。

「うん、そうだよ、全部」

「……すごいね」

本当に。全部先輩のおかげだ。

途中で天文部を避けていた私の案も聞いてくれた先輩。

私が無理しないでいいように私よりも穴開けをしてくれた先輩。

一緒に帰ってくれて、車道側を歩いてくれる先輩。

私は知ってる。穴開けの最後を私にやらせてくれたこと。例えそれが意図したものじゃなかったとしても、きっとそう思ってしまうのが恋なんじゃないかな。

優しい先輩が大好きだ。

大好きだから、もう離れたくない。

弱虫で現実逃避をしてるのはわかってる。でも、あの時みたいに先輩と話すのが怖くなるのが嫌だ。でも、他の女の子と歩いてる新谷先輩も嫌だ。

いろんな思い出が、私の感情がぐるぐる回って、気が付いたらしゃがみ込んでいた。

「え、るい、大丈夫!?」

声を出そうとしても、嗚咽が上がってくるばかりで、言葉にならなかった。

しばらくあかりに背中をさすられながら啜り泣いた。


沢山泣いたからか、気持ちが晴れたような気がした。

一番端の部室だからか、運良く人が全然来なかった。

「ありがとう、あかり」

私が目を擦っていると、あかりに背中を叩かれた。

「本当だよ、めちゃくちゃ心配したんだから」

ポテチ先輩もそばにいてくれてたみたいで、今日はクッキーを渡してくれた。

「落ち着いたら食べるといいよ、これイチオシなんだよね」

「あ! これコンビニの高いやつじゃないですか!」

「あかりちゃん、お目が高い! よくわかってる!」

ポテチ先輩とあかりが意気投合していると、ポテチ先輩の彼氏が、「なあー、俺腹減ったから唐揚げ行きたい」とか言い始めた。

「仕方ないなぁ。……ま、そんな感じだからさ、大丈夫だからね。元気出してね」

ポテチ先輩とその彼氏が出ていって少しした後に、新谷先輩が部室に入ってきた。

「ど、どうしたんですか?」

先輩が部室に入ってきたから、驚いて上擦った声で聞いた。

「次、俺と鶴飼が店番だからやで。聞いてない?」

「聞いてないですね……。てっきり私ひとりかと思ってました」

私が「先輩がいると頼もしいですね」と言ったら、先輩は「ならよかった」と返してくれた。

気付いたらあかりは居なくなってて、先輩とふたりきりだ。

さっきまで、先輩のことで泣いていたからちょっと気まずい。

「……先輩は今日誰と文化祭回ったんですか?」

「俺は委員会とかもあってあまり回れへんかったわ、その代わり午後からは自由やねん」

「めっちゃいいですね!」

先輩はなんでもできるんだなあ。頼もしいからきっと頼まれるんだろうな。

「鶴飼は誰と回ったん?」

「私は友達です」

「ええやん、午後も楽しみな」

「はい!」

先輩は写真を見たりとか、プラネタリウムを見たりしていた。

やっぱり全然人は来ない。

「……先輩、先輩って初恋はいつですか?」

先輩は、少し悩んで「まだ好きって気持ちがわからへんわ」と呟いた。

「じゃあ、先輩。これから恋を見つけるっていうのはどうですか」

先輩は不思議そうに私を見た。

なんだか恥ずかしくなってきた。

「あっ、えっと、その、なんていうか……」

これは取り返しがつかない話かもしれない。でも、なんでもないですで取り戻せるものでもない。

だんだん顔が熱ってきて、心臓がバクバク音を当ててる。

「私、と、付き合うのとかってどう思いますか」

先輩は黙ったまま私を見ていた。

何も返ってこないのが怖い。でもここで辞めたら1番ダメな気がする。

「その、先輩のことが、好きなんです。好きです」

先輩の声も、優しいところも、表情も、仕草も、全部好きだ。

「だから、好きって私も完璧に熟知してるわけじゃないんですけど、好きで、あっ、えっと……。違くて、いや、違くはないんですけど」

自分が何を言っているのかわからなくなってきた。

「要するに、付き合ってみないかって提案で合ってる?」

「はい」

もう私はどんな顔をしてるのかわからない。顔が熱くてどうにかなりそうだ。

「……俺、鶴飼の求めたものを与えれるかわからへんで」

「それでも、好きです」

また、静かになった。

私の心臓がずっと脈打っている。

なんだかいたたまれない気持ちになって、俯いた。

先輩はしっかりしている。しっかりしてるから、もしかしたらお姉さん系の人との方が釣り合うのかもしれない。

そうだ、前も言っていたじゃないか。年上がタイプって。

でも、ダメだったとしても明るく振る舞わないと。

「じゃあ、よろしく」

「そうですよね、ダメ……え?」

「え?」

え、って言いたいのはこっちだ。

先輩は私の勘違いをスルーして続ける。

「よろしくな、鶴飼。いや、るいって呼んだらいい?」

先輩に名前を呼んでもらってる。あのイケボで、私の名前を。特別な関係として。

まさか先輩と付き合えるなんて思っていなかったから、涙が出てきた。

「るいで、お願いします」

私が涙を拭いながら、「本当に、恋人みたい」と呟くと、先輩は「もう恋人なんだよな」と笑った。

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好きが爆発した キノ猫 @kinoneko

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