最終話:我思う故に我在り。

ほとぼりが冷めるまで大学で暮らした弟と彩葉いろはは 研究所に顔を

出して博士に「さよなら」を言ってからマンションへ 帰るところだった。


ふたりは久しぶりに空を見た気がした。

見上げた空は雲行きが怪しくて、今にも雨が降ってきそうだった。

太陽が照ってなかったのは彩葉には幸いした。


「雨が降りそうだね」


「降り出さないうちに帰ったほうがいいかな・・・」

「それに、彩葉を連れ歩くとまた誘拐されると困るし・・・」


「その時はまた私を取り戻しに来て」


「二度と君を誘拐なんかさせない・・・」


「うん・・・」


「あのね・・・バカみたいに思うかもしれないけど・・・私でいいんだよね」


「なにが?」


「だから杜守もりすの彼女・・・私でいいんだよね」


「あたりまえだろ」

「君じゃなきゃダメに決まってるじゃないか」


「私はこの世に存在しない女なんだよ」

「それでもいいの?」


「そんなことないよ、間違いなく君はここにいるだろ?・・・」


「くっついていい?」


「ああ、いいよ」


彩葉は弟の腕に自分の腕をからませて寄り添った。


「幸せ」


「僕もだよ」


「ずっとこうしていたい・・・」


気持ちいい風が吹いていた・・・先日までのことがうそのように平和だった。

彩葉の髪が風になびいて弟のほほを撫でた。


「あのさ、杜守もりす・・・ひとつ聞いていい?」


「なに?」


「私の髪、染めた方がいい?」


「染めなくていいよ、そのままで・・・そのままの君がいい」

「飾らない君が好きだから・・・その髪も僕は好きだよ」


「よかった・・・」


彩葉はそう言って弟にまた寄り添った。

それ以上ふたりには言葉などいらなかった。

抱き合えばお互いを感じることができる。


恋というものはそういうものなんだろう。

杜守もりす、彼がはじめて味わうこの感覚。

弟が過去に出会った女性はただのフレンドリーな関係・・・きっと恋じゃ

なかったんだろう。


「あ、姉さん?・・・永遠とわ姉さん・・・なんでここへ?」


「私にバレない方法なんてないの」

「おふたりさん、おめでとう、晴れて解放ね」


「ムーンナイトさん、私が誘拐された時はありがとうございました」


「いいのよ・・・ぜ〜んぶ丸く収まってよかったね」


「ムーンナイトさんカッコいいです、私めちゃ憧れます」

「あの〜よかったらぁ・・・泥棒さんの弟子にしてください」


「え〜弟子って・・・」


「ね、いいでしょ?」

「永遠ねえさんがムーンナイトだから、私は・・・私はそうだな・・・スター、

スターナイト?」

「どうでしょうか?」


「スターナイトね・・・じゃコスチュームはメタリックシルバーでどうかな」

「可愛い猫ちゃんね、彩葉ちゃんにぴったりだわ」

「いいんじゃない?それじゃ〜ふたりで夜の街を駆け抜ける?」


「おいおい・・・彩葉いろはを危険なことに巻きこまないでくれる?」


「彼女を甘やかすだけが彼氏の役目じゃないわよ」

「これも彩葉ちゃんの社会勉強・・・もっと強い女にならなきゃね」


「それに生きがいも見つけなきゃ、彩葉ちゃん自身自分の存在意義を明確にする

ためにもね」

「Cogito, ergo sum(コギト・エルゴ・スム)

「我思う故に我在り」


「なにそれ?」


「哲学者デカルトのもったいつけた言葉・・・」


「どういう意味?」


「自分で調べな」


ってことで、いつの頃からかこの眠らない都会のビルの谷間を二匹の猫が夜な夜な

義賊と言う名のもとに徘徊してるって噂だ。


おしまい。


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ムーンナイトキャット。 〜クローンの嘆き〜 猫野 尻尾 @amanotenshi

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