第10話:一気に接近したふたり。
「それにしても少し寒くなってきましたね・・・あ、寒くなってきた・・・ね」
「そうだね、少し冷えてきたかな」
「どうなんだろう・・・まだ雨降るのかな・・・」
「このまま、ここにいたら体が冷え切っちゃうな・・・」
「もっと暖かくなれるところで雨宿りするか」
普通のホテルで休憩するほどのお金は持ってきてないし、泊まるんなら
ビジネスホテルでもいいけど、休憩だけだからな・・・とりあえず
レジャーホテル「旧ラブホ」でいいか・・・。
そう思って雨の中を公園を出て、しばらく歩いて路地の角に地味にネオンが
瞬いている場所まで出た。
弟もラブホに入るのは、はじめてだったみたいだ。
まあ、ただ休憩するだけだもんな。
「ここでちょっと休んでいこう」
彩葉は特に抵抗することもなく、素直についてきた。
まあ、ラブホがどういうところかイロハは知らないからだろうけど・・・。
部屋に入るとすでに暖房が効いていた。
でも、ふたりとも、すっかり体が冷え切っていた。
「風呂に入れば?・・・暖まるよ」
彩葉は素直に従った。
彼女が風呂から出て、そのあと弟も入った。
弟は風呂から出てくると彩葉が言った。
「体、温まりました?・・・あ、温まった?」
「うん、温まったし気持ちよかった」
「うん」
「雨が止むまで、しばらくここで休憩していこう」
「本当に今日、楽しかった」
「ずっと家に閉じこもりっきりだったからな」
「疲れたろ・・・少し眠れば?・・・」
「雨がやんだら、起こしてあげるから」
「ひとつのベッドだね」
「私・・・男の人とひとつのベッドで寝るの、はじめて・・・」
「そうだね、僕も女性と一緒ってのは、はじめてかな」
「いっしょが嫌なら、ソファに移動しようか?・・」
「いい・・・ここにいて」
「あの・・・私・・・私ね、杜守さんのこと・・・好きになってるかも」
「え?・・・」
「さっき、友達って言われてちょっと悲しかった・・・」
「ごめん・・・迷惑だよね、近ずかないでなんて私から言っておいて」
「迷惑だなんて思ってないよ」
「僕は最初っから彩葉が好きだったからね」
「最初はちょっとツンデレだったけど・・・知らない同士だったから
しかたないなって思ってた・・・」
「だから、彩葉が僕のこと好きって言ってくれて嬉しいよ」
「ってことは相思相愛って・・・思っていいのかな?」
「まあ、そうだね彩葉さえよかったら、いいと思う・・・」
「ねえ・・・
「いいよ、
「じゃ〜
「いいよ。それで」
「やっとゼロから始められそうかな」
「ゼロから?」
「そう僕たちがはじめてマンションに連れてこられた時は お互いマイナス
からのはじまりだったから・・・」
「あ〜そう言うこと・・・」
「でもゼロじゃないよ・・・もうとっくにはじまってるもん私たち」
「でも、ようやく仲良くなれたのに離れなくちゃいけないんでしょ」
「そうだね、一年って約束だから」
「そのあとは、どうなるの?」
「僕はまた普通の学生にもどるさ・・・」
「彩葉は・・・」
「嫌だ・・・私、研究所に戻りたくない・・・」
そう言って彩葉は泣きべそをかいた。
弟はそれ以上は何も言えなかったようだ。
君はある企業に引き取られていくんだよ、なんて言えなるはずなかったんだろう。
いつか別れなくちゃいけないって分かってるから、これ以上踏み込まない
ほうがいいと弟は思った。
でも弟の心はうらはら・・・彩葉と別れるなんて考えただけで、すごく心が
痛んだ・・・苦しかった。
「嫌なことは忘れて、少し眠れば?・・・」
彩葉はうなずいた。
(いっそ、ふたりでどこかへ逃げるか?)
だが、もしものことがあったら弟はきっと自分が許せなくなっただろう。
彩葉は眠った・・・ほほに流れた一筋の涙が愛おしかった。
たった1日で人ってこんなにも接近するものなんだ。
たった1日遊んだだけで、こんなに感情が動いて心通わせる・・・人って
不思議だ。と弟は思った。
歯車が回るまでは時間がかかっても一度回り始めたらもう止まらない。
誰にも止められない。
今の弟と彩葉も、その歯車みたいだった。
結局、雨は一晩中降り続き止むことはなかった。
弟たちはホテルで次の朝を迎えた。
マンションに帰ったら、どうなるんだろう。
ルール違反をした弟たちは引き離されるんだろうか。
そう思うと弟は彩葉を連れてマンションに帰る気にはならなかった。
つづく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます