結晶からのめざめ 2

 リティは淡く光る結晶の前に立った。結晶は頑健な岩のように地面に根差し、結晶にはひびひとつない。ほうっておいても、いつ割れるのかわからない。


 結晶の中のメイナのまぶたは、やわらかい蕾のように閉ざされていた。声をかけると、ふと目覚めそうだ。


「メイナ……」


 そうリティは呼ぶが、やはり反応はない。


 師匠であるアズナイの結晶が、そんなに軟弱なはずはないのだから。


 リティは結晶に向かって右手をのばした。


 そして、呼吸をととのえる。腹式呼吸だ。大きく息を吸って、力のイメージを身体中に行き渡らせる。


 『そうだ。それでいい。リティ。ゆっくりでいいんだよ』


 どこからか、アズナイの声が聞こえてくるようだ。遥かな天国か、冥土の底かわからないが。


 リティは右手に、力を集中させるイメージをした。そのイメージは、いつも黒い波として現れる。世界を覆う黒い波が体に集まり、手に集まり、対象をゆらす。


 すると、結晶の一部――右手が触れている箇所が、黒っぽくなった。頭の中にも波の反動が返ってきて、めまいがする。


 そこから、さらさらと灰が落ちていく。灰は地面に積もっていく。


 リティは吐き気を覚えながら、できるだけそれらの灰を見ないようにして、結晶を壊していった。時間をかけて、休みながらゆっくりと。


 やがて、メイナの周囲を残して、結晶があらかた削りとられた。


 しばらくすると、メイナのまぶたがぴくりと動いた気がした。リティは言った。


「起きて、メイナ。朝よ」


 あたりは真っ暗だった。月が雲に隠れていた。


 暗闇の中で、結晶だけが光だっていた。


 その結晶に、いく筋もの白い線が走った。


 硬質で耳障りな音をたてて、ひびが広がっていくと、ついに結晶は光とともに粉々に砕けた。




 そのまま地面に落ちるメイナを、リティは結晶のかけらもろともに、両手でささえた。


 ほのかに甘いにおいがした。――メイナが好む、ミラナクの花のにおいだ。


「メイナ、起きて」


 と、リティは腕の中へ呼びかける。


 やがて、メイナのうめき声がした。


「あ、んん。ええと……。え? 暗い……」


 リティは安堵の中、静かに言った。


「メイナ、光を……。光を出してくれない?」


 すると、メイナはぼんやりとした目つきのまま、右手のこぶしを持ち上げた。


 そして、穏やかな深呼吸をしたかと思うと、そのこぶしを開いた。


 手の平の中から光があふれ、暗い森や、メイナの赤髪を照らした。


 光を映すメイナの瞳は、いまだに半分夢を見ているようだった。

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