緑色の光

緑色の光 1

 リティはメイナの背を追いかけ、まばらな木々が立ち並ぶ昼間の森を歩いていた。


 緑のにおいに包まれる中、やわらかな土を踏み、倒木をまたぎ、ひたすら進んでいった。


 前方をゆくメイナは周囲を見渡し、


「木が意外とすくないねー。それに、倒木も多いよ」


 それにリティは答える。


「氷の年に、だいぶ立ち枯れたんだろうねえ」

「そうだよね! 寒かったんだね。やっぱり、動物や人間は、いなくなっちゃったのかな……」

「それを、調べなきゃ」


 そう言って、リティは顔をあげて森の木々の先を見た。森を抜けた小高い山の上に、塔があった。高い場所から周囲を見渡してみる、という話になったのだ。


 そのとき、メイナは妙な声をあげた。


「え? あれって……」


 メイナは道のわきに目を向けて、口を開けて固まっていた。リティは尋ねる。


「なに、どうしたの? なにかあったの?」


 メイナはそちらに目を奪われたまま、


「まさか……、あれって。ちょっと、待ってて、リティ」


 そう言うやいなや、メイナは小走りに茂みの中に入った。


「メイナ、なにしてるの? はぐれちゃうよ、もう」


 そうしてリティも、なにがなんだかわからない中、メイナを追って茂みに入った。茂みはすぐに抜けられたが、そこからもメイナを追った。


「ちょっと、待ちなさいって」


 リティは歩速を上げてメイナを追い、ついに背後までやってきた。


「どうしたの? 急に飛びだしてさ」


 するとメイナは、右手を上げて前方を指さした。


 そこには、緑色の蝶が舞っていた。黒い筋や縁に彩られたはねは、ほのかに光り立っていた。森の生気が命をもったようなその蝶は、木々の幹や下生えを背景に、はらはらと空中を泳いでいた。


 メイナは言った。


「あれさー。ヒスイチョウだと思うんだよね」

「ヒスイチョウ?」

「うん。たぶん」

「そっか。それにしても、蝶なんて、目が覚めてから、はじめて見たねえ。全部、死んじゃったのかと思ってた」

「そうだよね。でも、いた!」


 そう言って、メイナはまた歩きだした。


「待ってよもう。珍しいのはわかるけど、どうしたのよ……」



 リティはまた、メイナを追いかけて森を歩いた。鳥の鳴き声もしない、深緑のにおいに満たされた世界を歩いてゆく。


 目の前では、バックパックについたメイナの水筒がゆれていた。果物をくり抜いて干した水筒。それを見ていると、心なしか眠くなるようだった。メイナの赤髪が、緑の世界で松明のようにゆれた。


(この子は、灯りを運んでいくんだな)


 と、リティはぼんやりと思った。氷の年に滅びた世界には、灯りが必要なのだ、と。


 しかし、無目的に辺りを照らす必要はない。リティは言った。


「ねえメイナ。いくら珍しいからって、いちいち寄り道していたら、きりがないよ」

「うん、わかってるよ。でも、ヒスイチョウだよ!」


 そう言ってまた、ずんずん進んでいく。


 そのうち、メイナは立ち止まった。


 見ると、道が倒木によって塞がれていた。巨木が倒れており、ただでさえ心もとない獣道が完全に絶たれていた。周囲の木々も倒木に押し倒されて傾き、苦しそうにしていた。その倒木が『あきらめろ』と言っているみたいだ。


 そのとき、振り返ってくるメイナに、リティは言った。


「やらないよ」

「なにも言ってないじゃん」

「わかるよ。倒木を、なんとかしろって言うんでしょ」

「う、ん……」


 と、メイナは視線を落とした。それから、「……きれいだったな。また逢えて、よかったよ」とつぶやいた。そのとき、リティの脳裏にある記憶がよみがえった。



 二年ほど前のことだった。あのとき世界には、人々や生き物があふれ、ふたりはもっと幼かった。すべてが凍りついてしまうなど、だれも知りはしなかった。あのときは――。

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