宿屋の町で 3

 宿屋で夜を明かしたあと、朝になってからメイナは外に出た。太陽の下、宿屋の前の通りと、そこに広がる寂れた町並みが目に入った。


 うしろからついてきたリティの足音が止まった。メイナが振り向くと、リティは宿屋の入り口のほうを見ていた。


 銀髪が日の光に輝いてきれいだった。けれど、まつ毛は悲しそうだった。メイナは近づいて、


「なに? リティ、どうしたの?」


 リティはうつむいて、戸口の下に溜まった灰を見ているようだった。昨夜、宿屋に入るために灰の魔法をかけた場所だ。リティは言った。


「べつに」

「え、でも困ってる感じじゃん」

「困ってないよ。ただ」

「ただ?」

「冷たいな、って。わたしの魔法」

「冷たい?」


 すると、リティは顔を上げてなにかを言いかけたが、ぐっと口をむすんだ。そして歩き出してから、

「井戸を探そう」



 井戸は宿屋の裏手の広場にあった。


 「レガーダ!」と叫んでメイナは駆けより、井戸をのぞきこむ。するときらきらした水面が見えた。


 四つの水筒をいっぱいにして、バックパックにぶら下げた。


 周辺の家々に入り、役立ちそうなものがないか探した。その町には二十軒ほどの石造りの家が並んでいた。



「おじゃましまーす」


 と、メイナはある家に入った。一階建てで、扉は開いていた。リティも続いて入ってきて、あたりを見渡すと、


「五人家族かな」


 たしかに家の中は大部屋がひとつきりで、暖炉と大きな無骨なテーブル、戸棚、それから椅子が五脚あった。扉が開いていたせいか、内部は宿屋より痛んでいた。


 ひとつの椅子には、布が重ねて敷かれ底上げがしてあった。メイナはそれを見て、


「子どもの席かなー」

「そうだね。たぶん」

「あ、ねえこれ見てよ、リティ」


 と、メイナは戸棚を指さした。そこには、ぼろぼろの、ちいさな布の人形があった。使い古しの布を丸めて、頭と体と両手足をくっつけた感じの、茶色のものだった。


 髪には赤く細い布、目には青い布が縫いつけてあった。リティはその人形を見て、


「器用だねえ」

「うん」

「どことなく、メイナっぽいねえ」

「そう? そうかなー。そうかも。でもやだなー」

「なぜ?」

「置いてきぼり、なんだとしたら」

「どうだかね。なにがあったかはわからないよ。さて」


 そう言ってリティは、周囲に目を向けた。食材や生活に役立つ道具を探す目をしている。しばらく探していたがやがて、


「あんまり、役立ちそうなのはないねえ」


 と、残念そうに言った。「ほかを見ようか」


 そのときメイナは、暖炉の横の壁に文字を見つけた。暖炉の炭で書いたような黒い文字だ。


「ねー、なにか書いてあるよ」

「どれ?」


 そうして近づいてきたリティに、メイナはその文字を示した。


 『家を捨てて逃げます。戻りません』


「逃げたのかなー。家のひとたち」

「そうね」

「文字、書けるひとがいたんだねー。役人とか、魔法使いとか」

「かもね」

「生きてるといいねー」

「そうね」


 メイナはそこで、ふたたび戸棚の人形を見た。その人形は戸棚に座り、ずっと迎えを待っているようだった。


「どうしたの」

「うん。なんかさー、この子、さみしいね」


 すると、リティは歩いてきて、「そうね」と、人形を何気ない感じで右手にとった。


 メイナはそれを見て、


「仕方ないか……。さ、気を取りなおして、もうちょっと、探してみよっか」


 そう言ってリティの横を通り、出口へと歩きだした。しかしリティがやってこないのに気づいて、メイナは振り返った。


 リティの背中が見えた。祈るように顔をうつむかせていた。その足元に、灰がさらさらと落ちていった。灰は光をふくんで、白く輝いていた。


 メイナは驚いて声をあげそうになったが、ひとりで外に出た。


 しばらくすると、すこし疲れた様子で、リティが現れた。


「行こう」


 と歩きだすリティの背中に、メイナは言った。


「ねー、リティの魔法はさー」

「なに?」

「冷たくなんか、ないよ」


 ふと一瞬、リティの足が止まった。


 メイナはリティの背中を見て、『この背中ばっかり見る日だな』と思った。


 リティの背中の向こうに町の通りはまっすぐとのびており、その先には、森や塔や、白い山々の峰が見えた。



 宿屋の町で おわり

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