後ろの席の女子
@moti0_0_
後ろの席の女子
席替えをした。ほんの親切心だ。俺の後ろの席は女子だった。ただ、クラスの中でもボッチでだんまりの女子だから、人気者の俺は、少しの慈悲と親切心を持って話しかけてやった。
「なあなあ、名前は?あと、計算ドリルやった?」
その女子はノートに何かを一生懸命書き殴っていた 。少し茶味がかった長い髪で手元が隠れていて、何が書いてあるのかは分からなかった。
5秒間くらい経って、やっと返事が返ってくる。
「…うーん、教えたくないし」
「えー、お前が教えないなら、俺も教えなーい」
「はあ?別にあんたの名前聞いてないから」
計算ドリルについての答えは返って来なかった。
うーん、なんか嫌味な奴だなあ。
それでも俺は諦めない。人気者で親切な俺はもう一度話しかける。
「なあ、好きなもの、何?」
「金」
「あっ…お、お金は俺も好き!お金で買えないものって何だろう…若さとか?あとは…」
「若さとかいらないし、あーあ、早く大人になりたい」
そう言って、その女子はまた押し黙り始めた。
うわあ、好きな物の話をしているのに、こんなにまでも浮かない様子をしている人を見たのって、生まれて初めてかもしれない。
「え、好きなものって…それだけ?」
「それだけだけど」
「え〜?なんか、人生つまんなそう、じゃあ、嫌いなものは?」
「え?嫌いなもの?沢山あるけど、まず向上心が無い人が嫌い、生きてる意味あんのかって感じ、あとは人のことをお前呼ばわりする奴、キモい。女呼びする男子も男呼びする女子も嫌い、キモい。ずっとうじうじしてる奴も嫌い、ウザい。あとは…」
「いやいやいや、ちょっと待てよ…まず向上心?コウジョウシンってなんだ?」
「私は頑張らない人が嫌いなの」
「頑張りたくても頑張れない人だっているだろ…多分」
「知ってる?『精神的に向上心のない者はばかだ』って本にも書いてあったよ、あれ、どの本だったっけ……忘れたけど」
「それ、物語文じゃなかった?」
うーんコイツ、あれだな、要するにすぐ何かに影響されてしまう系の女子だ。
そのことを年11歳にして察してしまったけど、この言葉は喉までで留めておくことにした。
「…ということは向上心がある人のことは好きなの?」
「え?あー…好きかも、好き!」
「好きなものあんじゃん…」
「あたし、努力して成功した人の物語見たらほんとその人に憧れちゃう、凄いって思う、結婚したい!向上心って素晴らしいんだよ?」
「うわあお前向上心信者じゃん、シンジャ、シンジャ〜」
そうやって俺がいつもの調子でからかうと、女子はさっきまでキラキラに輝かせていた目を一気に曇らせて、こほんと一回だけ咳をした。
まるで説教前の先生みたいだなあ、どうやら彼女は俺特製のジョークが効かない体質らしい。
「ねえ、あんたの好きなもの何?」
「え…っと…消しバトと、妖怪ウォッチのアニメと、妖怪ウォッチ」
「そこから何を学んだ?学ぼうとした?」
「うーん…学んだこと?うーん?…」
彼女は1度深い溜め息を吐いて、また俺に聞いてくる。
「…じゃあ休日は何してるの?」
「3DSのユーチューブで流行ってる曲見つけたり、あとは、駄菓子屋のお菓子のアタリを引き当てたり…」
「はあ?つまんな!くだらな!あたし、あんたみたいな人間すっごくどうでもいい!」
女子はそう喚き散らして、勢いをつけて席を離れていった。
俺は驚いていた。俺が今まで出会ってきた人間は、みんな俺のことを面白い、一緒に居ると楽しい、と口を揃えて褒めてくれた。…でも、それって当たり前のことだろ?だって俺には才能があるし、天才でクラスの人気者だから。
俺が一言放てばそこには笑いの花が広がる。ははっ、まるで俺ってひまわりの花を咲かせる太陽だな。
それなのに…それなのに、あの女子は…
そうだ、あの女子は、例えるなら、日陰に咲くバイモユリだ。
太陽をあまり必要とせず、俯き加減なあの姿勢の彼女とバイモユリなんてお似合いにも程がある。
俺は彼女にソンケイとイフの意味を込めてこう呟いた。
「…おもしれえ女」
「あー…うん、つまりは、あの子が好きってことだろ?めんどくさ。」
「は、はあ〜?べ、別に好きじゃねえし!別に!」
遠い目をしながら決めつけてくるコイツは俺の友達だ。そしてクラス1のモテ男だ。顔が無駄に整っているのがムカつく。
「てか、バイモユリ?のくだり、俺に語る必要あった?お前って意外とポエマーなんだな、面白いな」
「う、うるせえやめろよな…ポエマーとか、だせえし…」
「で、女子と仲良くなる方法知りたい?」
「知りたいです」
そう、俺はあの女子にも好かれるような超絶テクニックを、コイツのもとへと学びにきたのだ。あーあ、アイツと仲良くなれたら、俺、内気な奴とも親しくなれちゃう、優しくて天才な人気者って、皆んなから思われちゃうんだろうな〜、へへ
「良いか?女子と仲良くなるために心がけることは、一つだけだ、これだけ覚えておけば、マジお前も今日からモテ男だぜ」
「そ、そんなスゲエテクニックがあんのか⁉︎勿体ぶらずに早く教えろ〜」
目が輝いている、普段の5倍は光らせた目で、コイツは俺の方を向いてきた。
「それはな、共感だ」
「キョウカン〜⁇えっと、つまり、どういうこと?」
「女子が良いと思ったものを良いと言って、悪いと思ったものは悪いと言い合うんだ」
「え?」
「ほら、女子って結構単純だろ?首縦に振ってるだけで勝手に好きになってくれんの」
「で、でもあの子はコウジョウシン?を持ってる人が好きとか、女がどうとか男がどうとか…って言ってたけど」
「難しいこと言うなあ、まあとりあえず共感しとけば大丈夫だって」
「お前女子を舐めすぎてない?」
コイツは今までこの方法だけで人間関係を切り抜けてきたんだなと思うと、なんだか背筋が寒くなってきた。
「え、じゃああの子がクソつまんない映画を好きって言ったら?」
「うんうんそうだね、俺も好き、って返すよ?」
「じゃあ相手がものすごく自分をバカにしてきたときは?キモイとかウザイとか」
「そうだね、俺ってキモいしウザイかも〜って笑って誤魔化すね」
「なんかヤバそうな宗教に入ると言ったら?」
「俺は君の意見を尊重するよって言う…」
「はあ〜?つまんな!くだらな!俺そんなのロボットでもできると思うんだけど!」
自分の意見を思うように出せないなんて、そんなのに果たして生きてる意味があるのか?俺にとったらそんな女子なんて、すごくどうでもいいけどなあ。
「これが意外とイケるんだよ、大丈夫、俺を信じとけって」
「お前、キモイよ…」
その後もアイツから推されに推されて、結局俺はキョウカン技とやらを試してみることになった。
共感をするためには、まず話を引き出すことからだな。
「なあ、なんか悩み事とかある?」
「家庭の宗教事情について」
「つ、突っ込みづらい…」
「他に嫌いなものってあるの?」
「お調子もので、うるさくて、ウザい人」
「あ〜うんうんわかる、って、俺じゃん…」
「お前、帰りもずっと1人なの?」
「着いてくんな!」
「…」
「…全っっ然ダメじゃねえか!!」
「おかしいな、こんなはずじゃなかったんだけどなあ…」
のほほんとした顔でモテ男は明後日の方を向いた。こんな表情でも、相変わらず様になっているのがムカつく。
「くやしい〜!俺は太陽なのに〜!」
「何言ってんだお前?」
…確か、彼女のことをバイモユリと例えていたっけ。
これはヨダンってやつだ。オマケ以外でもなんでもない。あくまでもただのこぼれ話なのだけど…
バイモユリに例えたもう一つの理由があったのを思い出した。
バイモユリは、一見単色であまり目立たないように思えるが、俯きがちな花びらの内側をのぞいてみると、そこには赤と白のハンテン模様がきめ細やかに広がっている。
…まあつまり、あの女子の顔は…なんというか、すっごく綺麗だった。もちろん整っていると言う意味で。
まだ誰も気づいていないんだろうな。彼女の長い前髪の下には、無駄な余白が無くて、なぞりたくなるような輪郭と、下を向いているのに、微かに光が入っている目がある。鼻は特別高いわけでもないけれど、見れば見るほど綺麗な形をしていることが分かった。
「決めた」
「え?」
「俺、あの子に告るわ」
「はあ〜?結局好きなんじゃん!」
「俺の思いをそのままぶつけてやる」
「おいおい無謀すぎるって!彼女の反応見たろ?言っちゃ悪いけど完全な脈ナシだよ!」
「…」
「うーんなんだろう、こう、もっと戦略を練ってだな…、お前、ついに頭がおかしくなっちゃったの?」
「うるせえ!アイツのことを好きになる時点で、気なんて狂ってるに決まってるだろ!」
「…あ」
「絶対成功させてやるよ!」
次の日、俺はそう言い残して、彼女を放課後に呼び出した。
廊下に俺とアイツが向かい合って立つ。彼女の顔を見ると、何やら眉と目の距離を近づけて、怪訝な顔をしている。クラスメイト達は教室の窓から出来るだけ顔を前に出して、俺たちを見守っている。しばらくして俺は、ぎゅっと結ばれている口をこじ開けた。
「アナタは、美人です!自分が思ってるより、ずっとキレイです!」
続けてこう言う。
「ぼっ…ボクは!アナタのことが超好きです!」
体を45度に折り曲げてそう叫んだ。1秒1秒を刻んでいる時計の音が、よく聞こえる。
「…ボクは、アナタを幸せにしたいです!そこで、どうしたらアナタを幸せにすることができるか、考えました!まず、幸せになるためには、お金が必要だとボクは思いました!そしてお金を沢山手に入れるためには、勉強を沢山することが、大事だと考えました!ボクは、中学受験を始めて、勉強を頑張ります!そして、東京大学に受かります!そして有名企業に就職します!だから結婚をゼンテイに、お付き合いしてください!子供は何人でもいいです!アナタはずっと、ボクの中のバイモユリでいてください!」
そう言い切って、3秒くらい経った。周りの奴らがやけに口をパクパク動かしている。でも俺には、彼女のシャツやスカートがしきりに擦れる音しか聞こえていなかった。
俺はバッと前を向いて、顔を上げた。するとそこには、なんだかよくわからない表情をしている彼女がいた。目を少し細めて、口を斜め上に歪ませて、笑顔とも、不機嫌な顔とも言えないような顔だった。
「ぷっ…あはっ…」
「え?」
「あはは!あははっははははは!」
「え?」
「っはははは!ふふっふあははははは!」
「え?かわいい」
いきなり、彼女は腹を抱えて、前とか横とかに体を反らしながら、甲高い声を上げ始めた。そして、それと同時に自分の身体の熱気が段々と冷めていくのがわかった。周りの喧騒も段々と聞こえてきた。
『え、アイツ…』『ちょっと、キモい…』『はは、バイモユリってなんだよ、おもしれー』『こんなキャラだったっけ…』
…俺は嘲笑われているのか?こんなにも必死に伝えたのに?この俺が?この俺が、失敗に終わったのか?
野次馬どもが俺をバカにするような目で見ている。目の前の女子は変わらず俺を嘲笑い続けている。周りからの人気も告白も全てがダメダメになった…
俺の人生、もう終わりだ…
「っはあ〜…、面白かっった〜、最初から、そう言えば良いのに」
「え?」
彼女はいつのまにか、さっきまでのうやむやな顔に戻っていた。そして、続けてこう言った。
「向上心あんじゃん」
おわり
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