三話 アマガエルの真実
花籠に入ったアマガエルを任された従僕は、そのまま何事もなく廊下を進み、主人の部屋へと入った。
部屋の端にある虫籠を開けて、花籠からアマガエルを移す。大人しく移動したアマガエルに餌を与えながら、呆れたように呟いた。
「いつまで黙っているつもりです」
「無理…心が無理…」
従僕への返事は、アマガエルではなく背後から聞こえた。
視線を向けると、何もないはずの壁がぐにゃりと歪んで人の姿になる。両手で顔を覆って蹲っているのは、大柄の男性。
身悶える男性を呆れた視線のまま見詰め、従僕は虫籠の蓋を閉める。先ほどまでライアンとして花籠で可愛がられていたアマガエルは、本当にちょっと大きいだけのアマガエルだ。
この身悶えている男こそ、本当のライアン・カエサルである。
―――何故、カエルにされたはずのライアンが人の姿をしているのか?
確かに彼は魔女に呪われてカエルになった。しかしそれは、一年だけの話。
カエルになる呪いは、一年きっかりで解けた。
もともと姿を変える呪いは高度で、一生姿を変え続けることは出来なかった。ライアンは真実の愛がなくても呪いから解放されていたのだ。
しかしその一年で、ライアンは重度の人間不信に陥っていた。
人間ではなくカエルの姿をしたライアンに対して、周囲の人間は本音だけをぶつけて来た。今まで偽っていたものもすべて隠すことなく、ライアンが口を開くことをしなかった所為もあり、知能も蛙だと思われていたのだ。
両親はライアンがライアンのままだと知っていたが、特に呪いを解く為に婚約者として連れてこられた令嬢たちは酷かった。仕方がないこととは言え、カエルと婚姻などごめんだと逃げた。今までライアンに愛しているといい寄ってきた女性すべてがそうだ。ライアンは人を信じなくなった。
しかしそれでは困るのが侯爵家。ライアンは一人息子で跡取りだった。家の為にも婚姻は結ばなければならない。侯爵の婚約者探しは続いた。
続いたが、人間不信のライアンは婚約者を信じられず、呪いがまだ解けていないことにして相手を試すことにした。アマガエルを用意して、それがライアンだと偽ったのだ。
悉く婚約者候補は逃げ帰った。侯爵は懲りず令嬢を連れて来たが、ライアンはカエルで試すことをやめなかった。
騎士としての仕事は、まだ呪いが解けて間もないことと、後遺症を調べるために一年様子を見るという事で書類仕事を回されるようになっていたので、ライアンが人の姿に戻ったことを知るのは本当に一部だけだったのだ。
そこに現れたのが、アガット。借金のカタに売られた貴族の娘。
なりふり構わぬ
そう思っていたのにアガットは逃げなかった。それどころかアマガエルをライアンと信じて慈しみ、アマガエルがすごしやすいようにと創意工夫をやめない。侯爵夫人として勉強しながら、
ライアンは呪いの副作用で周囲に擬態する能力を手に入れており、カエルのふりで会話することが容易だった。なのでライアンはカエルのふりをしながら、カエルを慈しむ
不幸なことに、アガットはアマガエルをライアンだと信じ切っており…ライアンもまた、真実を話す機会を探りに探って逃げ腰だった。
だからこそ、アガットが一途に真摯に誠実に、健気に真実の愛を信じてアマガエルに口付けるという珍事に陥っている。
本当のライアンは背後で壁に擬態した腰抜けである。時々床にもなる。
しかもそのまま月日が過ぎて、真実を告げられないまま婚約式を迎えた。
子爵家の面々が度肝を抜かれるのは当然だし、親族がビビるのも当然だし、事情を知る一部が呆れた目で見るのも当然だった。
喧嘩腰ながら一組のカップルが結婚したのは意味が分からないが、とても健全だった。常に婚約者の背後に隠れている
「いい加減真実を告げてください。もうそろそろ騎士として復帰もするんですよ。まだ誤魔化すつもりですか。アガット様のお姉様が言った通り、不憫でなりません」
「分かっている…分かっているんだ…! アガットが稀有な女性だと分かっている。僕の見た目でなく、内面を好いてくれていることだってわかっている」
「まあ、見たことありませんからね。人の姿のライアン様」
外見に惹かれようがない。
「だが今更どう伝えればいい…!? アガットから
「どんな言葉です?」
「アマガエルコロス」
「理不尽」
身代わりに用意された他よりちょっとだけ大きなアマガエル。誰よりも何よりもアガットに大事にされ、愛し気に抱えられ、キスをされるアマガエル。ライアンのライバルは間違いなく
ライアンには心なしか、アガットに可愛がられるアマガエルが誇らしげに見えてならない。というか本当にこれはただのアマガエルだろうか。実は別の呪いにかかった誰かじゃないだろうか。自業自得とはいえアガットにキスを授かるアマガエルが憎すぎる。
「カエルの姿のまま婚約式をしてしまったのですから、結婚式までには真実を告げないとアガット様はカエルと結婚した令嬢になってしまいます。真実の愛など結局なかったのだと笑われることにもなるでしょう。アガット様の献身をないものとされる前に、しっかり正体を明かしてください」
「分かっている…」
本当にわかってんのかこのヘタレ。
従僕の呆れた視線が止まらない。
何せ、婚約式までには真実を告げるといいながら告げられなかったヘタレだ。まさかカエルと婚約式をする令嬢の姿を見ることになるは誰も思わなかったことだろう。
もうこれで、アガットはカエル好きの変わり者だ。万が一この婚約が流れても、誰も彼女を貰おうとしないだろう。
…侯爵様はそれを狙って、カエルの誤解が解けないままでも婚約式を決行した気がする。
人間不信になったライアンが受け入れている、不器用なライアンを受け入れている令嬢だ。逃がすわけがない。
アガットはほやほやと幸せそうだが、不憫でならない。包囲網は出来上がっている。
この事実を知ったならば、彼女の姉たちが何をするかわからないな…従僕はこっそり苛烈な長女と冷徹な次女の姿を描いた。
…うちの坊ちゃん、殺されないかな…。
ちょっと不安になった。
「ああ…なんて言ったらいいだろう。アガットは僕にいつも愛を告げてくれているのに、僕がカエルなばかりに伝わっている気がしない。僕だって、僕だって彼女を…なんで僕はカエルなんだ!」
「人間です」
カエルじゃないんだからしっかりしろ。
とにかく真実を告げて、さっさと
自分で自分を呪った愚か者は、
果たしてアガットは―――ライアンは、人の姿でアガットと結婚式を挙げることが出来るのか。
めでたしめでたしには、まだ遠い。
婚約者はアマガエル こう @kaerunokou
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