二話 令嬢とカエル



「皆さん驚いておられましたねぇ」

「まあ…僕は滅多に喋らないからね」


 あれから無事に婚約式を終えて、私は花籠を膝に乗せたままライアン様とおしゃべりをしています。

 カエサル侯爵家が用意してくださった、私の部屋。最初は桃色の多かったこの部屋ですが、今では観葉植物や落ち着きのある緑の多い、ライアン様が落ち着ける空間を目指しています。やっぱり葉っぱの上が落ち着くようなので。

 勿論乾燥は大敵なので、優美な水桶も完備です。


「ですが、以前の婚約者の方々とはお話しされたのでしょう?」

「ん、んー…その、他の子たちは、まず僕を見ると逃げ出してしまうから…」

「あらまあ」


 覚悟していても、婚約者ですとカエルが現れたら普通の令嬢はひっくり返るか逃げ出すのが普通らしい。

 逃げなかった私がおかしいのだと、ライアン様はおっしゃいます。

 ですが、私は別に、カエルさんは苦手ではなかったですし…。


 婚約式の前に侯爵家で過ごしたのは、婚約相手がライアン様から逃げないかの確認期間でした。流石にどんな手を使ってでも連れて来たご令嬢ですが、無理やり結婚させるのは意味がありません。

 侯爵家の狙いは、真実の愛を育むこと。対話が出来なければそれも叶いません。

 もし私がライアン様から逃げるようなら、借金は別の形で返済することになっていたようです…このこと、姉様たちにはとても言えそうもありません。お父様の身の危険が増します。


「でも、君のお姉さんの反応は普通だよ。愛する家族がカエルと結婚するなんて、借金があっても絶対止める」

「ですがそういうお話で家を出ましたのに」

「言ってたでしょ。思ったよりカエルだったんだよ、僕は」


 居心地悪そうにもぞもぞ動き廻るアマガエルライアン様

 苛烈な上姉様を思い出されたのでしょうか。なんとなく、お声がしょんぼりなさっている気がします。


「その…やっぱり嫌にならない? カエルと結婚なんて。君は、借金さえなければ別の家に嫁げたはずだ」

「借金がなければのお話ですけどねぇ」

「父が身売りみたいな真似をしてすまない…」

「いえいえ、貴族ですもの。お家の為に婚姻するのは当然のことですわ」

「お家の為にカエルと結婚するのは違うだろう…」

「あらまあ」


 ライアン様ったら、しょんぼり期だわ。

 時々訪れる、ライアン様がじめじめなさる時。私はこっそりしょんぼり期なんて呼んでいる。ご自身がカエルの姿だからかしら。ふとカエルの自分なんて、とじめじめなさる。

 私はそっと、両手でライアン様を手の平に乗せた。ちょっと他のアマガエルより大きなアマガエルライアン様は慌てたようにぺたぺた動くけれど、そこから逃げ出すことはない。


「ライアン様。私は、ライアン様をお慕いしております」


 そりゃあビックリしました。思っていた以上にアマガエル。そう思ったのは上姉様だけではないのです。

 私だって、侯爵家の談話室でちょこんと花籠に乗ったアマガエルライアン様を見て、びっくりしました。


 どうせすぐ逃げるとツンツンしていたライアン様ですが、私が逃げないとそわそわしだして、どうしたらいいのかわからないようでした。


 カエルの姿なので、騎士として鍛錬は出来ないライアン様。しかし書類のお仕事は多いらしく、書記の方と一緒にカエルの御姿のままお仕事はしっかりなさっている。

 流石にお仕事のお邪魔は出来ないので拝見したことはないけれど、日中は執務室に籠られ部下の方の出入りが激しいので、察します。何なら花籠に乗って同僚が鍛錬している様子を見に行くことだってあります。ライアン様はお仕事熱心な方です。


 私が侯爵夫人となるべく勉強していると聞き、本当にカエルと結婚する気なのかとビックリなさっていた。借金があるから帰れないなら、別の返済方法だってあるから気にせず帰れとおっしゃられて…カエルの自分と結婚する令嬢がいるわけないと、拗ねたようにお話しする様子がなんだか可愛らしくて。私はライアン様を支えて差し上げたいと厚かましくも思ったのです。


 少しでも落ち着いた空間をと思って観葉植物を増やしたり、水桶を用意した私に呆れたりしていたようですが…お話しする声は、どんどん柔らかくなっていきました。

 確かにカエルさんですが、お話しする声が優しくて…私はどんどん惹かれていきました。


 私は、この方に恋をしている。


 真実の愛が求められる婚姻で、私が恋を知ったのはカエサル侯爵様にとっては幸運でしょう。ですが全てはここからです。


 今度は私が、ライアン様に恋していただかなければなりませんから。


 だから私は、素直に想いを伝えることにしています。


「アガット、と呼んでくださる声が、私はとても好きですわ」

「…アガット」

「ふふ」


 ぺたぺたと、手の平を確かめるように歩くアマガエルライアン様が愛おしい。

 これは愛玩動物に対する想いではなく、上姉様とシリル様のように、神に誓う想いです。


「私、アガットは…健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しき時も…愛する人と支え合うことを誓います」


 そっと両手を持ち上げて、振り返ったアマガエルライアン様に口付ける。

 呪いを解く万能の魔法。真実の愛の口付け。

 でも手の中のアマガエルライアン様は、きょとんと私を見上げるだけ。


「…今日もダメでした」


 思わず私もしょんぼりです。

 恋心を自覚してすぐ、想いを告げて口付けたのですが、ライアン様はアマガエルのまま。

 私の想いは、真実の愛ではないという事。

 つまり、私の想いはまだ愛ではなく恋なのでしょう。宣誓するには、ちょっと早かったようです。


「待っていてくださいライアン様。この恋は…近いうち、愛に育ちますから」


 いつか私は恋から愛を育てて、貴方の呪いを解いてみせます。

 まだ真実と言えなくても。ライアン様からのお返事がなくても。私が真実の愛を育てられたらきっと、それが可能だと信じています。


 そして人になった貴方をぎゅっと抱きしめてみたい…なんて、はしたないでしょうか。

 アマガエルのままのライアン様も愛らしくて素敵ですけど、人としてのライアン様にもお会いしたい。なんて私は我儘なんでしょう。

 え、はしたなくて我儘って駄目です。私ったらいけないわ!


 流石に照れてしまって、私は黙ってしまったアマガエルライアン様をそっと花籠に戻し、控えていた従僕に花籠ライアン様を預けました。

 いくらお姿がアマガエルでも、ライアン様は立派な成人男性ですから! 部屋は別々なのです!

 でも結婚したら一緒に…ああ! 一緒に寝たら潰してしまうかもしれません。今からしっかり寝相に気を付けないと。私は将来夫を踏みつぶさないよう、こっそりカエルの小物と一緒に寝ています。これもまた勉強です!



 ちなみに寝る前に、侍女に口を消毒されました。アマガエルはばっちいらしいので…ううん、複雑です!


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