側にいない

@rabbit090

第1話

 グミが食べたいって、ずっと言ってたから。

 「はあ?そんなわけないじゃん。どうして?」

 別に、答えなんか無いよ、わたし。

 「ええ、分かった。じゃあ、ちょっと買ってくるから待ってて。」

 「うん、ありがとう。」

 はあ、やっと終わった。

 お母さんはいつも、焦った様子で生きている。

 だからこそわたしはそういう風には生きたくない、だって、疲れるじゃん、お母さんはいつも、なにかに怯えている。

 わたしは、そのことをちゃんと、分かっている。

 

 「ただいま。」

 「お帰り、お父さん。」

 「おう、花子。来いよ、面白いものがあるんだ。」

 「何?」

 わたしは、自信満々な彼を見て、好奇心をわたしに見せてくれ、と言わんばかりの顔で目をらんらんとさせ、もう、わたしは、別にそんなの、要らないってば。

 「ほら、人形。可愛いだろ?」

 「…うん。」

 全く、どっからこんなボロボロの人形拾ってくるんだよ、父は、どこかがおかしかった。

 母も、わたしが物心がついたころには、すでに父の奇妙さに辟易しているようだった。

 でも、子ども心からすると、こういう馬鹿っぽい人は面白いし、大体優しかったから嫌いじゃなかった。

 「うん、うん。ありがとう、うれしい。」

 「そうか。」

 ニコッと笑い、父は家を出た。

 でも、わたしは知っていた。

 母は、もう耐えられないのだ、けど、わたしを捨てるわけにはいかない。女って、そういうものじゃん、だから、わたし、父のことは忘れることにした

 本当は少し、心が痛んだけれど、次第に薄れて行った。

 はずなのに、

 「お父さん…?」

 「ああ、花子。」

 その目はうつろだった。

 グミを買いに行くと言って、母は帰ってこなかった。

 わたしはませていたから、きっと母は遊びに行っているのだろう、と決めてかかっていた。

 でも、違った。

 母は、死んでしまった。

 もう、戻ってこない。

 だから代わりに、父が来た。

 父は、泣きそうな顔で、わたしを抱きしめた。

 昔から屋外で肉体労働をしていたから、体つきは良かった。でも、その体はなぜか、わたしのものではないような気がしていた。

 衣服からうっすら香ってくるのは、女性の匂いだったから。

 そして、わたしは大人になった。母が死んだのがわたしが8歳だった頃、そして父がいなくなったのが、わたしが9歳になったころ、幸い、母の母、祖母が優しい(まともな)人間であったから、その老いた状態で、できる限りのことをしてくれた。

 でも、わたしは、なぜかとても悔しかったのだ。

 母も父も、勝手だ、と思っていた。

 勝手だ、勝手だ、と言って祖母を困らせたこともある。でも、それは心の中で呟くだけだった。

 だって、祖母は、わたしは祖母の体を裸で見た。

 そしてその体は、とても老いぼれていた。

 到底、わたしのような子供を育てるのには、向かないのだと理解できた。

 だからわたしは、口を閉ざした。

 祖母を困らせたくない、はずなのに、私の体の中ではいつも、ないかが暴れている。

 わたしは、どうすればよかったのだろうか。

 ちいさなこの町のほとりにある、あのベンチの上で、わたしはいつも、考えていた。

 救われるつもりなど、なかった。なのになぜ、わたしはまた、感情に溺れているのか、説明することなど無意味だ。

 だってわたしは、きっとあの人のことが好きだから。

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