第四話 涙
死に至ることはないが、ストレスに左右されてしまう病気。
食生活が変わった。油ものと香辛料を食べるのを禁じられた。給食も特別メニューになり、味が濃いもの、脂っこいものはヘルシーなものに変わった。
そんな僕の様子を見て周りからの視線が変わった。恋人と別れてから続いていた批判的な目は同情の眼差しになった。
僕はそれが悔しかった。可哀想な目で見られたくなかった。だから、いつもより明るく振舞った。学校でも、家でも。家族には特に心配をかけたくなかった。
けれど、それがさらにストレスになり病気が悪化した。僕はついに朝起きることができなくなった。十時頃に身体を起こし病院に行き、終わったら学校の保健室で自習をするようになった。
給食は友達が保健室に持ってきてくれた。楽しそうに今日あった出来事を話す彼らが羨ましかった。僕は一人、味のしない給食を食べた。
そのような生活を続けて中学三年生となった。彼女と同じクラスになった。少しだけ嬉しかった。僕は彼女のことが好きらしいから嬉しかった。けれど、学校に来ない僕を、保健室登校の僕を、変な給食のメニューの僕を見て彼女がどう思うか考えてしまった。
三年生になって一番最初の行事が修学旅行だった。しかし、外出先で体調が崩れるのを恐れ、家で療養することとなった。
修学旅行の日は気を紛らわす為、映画を見た。けれど、全然気は紛れなかった。映画に出てくるおいしそうなカレーですら僕の身体は食べてはいけない。
修学旅行の最終日、友達がお土産を持ってきてくれた。玄関で友達は楽しそうに話をしてくれた。僕は「みんな疲れてるだろうから帰りな」と言った。この日だけは笑顔で話す友達を見るのが辛かった。溢れそうな涙を見せないために帰らせた。
修学旅行と土日でしっかり休めた僕は、久しぶりに朝から学校に行った。席に座ると机の横に修学旅行のお土産がぶら下がっていた。
――誰からだろう。
友達に聞いても知らないと言っていた。分からないままHRが始まり、教室での一日が始まった。久しぶりの授業は総復習や模擬試験だった。全然ついていけなかった。
知らない問題が羅列され思わず、問題用紙から目を逸らす。そうすると皆がペンを走らせる姿が見えた。僕は焦り、再び問題用紙を見る。玉手箱を開けたような気分だった。中学二年生が中学三年生の問題を解いてるようなもの。病院にいる間、僕の時は止まっていたみたいだ。
こんなんだったら保健室で過ごしていれば良かった。
僕には、逃げ癖がついていた。彼女への謝罪から逃げ、授業からも逃ようとした。いっそこの世からも逃げたいとさえ思った。
放課後になった。病気になってからは運動も禁止されていたので部活には行かずそのまま家に帰った。家に帰ったら母は少し心配そうな顔でおかえりと言った。
空元気さえ取り繕えず、返事をせず部屋に入った。
僕は、バックとお土産を机の上に投げた。
もう学校にも行きたくない。何も考えたくなかった。何も考えたくなかったから、小説を手にした。僕の現実逃避の手段だ。
「ご飯よー」
母が僕を呼んだ。いつの間にか夕飯の時間になったらしい。食欲はないが、お腹が鳴るのでリビングに向かった。夕飯はカレーだった。
すごく嬉しかった。味がある物を食べるのは久しぶりだ。だから、僕はカレーを一口頬張って食べた。
「これ何?」
自分でも驚くほど低い声が出た。
母親がルーのパッケージを持ってきて説明した。
「これよ。映画見ながらカレーが食べたいって言ってたから香辛料が入ってないものにしたの」
パッケージには0歳から食べられるカレーと書かれていた。
馬鹿にされた気持ちになった。
「全く味がしない。こんなのが食べたかったんじゃない!ふつうの、ふつうのカレーが食べたかった」
僕は叫んだ。
母も何か言いたげな表情だったが、急に立ち上がり、トイレに駆け込んだ。
遣る瀬無い気持ちになり、僕は視線を落とした。その時、気づいた。母も僕と同じものを食べていたことに。母が食べていたのは僕が食べていたのと同じようにルーの色が薄いカレーだった。
僕が病気になってから、油ものがダメになり、香辛料もダメになり、食べれるものはおかゆやささみなど味が薄いものだった。それなのに、母はいつも僕と同じメニューだった。
トイレから母親の涙をすする音が聞こえた。
自分の言ったことに後悔をした。母親は、トイレからそのまま自室にこもった。
僕は、謝ることができず、部屋に戻った。
この日、生きている意味を考えた。なんで自分は生きているんだろう。自ら命を絶つことも頭をよぎった。そんな時、携帯が鳴った。
なんだろうと思い、見るとメールが来ていた。
『お土産どうだった?』
知らないアドレスからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます