第二話 恋人

二年生の時、小さな変化が起きた。周りからしたら大きな変化だったのかな。


「ねぇ、噂聞いた?可愛くなったんだって」

クラスメイトが話しかけて来た。朝一番に学校に来る子。


「髪がサラサラになっただけで、先輩達がわざわざ教室まで見に来るんだよ。私もショート似合うかな」

「興味ない」

「機嫌損ねないでよー。ねぇ、そう言えば数学でわからないところあるんだけど」

めんどくさかったので無視するように視線を廊下に移した。


「本当にお願い。次の授業で当たるからさぁ。ジュース奢るから教えて!」


 僕は、しつこさに負け、視線を机に向けようとした時、彼女が廊下を通った。


 彼女の隣には軽薄な笑みを浮かべた上級生の男がいた。

 確かに彼女は可愛くなっていた。けど、彼女は元々可愛かった。天然パーマを縮毛してストレートに、少し外見を変えただけで彼女に群がる人を見て僕は心がモヤモヤした。自然とペンを持つ手に力が入る。けれど僕には、モヤモヤする資格なんてない。

 

「ずっと廊下を見てどうしたの。あっ」

 クラスメイトの声で正気に戻った。


「どこが分からないの?」

 考え事をしないように僕は数学を教えた。


 人の噂も七十五日というが、彼女の可愛さは揺るがない。彼女は、後輩から先輩までモテていた。


 そのせいか周りはうるさかった。

「仲良かったんだから告白しなよ」とか「可愛くなる前に告白しとけば良かったね」とか...


 僕は無視した。


「このゲームに負けたらお前告白な」

 友達に勝負をけしかけられ、罰ゲームで告白をするようにも言われた。


 僕は無視した。


「彼女と君、全然釣り合ってないよ。彼女のこと諦めなよ」

 知ったような口で言って来る子もいた。


 僕は無視...その言葉は無視できなかった。


 ――僕に何の価値があるんだろうか。人気のある彼女と意気地ない僕。


 この時からだった、人一倍周りの目を気にするようになったのは。何かと周りに彼女のことを言われ、僕の行動一つ一つが監視されている気分になった。


 人と話す気も無くなった。学校での居心地が悪い。もう空気になりたい。

 

 それから人に冷たい態度で接するようになった。話しかけて来る子は徐々にいなくなり鬱陶しさは消えた。けれど、どうしようもない孤独感が心に芽生えた。


 そんな中、唯一話す子がいた。朝一番に登校して来るクラスメイトだ。最初は、とても冷たい態度をとっていた。それでも、クラスメイトは笑顔で話しかけてきた。それに彼女のことを話題に出さなかった。

そのおかげか、クラスメイトといる時間に居心地の悪さはなかった。


 ある日の放課後、彼女と仲がいい子が話しかけてきた。

「彼女まだ君のこと好きみたいだよ」


 この時の僕は何を思ったのだろうか。何で未だに想っていてくれてるのだろうかと疑問を持ったのだろうか、それとも揶揄っているだけなんだろうと流したのだろうか。


 ただ、とにかく言えるのはもう遅いと言うことだ。既に僕には恋人がいた。


 僕は、部活にも行かずにぼーっと教室で過ごしていた日があった。夕日に照らされる教室の中で人間関係について考えていた。


「ねぇ、今話しかけてもいい?」

 教室のドアから顔を覗かせ、クラスメイトが聞いてきた。


「ねぇ、何でそんなに僕に構うの?」

 僕は疑問に思っていたことを聞いた。



「好きだからだよ。だから、私と付き合って」

 急だ。けれど、彼女の顔は真剣そのもので、言葉に想いが乗っていた。真っ直ぐな彼女がひどく眩しく見えた。だから、僕は断ろうと思っーー

「私のこと好きじゃなくてもいい。付き合って」


 僕は思わず頷いた。


この日、クラスメイトは恋人になった。



 付き合ってからは、学校での居心地は悪くなかった。周りの目を気にすることも無くなったし、彼女のことで揶揄う人もいなくなった。いつもと変わらない日常が戻って来た。


 いや、少し変わった日常はあった。休日は恋人とデートに行くようになった。


「ねぇ、この髪型似合ってる?」

 初デートの日、恋人は長かった髪をばっさり切り、ショートヘアにした姿で来た。


「すごく似合ってる。可愛い」

 僕の感想に満足したような表情を見せ、恋人は僕の手を繋いだ。


 その後、ファーストフードに行ったり、公園でバドミントンしたり、中学生らしいデートをした。


「今日は楽しかったね。こう言う時間が続いたらいいな」

帰り際、恋人はそんなことを言っていた。


 けれど、この関係が続いたのもたった三ヵ月だった。

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