流されやすい僕は取り返しのつかない恋をした。
天ノ悠
第一話 嘘
「結婚おめでとう」
今も想いがあるわけではない。けれど、心の中のよりどころを一つ失ったような虚無感に襲われた。
中学生の時、片想いしていた彼女が子供を産んだとSNSで知った。。
僕が育った町は田舎だった。小学校六年間一緒に過ごした同級生達と変わらない顔ぶれで中学生になる。その為、中学校に上がれど心の変化はなかった。
そんな中、引っ越して来たのが天然パーマの目がくりくりした女の子だった。きっかけは覚えてないがすぐ仲良くなった。会話の半分以上がお互いをからかうような内容だったが、休み時間が来る度に話し、二人ともよく笑っていた。彼女の笑顔が見たくてたくさん冗談を言った。
けど、そんな関係が変わるのもすぐだった。
ある日、授業中男友達が僕に手紙を渡してきた。
『彼女のこと好きなの?』
彼は、彼女のことが好きだったんだろう。彼女と僕があまりに仲が良いから探りをいれてきた。中学一年生。男女の関係を揶揄われるのに多感な時期。僕は、思ってもないようなことを書いた。その子に手紙を渡した。
渡してしまった。
授業終わりに彼が聞いてきた。
「これ、本人に見せてもいい?」
自分でも分かるくらいに顔が引き攣る。見せていいわけがない。
けれど、首を縦に動かしていた。
昼休みの終わり際、彼が彼女に手紙を渡していた。
「これ見て、あいつとの手紙のやり取り」
僕と手紙を往復するように指を指していた。
――やっぱり見せたらダメ、そこに書いたことは嘘だ。
と声をあげようとした時、授業が始まるチャイムがなった。
彼女が嬉しそうな顔で手紙を開けたのを今でも覚えている。
しかし、文字を目で追うごとに口角が下がっていった。
違う。そこに書いてあるのは、嘘。うざいなんて思ってもいない。鬱陶しいとも思ったことない。
嘘偽りしかない文字がどんどん読まれていく。
そんな悲しい顔にさせたかったんじゃない。僕のつまらないプライドなんか捨てればよかった。可愛いよねとか、一緒にいると楽しいとか正直に書けば良かった。友達としてすごい好きとか。
――友達として好きじゃないな。違う、異性として好きだな。
その時、気がついた。
彼女は泣いていた。授業中、誰にも気づかれないように一人涙を溢していた。
授業が終わったら謝ろう。そう思った。
チャイムが鳴った。人生の中で一番長く感じた五十分だった。
席を立ち、彼女の方に向かおうとすると、彼女は逃げるように教室を出ていった。
お手洗いかな、なんて呑気なことを考えていた。追いかけ腕を掴んででも謝ればよかった。この時はまだ取り返しのつかないことになるとは思っていなかった。
彼女が教室に戻ってくるのを待った。
けれど、教室に戻ってくることはなかった。その日、彼女は早退した。
そんな状況でも僕は、体調が悪くなったのかな、大丈夫かな。明日朝一番に謝ろうと考えていた。
次の日、僕は朝早く家を出た。彼女は、僕とは正反対でいつも朝早く登校していた。そんな彼女の真面目なところも好きだった。
学校に早く着きすぎた。彼女の姿どころか教室には誰もいない。
時計の秒針の音、朝練している野球部の声。いつも聞こえない音が教室に響いていた。
僕は深呼吸をして自分の席に荷物を置き、座った。
彼女が来たらどう話そうか考えていた。誤解を解きたい、謝りたい、いっそ好きだと告白したい。色んな感情が頭の中で渦巻いていた。
席に着き何分たっただろうか。一歩一歩教室に近づいて来る足音が聞こえた。
思わず息を飲んだ。
教室のドアが開いた。
「あれ?今日珍しく早いねー。おはよ」
彼女じゃなかった。僕は思わず、ため息をついた。
「何よ、人の顔見てため息なんて。それにしても悔し!私が一番乗りを逃すなんて」
僕は、適当に返事をした。クラスメイトと話すほど余裕はない。
彼女がくるのを待っていた。しかし、教室に入ってくる人の中に彼女の姿はない。
結局、朝のHRが始まっても彼女は来なかった。
それから彼女は一週間学校を休んだ。インフルエンザだったようだ。
会えなかった一週間は僕たちの溝が深まるには充分な時間だった。彼女に話しかけようとしても、顔を背けられ、近づこうとしても彼女は逃げるように友達に話しかけに行く。
そのまま話すことができず、二、三週間と時間が過ぎた。
そして、僕たちは中学三年生になるまで話すことはなかった。
彼女に彼氏ができるまでは。
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