CV:◯◯◯

『君は不死者キメラだ。色んな要素を含有している。不死者の血は別種にとっても毒になる』

 

 だから、私を殺せる。

 などと言って、彼は笑っていた。

 

『そして、私が死ぬ事でルイス、君も死ぬ。奇跡的なバランスの上に成り立つキメラ体の君から、私と言う不死の要素の一つが欠落するからだ』

 

 ルイセントの目的の一つだ。

 自らを造り上げた怪物を殺し、数百年の旅路に終止符を打つ。

 

「……オイ、ルイセント」

 

 見慣れぬ天井がルイセントの目に映る。

 聞き覚えのある声。

 

「勝手に入ったのか、ビリー」

 

 鍵は掛けていたはずだ。

 合鍵も渡していない。

 

「ノックしても返事がなかったからな」

「後で鍵開けが出来ないように五指をへし折っておくか」

 

 ルイセントは顎を摩りながら思案顔。イシュリアは頬をひくつかせる。

 

「……いや、冗談だ」

「明らかにそうじゃなかったよな!」

 

 正直、ルイセントが期待しているのはイシュリアの嗅覚のみだ。五指がなくなろうが、盗みができなくなろうが気にする事もない。

 

「取り敢えず。ほら、目覚ましのコーヒーだ」

「……引っ越し早々でコーヒーは買ってないが、持ってきたのか」

 

 コーヒーカップを受け取り「生憎だが僕に毒は効かないぞ」と躊躇う素振り一つ見せずに口をつけた。

 

「……昨日の今日で、オマエを毒殺しようとは思わんさ」

「まあ、お前は盗みは働いても殺人はしないか」

 

 イシュリアは目を細める。

 確かに毒殺は脳裏を過ったが、彼が日常で手に入れられる毒物に心当たりがない。何より、分かりやすい毒物は特徴がある。

 それはルイセントに勘付かれる可能性が高い。

 そもそも、この街に巣食う怪物の様に無情に殺害を行うという精神性をイシュリアは有していなかったと言うのも大きい。

 

「毒が入っていたら、二度と毒を入れられない様に手を切り落とし、毒を買えない様に舌を抜き取っていたよ」

「…………」

 

 イシュリアも感じ取っていた。

 ルイセントという男は平然とやってのけると。

 

「毒は効かないが、そんな思考が生まれた事は確かだからな」

「……マリノシティの茶会に出向けばオマエは全員殺して回りそうだ」

「茶会があるのか」

 

 ルイセントが聞けば「ああ。どうにも危険なニオイがしっぱなしだがな。近寄ったら死ぬ。虎の尾しか無いような茶会だ」とイシュリアが肩を竦めて答える。

 

「それなら乗り込んでみてもアリか」

「……ま、好きにすると良いさ」

 

 イシュリアには関係のない。

 

「お前も来るんだぞ、ビリー」

 

 そう、他人事の様に思っていたと言うのに。

 

「は? 何でだよ!?」

「僕はお前の嗅覚を頼りにする。どの虎が一番か見極める事に期待するのは何も変じゃないだろ?」

 

 逆らえない。

 逆らってはならない。イシュリアを見つめるルイセントの目はひどく冷たい。

 

「好きにすると良いさ! だが、オレは死にたくないんだよ!」

 

 この目は、怖い。

 無価値を見下す雰囲気を放っている。どう扱われるか、何をされるか分からない。

 

「安心しろ。僕としてもお前に簡単に死なれては困るからね」

 

 人を大切にする様に、ではなく必要な道具を大切に扱う様な言い方。

 

「ルイセント、オマエは何が目的だ」

 

 こんな男が何を目的とし、イシュリアという人間を必要とするのか。

 

「マリノシティの上層を皆殺しにする事」

 

 問いに対する答えはテロリズム発言だった。

 

「……何だってそんな」

 

 仕事の話だ、とルイセントが言う。

 

「マリノシティの上層には人間とは思えない様な怪物が居る」

 

 覚えがある。

 イシュリアの指をへし折ったのはそんな上層に位置する者の子息なのだ。遊びの様に壊された。

 

「まあ、そう言う話だ。僕は怪物退治の専門家な訳」

「…………嘘だな」

 

 ルイセントは目を細めて笑い飛ばす。

 イシュリアは嘘だと態と口にした。だが、分かっている。

 

「…………」

 

 この男は嘘を吐いていない。

 

「信じても信じなくても、僕は僕のやりたい事、なすべき事をするだけさ」

 

 ルイセントもまた、マリノシティの怪物と変わらない。

 イカれている。

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