CV:◯◯◯◯

『飲む?』

 

 生まれたて。

 カップは並々の赤い液体に満たされていた。勧められるままに口にした。味は最低だ。

 

『……これは何かって?』

 

 中身を知ってしまったから、余計に。

 

『人間の血だよ。ある不死者の特性でね』

 

 血を飲む事で成長が可能なのだと。そんな能力をルイセントも持っている。

 

『私? 私にはないよ。私が飲めば、君も飲むと言うなら……飲んでも良いけどね』

 

 受け付けられず、押し返した。

 

「クソッ、来ちまった……!」

 

 猛獣の檻の中。

 冷や汗をかいたイシュリアが喚く。

 

「ハッハッハ、落ち着けよ。ビリー」

 

 動揺しつくしているイシュリアにティーカップを右手に持ちながらルイセントが諭す。

 

「そうだぞ、ビリー! 落ち着きなさい」

 

 しゃがれた声と共に背中を叩かれる。

 

「誰だよ、このジジイ……って、モーリスの爺さん!?」

 

 知らない相手だと思った。

 だと言うのにイシュリアが振り返った先に立っていたのは見知った顔の老爺だ。

 モーリス・ヴィマール、元軍人である。戦場で右足を負傷し退役した。その退役も今から数年前という伝説の軍人。

 イシュリアには初めてマリノシティに降り立ったモーリスをスリの標的にした結果、取り押さえられたという記憶がある。

 

「ビリーよ、お前もこの茶会に参加するとはな。どこで金を用意した?」

 

 参加料には莫大な資金のかかる。

 盗人が生業のビリーには茶会に参加できるほどの銭を用意するなど不可能だ。

 

「オレじゃねぇ……アンタの隣に立ってるバケモンだ、用意したのは」

 

 半目でイシュリアがルイセントを見れば「化け物とは失礼だな」と口にしながら襟を正す。

 

「金なら持っているからな。感謝してくれよ、ビリー。お前の分のフォーマルスーツも仕立ててやったんだ」

「……ここに連れて来なかったら最大級の感謝を伝えていたろう、オレもな」

 

 ルイセントはちびりとティーカップに口をつけ、飲む。イシュリアはルイセントから視線を外し「それより」と直ぐ近くのモーリスに向け直す。

 

「モーリスの爺さん。アンタは何だってこんな茶会に」

 

 そんな風な柄でもないだろ。

 イシュリアの言葉にモーリスも「単純な興味って奴だ」と何でもない様に言う。

 

「……クソ、このジジイ。コイツもマリノシティに染まりやがって」

「この中で歴が長いのはお前だろ」

 

 ルイセントのツッコミにイシュリアは何も言わない。

 

「それより、見つけたか。ビリー」

 

 ルイセントがイシュリアに耳打ちをする。ただ、結果は芳しくない。

 

「ドイツもコイツも似たり寄ったり……オマエの求める様な飛び抜けヤバいってのは無い」

 

 イシュリアの言葉に「ふむ」と溢し。

 

「…………僕と同じかもな」

 

 ルイセントは考え込む。

 

「現状で見つけ出すのは不可能だな。仕方ない。諦めよう、ビリー」

「オマエはっ、随分と勝手だ……!」

 

 途端の帰宅宣言。

 イシュリアが色々と言いたくなる気持ちも正当な物だ。

 

「何だ、帰るのかビリー?」

 

 二人の様子を見ていたモーリスが尋ねる。

 

「このバケモンが帰ると仰せだ」

「化け物ではない。僕はルイセント・モリアーティだ。ただ、そういう事だ。これで僕たちは失礼するよ、モーリス老」

 

 挨拶を告げ二人はパーティ会場の出口に向かう。瞬間、室内に「動かないでください!」と静止の声が響いた。

 

「……今から、参加者全員が会場内に居るか確認いたします!」

 

 ルイセントとイシュリアも足を止める。

 

「帰れなくなってしまったか」

 

 イシュリアは近くにいた会場の関係者と思しき男に「何が起きた?」と確認を取る。

 

「殺人です!」

 

 イシュリアは渋い顔をする。

 こう言った事が起きてもおかしくない、と思っていたからだ。金を払って、理性的に茶会を開こうとした所でマリノシティだ。

 上部がそもそもの異常者。

 金を持った異常の集まりであれば、これも必定。

 

「……だから嫌だったんだよ!」

 

 イシュリアの叫びにルイセントは落ち着いた様に。

 

「安心しろ、ビリー。僕らが死ぬ事はない」

 

 相手に動機はないから。

 

「ルイセント、分かってない。オマエはマリノシティを分かってない」

 

 ルールを失った場所。

 そんなところに猛獣が放り込まれたなら。当たり前の様に別の事件が起きる。

 

「この街は、地獄だぞ」

 

 ルイセントはイシュリアの言葉を聞いても「大丈夫だ」と。

 

「僕は大体の荒事は、全部この身で退けてきたんだ」

 

 パーティ開催運営関係者の男が「ウルス様! ウルス様はいらっしゃいますか!」と大声で確認を取るが返答がない。

 

「ウルス、彼が……」

「この騒ぎはウルス殿が」

 

 ザワザワと響めきが広がっていく中、扉が開かれる。

 

「ウルス様!?」

 

 扉が開かれた先に立っていたのは、噂のウルスという男。フラリフラリと覚束ない足取りで会場内に踏み込む。

 

「……ふむ。眷属にされてるな」

 

 ルイセントはウルスを観察する。

 

「額には何もなし。鱗は……なし。人魚ではないな。肌の色は……死人の様だな。瞳孔確認」

 

 情報の照らし合わせを行い「吸血鬼だな」と答えを確認する。

 

「……犯人は奴ではないな」

 

 探し求めている存在は吸血鬼ではない。

 

「おい、ビリー」

「何だよ!?」

「血の臭いだ。全く別の臭いを二種類放つ奴を探し出せ」

「……オレのは、そういうんじゃ!」

「探せと言ってる」

 

 ルイセントの言葉に反論を諦め、イシュリアは大人しく血のニオイを探し始める。

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