生贄、ガスト行こう(仮称)

新棚のい/HCCMONO

第1話

 どう転がっても生贄になるなら神様の生贄になろう。地主の息子(58歳 無職 自称個人投資家)に嫁がされるくらいなら神様の生贄になってやる。地主の息子がチャバネゴキブリなら神様はヘラクレスオオカブトだ。

 ムラ社会の安寧を維持するために結婚させられるなんて時代錯誤もはなはだしい。今は21世紀で令和だというのに。田舎は因習村の如く常識が通用しない。

 仕事を辞めたと嗅ぎつけた両親は「やっぱり都会は悪いところだから家に帰ってきなさい」と私を無理矢理実家に連れ去った。

 あのとき警察沙汰になるくらい暴れて抵抗するべきだった。そうすれば憎きクソ田舎に戻らずに済んだ。縁結びババアに見合いの手配をされずに済んだ。

 両親が寝静まったのを見計らう。いびきをかいているから天井を走るネズミの足音程度の物音がしても起きないだろう。

 パジャマにコートだけ羽織って村の外れの神社へ向かう。

 当たり前だけど寒い。気を抜けば凍死してもおかしくはないレベルで寒い。歩いているだけで体力ゲージが削れていく。

 それでも神社へ行かなければ。ムラ社会のルールを壊さずにお見合いを回避するには神隠しに遭うしかない。

 限りなく廃屋にしか見えない寂れた神社。年末にもかかわらず誰一人お参りに来ていない。

「こんばんは。生贄になりに来ました」

 返事なんか返ってくるわけがない。やっぱり都合よく生贄になれはしないようだ。

 社の裏に回り込む。曰くつきの底無し沼。この沼で入水自殺をすれば神隠しとして処理されるはず。

 ところが、沼に飛び込もうとした瞬間、制止の声が聞こえた。ドロドロに腐り果てた田舎には珍しい、若く中性的な声。

「やめろ!凍死するぞ!」

 誰かに見つかった?一番マズいやつじゃん。ムラ社会で事件なんか起こしたら末代まで近所話のネタにされる。いや、子孫なんて残さないから私が末代だけど。

「安心しろ。お前のお望み通り、この神社の神様だ。ほれ、証明書もあるぞ」

 暗闇から現れた手は白く滑らかだ。その手が摘んでいる紙は煤けた古い書類のようだ。辛うじて神社の名前らしき文字が見えた。

 でもこれ、本物だとしても神社に対する証明書だ。白い手の持ち主が神様だと証明する意味は持たない。

「仕方ないだろう。それ以外は人に伝わる証明書が無いんだ。それは置いておいて。お前は神様の生贄になりたいと願っているようだが、何故だ?」

 何故と問われても答えに窮してしまう。ただ、地主の息子に嫁ぐより神様の生贄になる方がマシと判断しただけだ。

 黙り込む私に痺れを切らした神様は言葉を続けた。

「自主的に生贄になりに来る奴は人間社会でろくな目に遭っていない。お前を苦しめている原因を殺して解決するなら神様がサクッと呪い殺すが?」

「お気遣いありがとうございます。ですが、私が不可解に消え去らないと穏便に解決しない感じでして……」

「それは難儀だな。とりあえず話を聞こう。ここでは寒いだろう。でかい川を越えた先のファミレスでいいか?」

「そこまで離れていれば村の連中は来ないと思いますが、あの、お金……」

 生贄になるつもりだったから財布を持ってこなかった。それどころかスマホさえも何も持ってこなかった。

「安心しろ。お金は神様が立て替えてやる。後ほどお前の家から金運を軽く吸えば解決する。とりあえず、神様と手を繋いで跳べ」

 差し出された白っぽい手を掴む。そして跳ぶ。着地した場所は国道沿いのファミレスの駐車場だった。バラエティ番組でよく見る場所移動のような移動方法だ。

「真夜中だというのに騒がしいな。そうは思わないか?なぁ、生贄」

 神様の全体像がファミレスの灯りでようやく見えた。一言で表すなら爬虫類系の美形。色白で鼻筋が通っていて吊り目。体型はスレンダーでジェンダーレスな感じ。でも、服装は村の中学校のジャージに便所サンダル。田舎のヤンキーより芋臭い。

「生贄って呼ばないで下さい!」

「仕方なかろう。神様、まだお前の名前を聞いていない。だから他に呼びようがない」

「ユイコです。継守結子ツグモリユイコ

 名乗ると神様は露骨に眉をひそめ、嫌そうに白い息と感想を吐き出した。

「……名前からしてがんじがらめ。だな」

黙って頷く。まさにがんじがらめの人生だから。

「とりあえず、話は店内で聞いてやる」

 出入り口の扉を開くと、レジ前に立っていた店員は指を二本立てた。私も二本立てて答えた。

「お好きな席にどうぞ」

 他の客に話を聞かれたくない。端の四人がけの席に神様を誘導する。備え付けのタッチパネルに大人二人と入力する。冬のおすすめメニューが表示された。

「神様はチーズインハンバーグに和食セットにする。ユイコは何にするんだ?遠慮するなよ」

「サーロインステーキとスーパードライを頂きます。ジョッキでいきます」

「いいぞ。今夜はじゃんじゃん飲め!」

 タッチパネルに触れて注文する。すぐに猫型ロボットがジョッキを運んでくる。猫型ロボットは気が抜ける陽気なメロディを奏でながらテーブルの前まで来た。

「ご注文ありがとうにゃ〜♡」

 運ばれてきたスーパードライを半分ほど飲む。ジョッキをテーブルに戻したタイミングで真正面に座る神様に問われた。

「いい飲みっぷりだな。それで、生贄になりたい理由ってのは何なんだ」

「生理的に堪えられないオッサンとお見合いする羽目になりまして。オッサンは地主の息子なので我が家の立場上、私から断るのが不可能でして……」

 そこまで言うと神様はうんうん頷く。

「地主の息子というと金村のせがれか」

 私が黙って頷くと神様は大袈裟に溜め息を吐いた。

「そりゃあ神様の生贄になりたくなるのも無理はない。金村のせがれ、性根が根腐れしとるからな。あんなもんに嫁がされて家の生贄になるくらいなら神様の生贄になる方が圧倒的にマシだな。

だったら神様と一緒に村を出よう!」

「え、神様が村を出たら村が滅ぶのでは?」

 神様はケラケラ笑った。

「ユイコの親がくたばるまでは村は滅びはしない」

 なんだ。心配する必要ないのか。安心したと同時に猫型ロボットがチーズインハンバーグとサーロインステーキを運んできた。

 久しぶりに味がある食べ物を口にした。実家の食事からは味が感じられなかったから。

 母の味付けが薄い訳ではない。何を食べても新聞を齧るような虚無の味だった。

 神様は私がサーロインステーキを飲み込んだタイミングで悪巧みをする邪神の顔をしてみせた。

「ユイコ、東京行こう。それかニューヨーク。とにかく都会」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

生贄、ガスト行こう(仮称) 新棚のい/HCCMONO @HCCMONO

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る