第3話
俺は道路から建物までの道を歩きながら、嫌なことを思い出すくらいなら来なければよかったと思っていた。俺は疲れている。本一冊読む時間もないのに、何故こんなところにいるのかわからなかった。俺の知りたいことは大したことじゃない。来る意味なんてないんだ。
俺は憂鬱な気分でインターフォンを押した。
「はい」
「江田ですけど」
「今開けるから待って」
中から幹事の男の声がした。
「やあ。江田、よく来たな」
中から出て来たのは、別荘の持ち主の社長業をやっている男だった。一応、笑顔だった。いい人のふりをしたいらしい。真っ黒な髪。蝋人形のように滑らかでシミのない顔をしていた。服装や整った顔立ちや歯並びからして、裕福なのがわる。
「久しぶり」
招待されたのに、何しに来たんだという風に聞こえてしまった。
「遠いね」俺は思わず言ってしまった。家から四時間くらいかかった気がした。別荘なんて言いながら、田舎は来るだけで疲れてしまう。
「嫌味か?」
「まあね」
俺は靴を脱いで中に入った。無駄に玄関が広いのが、金持ちの家の特徴だ。外が古びている割に中はまだきれいだった。
「全然変わらないな。そんなに時間が経っているように見えないね」
「五年くらい前に二千万かけて改修したから」
また自慢か。そんなに出すなら建て直せばいいのに。
「新築みたいだ」
「それは言い過ぎだよ。建て直したいんだけど、有名な〇〇先生の設計だからな。文化財的な価値が出て来るかと思って残したんだ」
「そっか。〇〇先生ってもう亡くなった?」
「とっくに!」
「そうだったんだ。じゃあ、もったいないね」
ふん。と、そいつは鼻で笑った。俺の知っている建築家なんて数人しかいない。
俺が部屋に入ると、他に五人がリビングに集まっていた。女が三人、男が幹事を入れて三人いた。それぞれが、こぎれいな格好をしていて、妙に若々しい。男の職業は会計士と会社経営者、大手企業のサラリーマンだ。最後の人は世間的にはサラリーマンだけど、実は地主で働かなくても生活できるほどだった。
女は医者と結婚した子、大企業の総合職でバリバリ働いている子がいた。キャリアウーマンの子の旦那はアメリカ人で社長だった。別の子も確か親が社長だった。旦那も似たような感じだった気がする。みんな結婚式に呼ばれたが、俺に招待状は来なかった。
その中で、明らかに俺は見劣りしていた。
「江田、久しぶり。相変わらず黒いな」男の誰かが言った。
「外で仕事してるからね」
俺は冗談で言った。
「首都高は俺が作ったから」
「お世話になってま~す」
女の一人が間延びした声で言った。何となくむかついた。昔からそいつが特に嫌いだった。年のせいか髪がパサついていたが、顔は皺がなくて不自然だった。どうぜ整形で溝を伸ばしてるんだろうと思った。
「やだ、本当のわけないじゃない」
別の女が、そいつの腕を叩いた。
「この人天然だから」俺に向かって言う。
ダメじゃない。失礼よ。とでも言いたそうだった。俺はますます惨めになる。
「勤務先、建設会社じゃなかったっけ?〇〇組」
「違うよ」
「江田は…どこだっけ?会社」
「〇〇?」他の男が口を出した。
「そこはもうやめた」
「お前、職を転々としてたからな」
「それは二十代の頃な」
「今はどこ?」
「〇〇のグループ会社で」
「へえ。あそこって今過去最高益じゃなかったっけ?」
そう言いながらも馬鹿にしたようだった。自営や専門職の人にとっては、サラリーマンは格下だ。
「そうそう!私も株持ってる」
嬉しそうだった。
「ボーナス上がった?」
「ちょっとね」
気持ち悪いなと思うが、新聞に出ているのだから仕方がない。
着いてからというもの、なぜかそいつらは俺のことばかり話したがった。多分、そのメンバーで普段合っているから、俺をネタにするのが一番面白かったのだと思う。
「江田君って独身だっけ?」
女の一人が言った。
「江田はやめとけ」
別の男がふざけながら言った。
「こいつは遊んでるから」
それは口実で、こんな育ちの悪い人間やめろと言っている気がした。俺だってそんなおばさんご免だと思った。
「江田とやったっていう女を何人も知ってる」
「どこの風俗だよ?」
俺は言った。その場に女性もいるし、冗談を言うにも質が悪すぎる。
「高収入の男を狙って、いろんな所を渡り歩いてる女っているからさ。お前も〇〇(会社名)にいるあたりで結婚しとけばよかったのに」
「それは俺も思ってるよ」
もし、俺が一番稼いでいた頃に結婚してたら、モデル並みの美人と結婚できたのになぁと今でも後悔している。
「もう、結婚しないのか?」
「うん。多分しない。一人の方が楽だし」
「でも、不便だろ?一人だと」
「確かにそれはあるけど…」
「じゃあ、何で?」
「もう五十だし。俺も若いきれいな子と結婚したいけど、需要と供給が一致しなくてさ」
「じゃあ、フィリピン人とかどう?きれいな子いるよね」
そこにいた女が言った。どうやら本気らしい。俺はフィリピン人じゃないと若い子と結婚するのは無理のようだ。
「外国人もいいけどね…もう、フィリピン人も最近は豊かになってるから、日本人なんかと結婚しないだろ」
金づるとして利用されるのが目に見えているのに、何を言ってるんだ。随分失礼だなとショックを受けていた。
「フィリピン人でも無理か~」
他の男が昼間からワインを飲みながら笑っていた。こいつら、俺に何の恨みがあるのかわからない。
「フィリピンも日本と物価変わらないらしいよ」
一人の女が言い始めた。大した根拠もなく変なことを言うものだ。
「それはないだろ?」別の男が言う。
「でも、外食は高いよ」
「今はどこだって日本より高いよ!」
六人は俺がどこの国の人となら結婚できるかで盛り上がっていた。俺は苦笑いしていた。正直言って、普通に日本人と結婚できると思う。俺は年収一千万以上あるし、初婚で、都内に家も所有している。そこまで貶される理由はなかった。彼らにとって俺は下層の人間なのだ。
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