第2話

 俺は指定された場所にタクシーで向かうことにした。

 幹事から駅に迎えに行こうかと言われたが、その場で断った。深い意味はないが、貸しを作りたくないからだった。ただただ奴らが嫌いだった。


 金を節約するためには、バスで近くまで行き、徒歩で行くのがいいのだが、さすがに面倒臭いし、嫌なメンバーしかいない同窓会に行くのにそれほどのモチベーションが起きなかった。俺はため息をついた。そうしないと、前に進めないくらい憂鬱だった。


 曇りのせいもあり、何となく町全体が灰色に見えた。昔はおしゃれな街だったけど、古い建物が目立って寂れた感じが否めなかった。自分も惨めに年を取ったのに、その街だけが時代から取り残されているように感じていた。


 俺はタクシー乗り場でたまたま止まっていた車に乗った。車内はちょっと煙草臭かった。


「観光ですか?」


 灰色のウールのベストを着た運転手が声を掛けて来た。七十代半ばくらいの人で、髪が白くて無精ひげが生えていた。長年運転手だけをしていそうな、ベテランの雰囲気を醸し出していた。

「いいえ。こっちは知り合いがいて」俺は苦笑いした。今の時期にこんなところに一人で来る人はいない。

「これから行く建物が知り合いの持ち物で…」

「そうですか。別荘地も一昔前に比べて人気が落ちましたね。昔は芸能人とかけっこういたんですけど」

 なら、みんな自家用車を持っていて、あんたのタクシーなんか乗らないんだろう。

「まだ、夏はいいんですけど」

「本当は今じゃなくて夏に来たかったんですけど、やっぱり関東より寒いですね」


 もう十一月。東京より空気が冷たかった。俺は滅多に着ない上等のコートを引っ張り出して着て来た。素材がカシミアでできていて、クリーニング代が高いから去年は一度も着ていなかった。ちょっとでも見栄を張りたかったのかもしれない。ああいう人たちの前では俺が何を着たところで、ユニクロで買ったようにしか見えないだろうけど。


 駅から数分車を走らせるとすぐに建物がまばらになって来た。


「この辺も、空き家が多いんですよ。バブルの頃は別荘ブームでサラリーマンが買ったりしてましたけどね。維持費が高いし、本人が亡くなったりして来れなくなって、子どももいらないって、放置してる人が増えてるんですよ」


 確かにツタが絡まって、いかにも荒れ果てたような建物がいくつもあった。

「不景気でそれどころじゃないですからね。新幹線代だって馬鹿にならないし」

 俺も昔は別荘に憧れたものだった。百万円で買える熱海のマンション。山梨にある二百万の一戸建て。しかし、どれも維持費が高すぎて、使いたい時だけ貸別荘を借りるのが圧倒的に得だった。別荘を自慢する人はいるが、どれだけ金がかかるかと考えると、自慢するのも納得だった。俺は結局、金持ちにはなれなかったと思うと、早くも負けを認めるしかなかった。別荘なんて俺には一生手が届かない。


 ストロベリーフィールド。そいつは別荘にイギリス風の名前を付けていた。ビートルズから来たらしい。母親が庭にイチゴを植えていたと言っていた。そいつは大学時代から夏休みにイギリスによく行っていた。友達がイギリスの貴族とか地主だそうで、そいつは周囲から皇太子と呼ばれていた。ちょうど、今の天皇陛下がイギリスに留学していた時代だった。つまり、俺なんかとは完全に住む世界が違っていたのだ。今はそれがわかる。


 その別荘には遥か昔に行ったことがあった。幹事の車でわざわざ都内から連れて行ってもらった記憶がある。乗せてもらったのは親の車と言っていたっけ。白いクラウンだった。金持ちなら外車でもよさそうだけど、親戚の付き合いで国産車に乗っていたそうだ。今は高級な国産車と言えばレクサスだけど、1990年代はクラウンが滅茶苦茶売れていた時代だ。俺は免許すらなくて、増々、自分は駄目だと思ったものだった。

 俺は常に蚊帳の外だった記憶がある。女は金のある男に群がるもんだ。分かりやすい見本だった。俺には全然態度が違った。痛い思い出ばかりだ。もっと俺に合うサークルはなったんだろうか。何であんな金持ちばっかりのサークルに入ったのか、今となってはわからない。


 俺は運転手と何か喋っていたが、ほとんど頭に入っていなかった。


「あれみたいですね」

「あ、そうです」


 確かに見たことがあった。前に来た時より、ちょっと古ぼけた感のある特徴的な建物だった。白い壁に茶色の梁があり、建物の前面に張り出ていた。とある有名な建築家が設計したものらしい。俺はその方面に詳しくないから知らないが、雑誌にも何度か取り上げられたそうだ。

「すいません。こんな辺鄙なとこで」

「駅前にずっと止まっててもしょうがないから、帰りもよかったら呼んでください」

「どこに電話すればいいですか?」

「はい。これ、配車センターの番号です。私、江田って言います」

「え?俺と同じ苗字?」

 俺はびっくりした。

「もしかして、親戚とか?」

 俺は笑った。

「じゃあ、また、よろしく」

 爺さんは俺の言ったことが聞こえなかったのか、頭を下げて去って行った。俺はおじさんに冗談を聞き流されて軽くショックを受けていた。




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