絶対にしあわせになる魔法

『絶対幸せになる魔法!』


幼いコウちゃんの声が聞こえてきた。きっと走馬灯だろう。


背中に衝撃が走る。私は死んだのか?ここは天国?


いや、それにしてはなんか柔らかい?


「おい!屋上から女の子が落ちたぞ!?」


「親方!空から女の子が!」


「言ってる場合か!嬢さん大丈夫かい?」


「…えーと?」


気づいたら私はマットの上で寝転がっていた。


そういえばと朝の男子の会話を思い起こす。


どうやらこれは宝山印のふかふかマットらしい。おかげで助かった。が、なんか癪である。


だが、私は屋上から落ちたことによる少しの痛みを噛み締めて、心の底から思う。


生きてて本当に良かったと!屋上を見上げると驚きと安心で座り込んでいたコウちゃんがいた。


それに向かって私は元気だよの意味を込めてサムズアップをする。


コウちゃんは力なく、だけどしっかりと返してくれた。



結果、ママの命は助かった。


しかしその翌日、私は靴箱で宝山から詰められていた。


「ちょっと!木下さん!いつまで私の邪魔したら気が済むのかしら!?おかげでふかふかマットは買い直しですわよ!?」


「ごめんなさい。でも、わざとじゃないんだし、そもそも買い直す必要ある?」


「私専用のマットにしたいのよ!あなたが乗ったら専用じゃなくなるじゃない!」


…知らんがな。正直もう付き合いきれない。私は宝山を引き離して教室に向かおうとするが、ひっつき虫のように離れない。うざったい。


「あぁ!ごめんごめん。待った?」


「コウ!」


「…あぁ、状況わかった。一緒に行こうか。」


「ありがとう。」


「ちょっと私の話は、って!大瀬さん!?なんで?木下とはどういう関係なの?」


コウの登場により、さらに喚く宝山。しかし、当然無視。そのまま教室に向かう私たち。まだ喚く宝山。


あっそうだ。こいつに言いたいことがあったんだ。


「宝山!マットありがとう、おかげで死ななかったわ。ツンデレお嬢様。」


宝山はしばらくポカンとしていたが、何を言われたのかに気づいて、放送もできない位の暴言を吐く。いずれ、あのお嬢様は先生に捕まるだろう。無視無視。


「どうする?あいつに『不幸せになる魔法』かけとく?」


「…いやいい。たぶんそのうち天罰が下るでしょう。」


「おっ、正解。天罰がそろそろくだりそうだよ。」


どういうことだろう。そう思ったが、コウは新聞紙の切り抜きを取り出して、私に見せる。


「『宝山家の次期主人、宝山葛男が人を轢く』って、これ、私のママの事故だ。…あれ?でもこの人、え?パパ!?」


「あぁ、名前と顔がなんとなく一致するからそうじゃないかと思っていたけど、やっぱりか。どうやら君のお父さんだった人は宝山家のお嬢さんと再婚したらしい。」


「…そりゃ、こっちのこと捨てるか。にしても、そうなるとすごく怪しいね。」


「あぁ。もしかするとこういう会話があったのかも。」



「葛男。人を轢いたらしいでは無いか。」


「すみません。お義父さん、いえ、当主さん。」


「謝罪はいい。幸い、この街で起こった事件だからな。揉み消せるぞ。」


「…それは大丈夫です。」


「…ほう?なぜだ?」


「轢いた人が元嫁でした。彼女はお金に余裕がなく、私選の弁護士を雇う余裕なんてないことはわかってます。当然、国選の弁護士でしょう。さらに、生活が苦しくなった上での自殺未遂ともとれる。」


「…ふっふっふ。なるほど、なかなかやるなぁ!お前も!さすが次期当主!お主も悪よのぉ!」


「お義父さんほどじゃないですよぉ。」


二人の悪どい笑いが部屋中に響き渡る。



「とかいう。」


「…なんか、時代劇にありそうなやり取りだね。でも、確かにうちには弁護士雇う余裕なんて無いし、」


「あぁ、俺に任せといて。」


「え?できるの?」


「まぁ、正確にはうちの母さんだけどね。」


「…あ!親が弁護士なんだっけ?え?でも紹介してもらってもお金払えないよ?」


「友人割りで破格の値段らしいよ。」


「えぇ!?それは願ってもない話なんだけど、でも、なんか悪いなぁ。」


「それに関しては大丈夫。母さんの方が割引に積極的だったから。『ユウジンのピンチに駆けつけないで何が弁護士ダ!』って。」


「…あっ、もしかしてメアリーさん?」


「そう。母さんの腕は確かだから任せとけば悪いようにはならないと思うよ。」


「何から何まで、本当にありがとう。」


「いやいや、どうってことないよ。母さんじゃないけど彼女のピンチに駆けつけないで何が彼氏だって話だしね!」


「ふふふ。ありがとう!…じゃあ、お礼に。」


私は胸ポケットからレミちゃんを取り出す。そして、で。


『あなたを幸せにする魔法!』


ニヤリと笑い、コウちゃんを見つめる。


コウちゃんはしばらくポカンとしていたが吹き出して笑った。私もそれにつられて笑った。

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絶対幸せになる魔法 草野蓮 @kusano71143

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