そんな感情を抱いていいはずがないんだ

「???」


 この椅子についての疑問は残っているものの、なんのために椅子に座らされたのかが分からなかった俺は、そのことについて訪ねようとしたところで、イリーゼに優しく抱きしめられてしまった。

 いくら俺がイリーゼより背が高いとはいえ、椅子に座ってたら流石にイリーゼの方が高い。

 そんな状態で抱きしめられたりなんかしたら、イリーゼの豊富な胸が顔に当たる……どころか、そこに埋まってしまう訳で……

 お、落ち着け。今こそ、一番落ち着く時だ。

 イリーゼは妹だ。変なことを考えるな。イリーゼだって、何か考えがあってこんなことをしているんだろう。だからこそ、落ち着こう。


 内心で焦り散らかしながらも、深呼吸……はこんな状況で出来るわけないから、心の中でだけ一息ついて、イリーゼに怪我をさせないように、優しく押しのけようとしたところで、更に強くイリーゼに抱きしめられてしまった。

 

「お兄様」


 呼吸は確保出来ている。ただ、この状況を何とかしない訳にもいかないから、どんな考えがあってこんなことをしているのかは分からないが、今すぐにやめてもらおうとしたところで、イリーゼは俺の事を呼んで来たかと思うと、ゆっくりと頭を撫でてきた。

 待ってくれ。本当になんなんだこの状況は。

 そもそも、こんな状況なのに、なんで俺の心は落ち着いているんだ? 


 妹だってのは分かってる。それでも、異性としての興奮を覚えないわけではない。

 ただ、それ以上になんでかは分からないが、俺の心は落ち着いていた。

 

「お兄様、そのままゆっくりと力を抜いてください」


 可愛い妹の声のはずなのに、今の俺には悪魔の囁きにしか聞こえなかった。

 こんな状況で力を抜く? ダメに決まってる。そんなことをしたら、戻れなくなる。

 少し前までイリーゼをいじめていたくせに、このままじゃ、そんなイリーゼを好きになってしまう。

 いくら仲直りしたとはいえ、それは兄妹としてだ。全ての溝が消えたとは思っていない。だから、そんな感情を抱いていいはずがないんだ。


「イリーゼ、ありがとな。でも、もう大丈夫だから」


 自分の中に生まれそうだったふざけた感情を完全に捨て去り、俺はイリーゼの抱きしめる力を緩めさせて、目を見てそう言った。

 

「お兄様……? で、でも……」


 すると、何故かイリーゼは不安そうな顔をして、何かを悩んでいるようだった。

 ……さっきまであった感情はちゃんと捨てたはずだ。いくら察しのいいイリーゼでも、ずっと貴族教育を受けてきた俺が捨てた気持ちを察することなんてできるはずがない。


「ほら、イリーゼは風邪を引くから、もう戻れ」


 自分に言い聞かせるようにそう考えて、俺はイリーゼが動揺している隙を狙って、抱きしめられている状況から抜け出した。

 そしてそのまま、そう言った。


 さっき生まれそうだった感情は捨て去ったとはいえ、イリーゼの……異性の胸に顔を埋めていたことは事実なんだ。

 そのせいで色々と熱くなってしまっているから、魔法の練習をしてさっさとこの気持ちを誤魔化そう。

 そう思って、俺はイリーゼの返事を聞くこともせず、さっきまでしていた魔法の練習を再開した。

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