心配をかけさせたくないから
「それでは、そろそろ帰りますね。今度は決闘の日に」
「あ、はい。今日はありがとうございました」
マロウさんに礼を言って、見送りをしていると、俺はまた大事なことを聞いていなかったことを思い出した。
「お兄様、決闘、とはなんのことですか?」
今からなら追いかければ間に合うと思って、マロウさんの後を追おうとしたところで、突然空気が変わったかと思うのと同時に、後ろからそんな声が聞こえてきた。
振り向かなくても、誰の声かなんて分かる。
それでも、一縷の望みにかけて、俺は振り向いた。
すると、そこには笑顔なのに体が震えるほどの圧を醸し出しているイリーゼがいた。
「い、イリーゼ……な、何の話だ?」
色々、本当に色々と考えた結果、俺はとぼけることにした。
今正直に言えば、許してくれたかもしれないけど、イリーゼに知られたくなかった。心配をかけさせたくなかったからだ。
「とぼけるのですか? 先程、お兄様の家庭教師の方が帰る際、言っていましたよね? 今度は決闘の日に会おうと」
「そ、それは、あれだ。その、決闘をする人たちがいるらしいんだ。俺の勉強のためにも、それをマロウさんと一緒に見に行こうってことになってるからだって。何を誤解してるのか知らないが、それだけだよ」
「では、何故先程そう言ってくれなかったのですか? それが本当なのなら、直ぐにそう言ってくれれば良かったことですよね?」
……イリーゼの言う通りだ。
なんで俺はさっきその言い訳を思い浮かばなかったんだよ。
「…………」
「お兄様? なぜ黙るのですか? 私に嘘をついていた、ということでよろしいですか?」
「ち、違う。……べ、勉強のために行くんだから、イリーゼに話して、イリーゼが着いて行きたい、なんて言い出したら、マロウさんにも許可を貰わないとだし、面倒だと思ったんだよ」
苦し紛れではあるけど、このまま黙ってるよりは絶対に何か言った方がいいと思ったから、俺はそう言った。
「そうですか。では、誰が決闘をするのですか?」
「……さ、さぁ? 誰なんだろうな。マロウさん、教えてくれなかったからさ」
本当は誰と誰が決闘をするのかなんて知っている。
フェリシアンと俺本人なんだからな。知らないはずがない。……日時は知らないけど。
「お兄様」
内心でそう思っていると、イリーゼは俺の事を呼びながら、急に抱きついてきた。
さっきまでの怖い雰囲気とは違って、今はなんというか、拗ねている? といった感じだ。
「ど、どうしたんだ? イリーゼ」
「私を頼って、甘えてくださいって言いましたよね? お兄様も、分かったと頷いてくれましたよね? なのに、どうしてそんな嘘をつくんですか?」
た、確かに、イリーゼにそんなことを言われたのは覚えてる。
ただ、分かった、だなんて頷いたか? ……いや、イリーゼがそう言ってるんだし、俺が覚えてないだけで頷いてたのか。
あの時、確か曖昧に返事をしたせいで、忘れてたんだろうな。
と言うか、そうじゃなくて、今はイリーゼを誤魔化せる何か上手い言い訳を考えないと。
「嘘じゃないって」
「お兄様……でしたら、決闘の日時はいつ、ですか?」
俺の言葉をイリーゼは信じてくれたのか、俺に抱きついてくる力を強めてきたかと思うと、そう聞いてきた。
それは俺が聞きたいよ。
「6日後だよ」
そう思いつつも、俺は適当にそう言った。
マロウさんが次に合う日は決闘の日だと言ったんだ。
この前は7日後だったことを考えれば、7日以内じゃないとイリーゼに怪しまれると思ったから、6日後だと言うのが最適だと思った。
どうせピンポイントに6日後が決闘の日なんてこと、無いだろうしな。
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