基準が分からん

「お待たせしました、お兄様」


 適当なやつ何人かに護衛を頼んで、イリーゼが着替えて来るのを待っていると、後ろからそんな声が聞こえてきた。


「全然待ってないよ」


 イリーゼがデートだなんて言ったから、そんな定番の言葉を言ってしまいつつも、後ろを振り向いた。

 すると、ネグリジェの時も思ったけど、一体いつそんなものを手に入れたんだ、っといったような真っ赤なドレスを着ていた。

 似合ってる。めちゃくちゃ似合ってるとは思う。ただ、本当にどこで手に入れたんだよ。

 もっと言うのなら、俺たちは食事と散歩をしに行くんだよな? 食事はともかく、散歩にそのドレスはないだろ。


「お兄様、似合いませんか?」


「いや、めちゃくちゃ似合ってる。可愛いと思うよ、イリーゼ」


「は、はい。良かったです。……お兄様も、いつも通りかっこいいですよ」


 ……これは、世辞ってことでいいんだよな。

 だって俺、イリーゼと違って別に着替えてないし、まぁ、そうなんだろうな。


「それじゃあ、イリーゼも準備できたみたいだし、行くか」


「はい、お兄様」


 そうして、俺たちは家を出た。

 後ろをこっそりと振り向くと、ちゃんと護衛は着いてきているみたいだ。


「そういえばイリーゼ、何か食べたいものあるか?」


 直ぐに食べに行く訳では無いけど、何かリクエストがあるなら、それが食べられる方に向かって歩いていくしな。


「私はお兄様が食べたいものなら何でもいいですよ」


 ……イリーゼの返答を聞いた俺は、今更ながらに一つの疑問が生まれてきていた。

 そういえばなんだけど、この前イリーゼと一緒に夜を食べた時も含めて、なんで大丈夫なんだろうな。

 学園ではあれだけ怒っていた……というより、圧を醸し出していたのに、なんでこうやってどこかへ食べに行くのは大丈夫なんだろうな。

 ……イリーゼが怒る基準が分からん。


「お兄様?」


「……え? あー、分かった。俺の好きなものでいいんだな」


「はい、大丈夫です」


 だったら、適当に歩くか。

 歩いているうちに、何かいい店が見つかるだろう。


「お兄様、手も繋ぎましょう」


「……まぁ、イリーゼが繋ぎたいのなら」


「では、失礼します」


 一応とはいえ、デートらしいし、これくらいいいだろう。

 ……なんか、デートなんかじゃなくても、手を繋いでた要な気がしなくもないけど、まぁ、気のせいってことにしておこう。


「だ、誰か、助けッ──」


 そうしてイリーゼと手を繋ぎながら歩いていると、突然、そんな声が聞こえてきた。

 なんだ? 今の。


「お兄様」


 どうしようかを考えていると、前方から魂を抜かれたかのように歩いてくる20代後半くらいの男がいた。

 ……本当になんだ?

 護衛がいるとはいえ、明らかに怪しい男を警戒しない訳にもいかないから、イリーゼを守るようにそいつを警戒していると、そいつは普通に俺たちの横を通って行った。

 

「……あの人、ですよね。先程聞こえてきた悲鳴の正体」


「なにか確証があるのか?」


「はい」


 自信満々に頷くイリーゼを見て、俺は信じることにした。

 だとしたら、どういうことなんだ? そもそも、あいつが歩いて行った方向ってこの前、ライヤーが言ってた、近づいた者達が行方不明になるっていう森がある方向、だよな。

 ……まさかただの噂じゃないのか? 

 

「イリーゼ、今はデートを楽しもうか」


「は、はいっ!」


 今考えたって分かる事じゃないし、俺は妹との時間を優先することにした。イリーゼが強いってことは分かってるけど、こんな危険なことに巻き込みたくないからな。

 帰ったら、父様にこのことを報告して、あの森を調べてもらうことにしよう。

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