家族として

「お兄様、どういうこと、ですか?」


「ど、どういうことって、何が、でしょうか」


 思わず敬語になってしまいながら、俺はそう言った。

 どういうことかを聞きたいのは俺の方だが、そんな疑問を飲み込んで。


「白々しいですよ? お兄様」


「い、いや、本当になんのことだか分からな──」


 なんの事だか分からない。

 そう言い切る前に、俺は泣きそうな顔のイリーゼに押し倒されていた。


「い、イリーゼ!? ど、どうした? 大丈夫か?」


 なんでイリーゼがそんな顔をしているのか、俺には分からないが、俺はそう聞いた。

 イリーゼという魔法の天才に押し倒されていることに恐怖するべきなのかもしれないが、そんな顔を見せられたら、恐怖なんかより心配が勝ってしまっていたからだ。


「お兄様、どうして、ですか? 私が何か、なにかしてしまったのですか?」


「な、何の話かは分からないが、何もしてない。イリーゼは何もしてないから、取り敢えず、そんな顔はやめて、そこをどこうな?」


「でしたら、どうして、ですか? どうして、ミサンガをそんなところに付け直しているのですか?」


 そんなところって、ただの俺の利き手側の足首だろ? ただそこに付けただけなのに、一体なんでイリーゼはこんな感じになってるんだよ。

 ……もしかして、ミサンガの付ける場所によって何か意味があったりするのか? 

 仮にそうなんだとしたら、左足首にミサンガを付ける意味ってのはなんだ? イリーゼは外すなと言ってきて、母様は別の場所にしろと言ってきた。

 ……うん。つまりどういうことなんだ? ……ダメだ。さっぱりわからん。


「わ、悪かったよ、イリーゼ。ここがダメなんだったら、腕に付け直すから、まずはそこをどいてくれ」


 何が悪かったのかなんて全く分かってないのに、俺はそう言って謝った。


「ダメです。腕じゃ、ダメです。もしも、お兄様の気持ちがまだ変わっていないんだとしたら、ちゃんと同じ場所に付け直してください」


「わ、分かった。分かったから、同じ場所に付けるよ。だから、そこをどいてくれ!」


 なんで同じところ……左足首なんだ、と聞きたい気持ちを抑えて、俺は頷いた。

 母様のことを考えると、同じ場所に付け直すのは絶対にまずい、ということくらい分かってるんだけど、言葉に言い表すことが出来ない圧と同時に、上からイリーゼの胸を押し当てられ、怖いはずなのにイリーゼの……妹の胸を意識してしまっている今の状況の方が母様にバレるよりもまずいと思ったから、頷いてしまったんだ。


 俺が頷いたのを確認したイリーゼは直ぐに俺の上からどいてくれた。


 特にきつく絞めた覚えもないし、簡単にミサンガは外れて、元の場所……左足首に付けさせられた。

 ……良かった。無駄にきつく絞めてなくて。


「良かったです。……私、お兄様に嫌われたんだと思っちゃいました」


「そ、そんなわけないだろ?」


「はい……私も、大好きです、お兄様」


「……はい?」


 待ってくれ。

 今、めちゃくちゃおかしい言葉が聞こえたような気がしたんだが、気のせい、だよな? 

 そもそもの話、話の脈絡がおかしい。……間違いなく、気の所為だな。


「イリーゼ、悪い。よく聞こえなかったから、もう一度言ってくれるか?」


「もちろんです。私はお兄様のことが大好きだと言ったんですよ」


「ぇ? は? な、なん……え?」


 お、落ち着け。……何を俺は狼狽えてるんだ? あれだ。単純に、家族として好きってことだろ。

 少し前までは絶対嫌われてたし、そこまで好感度が上がったのなら、いいこと、なのか? ……イリーゼがチョロすぎることに誰かに騙されたりしないかを心配になるが、まぁ、いいことには間違いないのか。


「そ、そうか。……その、良かった。……俺も、イリーゼの事は好き、だよ」


「は、はい……」


 ……いや、何この空気。……家族として好きだって伝えただけなのに、なんか、顔が熱いんだけど。

 イリーゼも心做しか顔が赤いような気がするし、部屋全体が熱いような気もしてきた。

 ……実際、俺のそんな思いに連動して、凍っていた部屋が溶けていってるし。

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